千晶のどういう力かは知らないが、俺は回復した。それどころか重傷を負う以前より力も増したように感じる。驚愕するがそれならば千晶を守るために戦うだけだ。体内の魔気が活発に湧き上がって来るのを感じ取る。それを魔炎剣イシュタリに込めて、片手斧を右手で持った襲撃者――クザートを睨み付ける。
クザートも瞳を細め、油断なく俺を見据える。先ほどまでの俺を舐めた態度は見られない。直感的にやばいものがある、と感じ取ったのかもしれない。片手斧をこちらに向けて、クザートは獰猛な笑みを浮かべて見せた。
「は! 面白い事になったみたいだな、シュウゴとか言うヤツ」
「そうだな。俺はお前には負けない」
「人間風情が……言ってろ!」
クザートが地を蹴る。凄まじい俊敏さでこちらに接近。斧を振るう。それを俺は剣で受け止める。お互いに武器に込めた魔気がぶつかり合い、ギリギリと刃がせめぎ合う。負けていない。今の俺なら、この少年にも対抗出来るだけの力がある。そう確信する。クザートは苛立った様子で一旦、後ろに下がる、が、その引き際をチャンスと見て、俺は踏み込む。剣を両手で振るい、クザートに斬りかかる。片手斧をここに来てクザートは初めて両手で持ち、俺の斬撃を受け止めた。その顔が歪む。
「どうした? さっきまでの勢いは?」
「ちっ、この野郎……!」
苛立った表情で俺を睨み付けるクザートだが、それを圧倒し、俺は剣を振るう。魔気を大量に込めた剣は燃え上がり、クザートの斧を押し切る。斧を後ろに弾かれ、隙だらけになったクザートに斬撃を見舞おうとして、クザートは軽快に体を後ろに飛ばし、これを回避。すぐに体制を立て直し、再び斧の一撃を振るって来る。
もうそれに圧倒される事はない。剣で斧を受け止め、弾き返し、こちらから斬り込む。
「秋吾……!」
後ろから千晶の声。問題ない。この敵は、俺が倒せる敵だ。いや、倒せるようになったと言うべきか。千晶が何らかの力を俺にもたらしてくれた。魔族の姫、ゆえのものだろうか。剣を振るい、クザートを圧倒する。クザートはこちらを睨み付けて来るが、それは不利の証明。全身から魔気を発し、剣を叩き付ける。
「護衛の人間風情が! 調子に乗るなよ!」
苛立ちをクザートはこちらにぶつけて来る。恐ろしい勢いで片手斧が叩き付けられるが、それを剣の平で俺は受け止める。先ほどまでならこれに圧倒されていた。しかし、今なら恐れるに値しない。炎の剣を振るって反撃を繰り出し、クザートを逆に圧倒する。
『守る者』を意味する名を冠されたこの剣で大事な人を、千晶を守ってみせる。その強い意思が剣を振るわせ、心無き襲撃者を圧倒する。クザートの苛立ちが焦りに変わっていく。その片手斧をことごとく弾き返し、斬り付けて、クザートを攻撃する。
「千晶は俺が、守る!」
その思いを剣に込めて、振り下ろす。クザートの片手斧がそれを受け止め、その斧に亀裂が入り砕け散った。自らの武器の消失に対して、クザートは目を見開き信じられないという顔になる。
「な、馬鹿なっ!?」
その隙に俺は剣を振るい、クザートの首筋に刃を突き付ける。こうなればいくら強気な襲撃者といえど動けない。クザートはギリ、と歯噛みし、俺を睨み付けるしか出来なくなっていた。
「もう二度と千晶を襲うな。それなら見逃してやる」
そう言い、剣を引く。クザートは呆然としていたが、すぐに苛立った顔に戻る。
「はっ! 甘ちゃんが! 次はねえぞ!」
そう叫び、撤退していく。次はない、か。それはこちらの台詞だ。そう思いながらクザートを見送り、後ろからやって来た、千晶に背中から抱き着かれた。
「凄い! 凄いよ、秋吾! 流石は私のダーク・ガーディアン!」
「あはは、褒めてるん……だよな。お前の場合」
なんだか背中にやわらかい二つの球体が押し当てられているのだが、ここは気にしない事にする。それよりも、とクザートが去って行った方向を見つめる。
「あいつを見逃した事。甘かった、かな?」
俺の問いに千晶はしばらくして答える。
「ううん。秋吾がそう決めたなら、それでいいと思う」
「そうか」
