影魔術師と勇者の彼女

~勇者に故郷を襲われたので勇者の彼女を人質に旅に出ました~
サクヤ
サクヤ

第13話 モニック村

公開日時: 2020年10月9日(金) 08:00
更新日時: 2020年11月27日(金) 19:25
文字数:2,645

 ロイはユキノに徹底的に生きる術を叩き込んだ。


 魔石の取り出し方から後衛ジョブの立ち回り、そしてこの世界で仮にロイが死んだ場合の生き方。ユキノ自身は最後については嫌々だったが、なんとか理解してもらうことになった。


 そして『青の節』到来1週間前に至る。


「えいっ!!」


 ユキノがスキル『ホーリースマイト』でゴブリンを殴り倒した。その一撃は最早迷いの無い聖なる強打。すでにゴブリン数体程度ならユキノ一人でも充分に相手にできる程だ。


「ユキノ、成長したな。そろそろオーガ相手に戦うことも視野に入れようと思うが……いけそうか?」


 ユキノが少しだけ考え込んだ後ロイに答える。


「正直怖いです。でも、ロイさんとならオーガを倒せると……思います」


 その返答は弱気ではあるものの、以前に比べたら堂々としたものだった。


 グラム+28

 総合力2870


 テュルソス+28

 総合力2490


 強化値もすでに28を越えている。ただ、強化に至っては浄化行為をしなくても蓄積することがわかった。


 それはユキノと勇者に"何かが"あった日から1週間ぐらい経った頃の話し、ロイが間違えて魔石を破壊してしまったのだ。その際に魔石から聖剣に黒い靄のようなものが吸い込まれていった。


 ロイ自身もユキノが消沈気味だったのでさすがに浄化行為を遠慮し、作業的にゴブリンを倒していた。そしてロイはもしやと考え、ひたすら魔石を割ること30体……強化値が1上昇していたのだ。


 この事から強化すること自体は膨大な数の敵を倒すことで上昇することがわかった。しかし、ユキノの魔杖テュルソスに吸い込ませて浄化した方が数段効率的だった。


 そして現在、ギルドがある集落で一番『アグニの塔』に近いモニック村にロイ達は拠点を移していた。

 ギルドのクエストボードで1つ上のDランク『オーガ1体討伐』を受けてユキノの元に戻った。


「ロイさん、今日はオーガを倒すのですか?」


「そうだな。さっき宿の主人に聞いたら南東の森に生息してるらしい」


 「うへぇ~」と嫌な顔してるユキノを放置してある懸念について考えた。格上と戦った事の無いユキノは、果たして役割ロールを全うできるのだろうか?今回のオーガ討伐は精神的なものを克服する意味でもやるべきだとロイは感じていた。





 諸々準備を整えた一行は、南東に位置する『ミュルクヴィズの森』の探索を始めた。

 木々は通常の森よりも比較的太く、しかも湿度が非常に高いのでジメジメしている。


「うぅ~ロイさん、暑いです」


 ユキノはフード付きの外套を着ているがフードは外しており、膝程のスカートを団扇のように扇いでいた。


「確かに、暑いな……俺のいた影族オンブラの村でもここまでの気温は体験したことない……だけどな、アグニの塔はこれと同じかそれ以上って聞いてるぞ?」


 ユキノは「そんな~」と言いながらもロイの後を遅れずに着いてくる。そして30分程森を進むとロイ達の標的が1体佇んでいた。

 その姿は初等部の頃に渡された教科書に載ってるソレとは遥かに容姿が異なっていた。


 緑の皮膚に3m近い体長、そして泡のように盛り上がった筋肉がその強さを物語っていた。

 ゆっくりと歩くオーガを、木の裏に体を潜めながら隙を窺った。

 尾行を続けること20分……座り込んだオーガを確認後、突撃のジェスチャーを送るがユキノは顔をブンブンと振って明らかに気後れしているのが見て取れた。


 ユキノ……ゴブリンだけ相手にしてる訳にはいかないんだぞ?だってコイツはハルトより弱い、これくらいの壁は越えなくちゃならないんだ……。


 だから、ロイは見せなくちゃならないと感じた。判断の遅れや恐慌状態がいかに仲間の命を奪いかねないかを。


 大木の枝に”シャドーウィップ”を鞭のように巻き付けて跳び乗る。そして「ふぅ」と深呼吸した後、聖剣グラムを握りしめて……跳んだ。

 強化値が高くなってる為ロイの跳躍は以前より増しており、オーガの真上から体重を乗せた刺突を首目掛けて放った。


「グガァァァァァァァ!?」


 ロイの刺突は確かに刺さったが、浅かったために息の根を止めることはできなかった。そして立ち上がったオーガはロイを掴んで投げた。


「ぐはぁッ!!」


 木に打ち付けられ、体内の酸素が一気に抜けるような衝撃を受けた。遅れて激痛が体を襲う。

 ロイはよろよろと立ち上がって構えるがその手にグラムは握られていない。召喚で手元に引き戻せるにも関わらずそうしなかった。

 オーガも刃が気管に達していたようで口から血を流しながらもロイに対して戦う姿勢を見せた。


 その頃、ユキノは泣き崩れていた。いけると思っていた心が折れたこと、仲間の窮地に助力できないこと、そんな自身の弱さが嫌になった。


 小さい頃からそうだった。いつもハルトに助けられていた。前は隠れて俯くだけで良かった。あの世界はそれで誰かが助けてくれた。でもこの世界は違う……パーティを組んでいる以上は全員が役割ロールを全うしなくちゃいけない。


 それに、私がハルト達の異変に気付いて声を上げることができてたら……結果は違ったかもしれない。

 私が何もしなかったから大切なものが手から溢れ落ちる……なら、せめて今あるものを守りたい!だから今度は行動しなくちゃ!


 ──そのためには!


 木の影から戦いを見る。ロイさんとオーガの戦いが佳境を迎えていた。双方次の一合が最後の攻防となる事を覚悟している。

 両者が動き出したと同時にユキノは地を蹴り、大木から飛び出した。


 「”祝福ブレスシールド”!!」


 ロイを叩き潰さんと巨大な腕が振り下ろされようとしたとき、ロイの眼前に白く輝く大盾が出現した。表面に天使の翼が描かれており、以前よりも神々しい意匠が増えていた。


 ガンッ!


 渾身の力で振り下ろされた腕は盾に阻まれ止まっている。好機と考えたロイは、盾からサッと横に出てすぐさまオーガの首に”シャドーウィップ”を巻き付け伸縮させ上空に跳んだ。


「よくやったユキノ!後は任せろ!」


 ロイは繋がったままの”シャドーウィップ”を急速に縮めて突き刺さったままの聖剣グラムを踏み抜いた。


 ブシュゥゥゥゥゥゥゥ!


 降りしきる鮮血、ペタンと座り込むユキノの隣にはいつの間にかロイが立っていた。


「ふぅ、よくやったな」


 ロイはしゃがみこんでユキノの頭をそっと撫でる。「えへへ」と頬を緩ませてユキノはロイの脚に抱き付き、転ばせた。


「う、嬉しかったけど、女の子の頭を気軽に撫でた罰です!」


「母さんが『女の子は頭を撫でられると嬉しいものよ』って言ってたんだ!」


「マザコンッ!」


「んだと!」


 こうして二人はふざけあいながらもモニック村に帰還するのだった。

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