「また襲って来ても秋吾が倒してくれるんでしょう?」
「ああ。それは勿論だ」
何度、襲い掛かって来ても千晶は俺が守る。それを心に刻む。そうしているといつの間にか雨は止んでいた。自分の体を見る。学生服に血がべっとりとついて、とても見れた姿ではない。これはクリーニングに出してもダメだろう。また制服をダメにしてしまったか。
それにしてもクザートに殺される寸前、俺を治癒し、俺に力を与えたあの千晶の発した光は何だったのか。気になったが、千晶はあまり気にしている様子はない。まぁ、魔族の姫君だ。それくらいの事は出来るか。そう自分を納得させると帰路を歩き出す。千晶も俺から離れて横に並び歩き出す。
千晶は俺が守る。それは嘘偽りのない本音だ。これまでもそうだったし、これからもそうだ。千晶は俺が守り続ける。
「やれやれ、服を汚しちゃって、帰ったら瑞穂のお冠だな……」
「仕方がないよ。秋吾が悪い訳じゃないんだから瑞穂ちゃんも許してくれる」
「そうだといいんだが……」
制服って高いんだよなぁ。あのクザートとかいう奴に弁償を求める、訳にもいかないし。やれやれ、魔族の姫君の護衛は気苦労ばかりだ。だからといって辞める気はないが。
家に帰ると妹の瑞穂は帰っていた。案の定、制服を赤黒く染めた俺を見て、目を丸くする。
「お兄ちゃん……それはどうしたの……」
静かに言っているようで確かな怒りを感じる。俺はいや、と言い訳するように前置きして。
「襲われた」
「襲われたって……千晶さんを狙う人に? 全く。明日の学校、どうするのよ!」
「そうだなぁ」
どうしよう。予備の制服を二着も三着も持ってはいない。かといってこんな制服を着て行けばひと騒ぎ間違いなしだ。
「瑞穂ちゃん。秋吾は私を守るために戦ってくれた。あまり責めてあげないで」
「むぅ……千晶さんがそう言うのなら……」
とりあえず千晶が庇ってくれた事で瑞穂の俺への追及は打ち切られたようだ。やれやれ、ダーク・ガーディアンとやらも楽じゃないぜ……。
「とりあえず洗ってみるけど、この血は落ちないと思うよ」
「だろうなぁ」
洗濯機で落ちるとは思えない。本当に明日の学校、どうしよう。
やれやれ、と嘆息したい気持ちを抑えてとりあえず自室に戻る。疲れた。あのクザートとかいう斧使いは強かった。訳の分からない力でなんとか撃退出来たが、あの力を今後も発揮出来るとは限らない。千晶を守るために俺はまだまだ強くならないといけない。そう思っているとノックの音。「はい」と応えると千晶が入って来た。
千晶にしては殊勝だ。わざわざ入る前にノックをするなど。
「千晶か。どうした?」
「ううん。今日も私のせいで迷惑かけた。ごめん」
「迷惑だなんて思ってないよ」
クッションを勧めて、俺もベッドから降りてクッションに座る。千晶は柄にもなく申し訳なさそうな顔でいた。
「私を守るため、秋吾には迷惑かけている」
「二回目だが、俺は迷惑だなんて思ってはいない。千晶を守るのは俺の意思だ。そこに余計なものはない」
「本当に?」
「ああ。俺はダーク・ガーディアンとやら何だろ? なら姫君は守らないとな」
茶化して言ったが、本心だ。これから先もどんな魔物や魔族が襲って来ても千晶は俺が守る。それが俺の役目だ。そして、その役目を辛いと思った事はない。幼馴染みの千晶を守るのは当然の事だ。
「そっか」
千晶はそう言って笑みを浮かべる。とりあえず変な気負いをしないでもらえたようだ。それならいい。適当に談笑し、夕食までの時を過ごす。
千晶は俺が守る。守り抜く。その決意を胸に秘めてこれからの日々も送って行こうと思うのであった。
これにて完結です!
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皆様の支えでここまで連載する事が出来ました!
本当に感謝しております!
新連載も予定しておりますのでよろしければそちらの方もご一読いただければ嬉しいです!
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