いよいよにして、放課後がやって来た。魔族の姫君たる千晶に仕える眷属であるらしい千晶曰くダーク・ベリアルの称号を持つ暗黒剣士クライドが俺が千晶を守る存在として相応しいかどうかをテストする時だ。正直、今日の授業中はこの事が気になって気が気でなかった。なにせ、俺が剣を持ったのは昨夜の魔物との戦いが初めてなのだ。剣道をやっている訳でもないし、昨夜の魔物との戦いもテレビで見た剣道の試合や漫画やアニメに出て来る剣士の戦い方を見様見真似でやってのけたに過ぎない。剣の腕などまずないと言っていいだろう。そんな俺が果たしてダーク・ベリアルとやらのなんだか凄そうな称号を持つ剣士に認められるのか。不安がつのる。千晶が言う分には凄く強い、という話だし。
それでもここで引き下がる訳にはいかない。千晶が魔界に帰らずこの人間世界にいる以上、千晶を狙う魔物から千晶を守らなければならない。幼馴染みの千晶を守るのは俺の役目だ。それを果たせる事を証明しなければならない。
剣技の覚えはないが、幼馴染みを守るという強い意思はある。クライドを倒す事は出来ずともその意思を上手く伝える事が出来れば、あるいは。
帰路。クライドに指定された丘の上に向かう俺と千晶だが、その途中、俺は千晶に問い掛けた。
「なぁ、あのクライドさんって千晶の眷属っていうけど、具体的にはどういう立場なんだ?」
それは気になっていた事でもあり、それを知るのは彼に自分の意思を認めさせる手助けになるかもしれないと思ったからだ。俺の問い掛けに千晶は答える。
「お父様の代から仕える剣士。お父様の眷属であり、私の眷属でもある。私の事を護衛したいってお父様に申し出たらしい。却下されちゃったらしいけど」
「そ、そうなのか……却下されたって事は実はそんなに強くないとか?」
「それはない。物凄く強い。ダーク・ベリアルの称号を持っているって朝、言ったでしょ」
そのダーク・ベリアルという単語自体がお前の作った厨二造語なのか本当に魔界に存在する称号なのかが怪しい所なのだが……とにかく強いという事は確かか。身の冷える思いをする。千晶自身の戦闘力も大したものだ。護衛される立場とはいえ、本人もその魔法の腕前は高く並の魔物なら蹴散らしてしまうだろう。というか、この数日で初めて戦闘というものを経験した俺より千晶の方がよっぽど強いんじゃないか。その千晶が凄く強いと言うくらいだ。本当に強いと見ていいだろう。千晶は厨二病なので実はちょっとその辺の見立てを信用出来ない所もあるのだが。
「クライドも魔気で作った剣を使って戦う。秋吾のエターナル・フォース・アルカディック・ソードも魔気で作られる剣だから剣自体の硬度は互角のはず。後は秋吾の腕前次第」
「俺は俺の剣にそんな厨二病な名前を付けた覚えはない」
それお前が勝手に言った厨二命名だろ。俺はそんな名前の剣を振り回す気なんてないぞ。名前を呼ぶだけで舌噛みそうだし、恥ずかし過ぎる。いずれ何らかの名前を与えてやるのがいいとは思うが、もっと堅実な名前を付けたい。千晶の厨二ネーミングだけは勘弁だ。
そんなやり取りをしながら丘の上に到着する。クライドはそこで姿勢良く立って待っていた。
「お待ちしておりました」
相変わらずホストのような佇まいというか、その雰囲気にただ者ではない感じを露骨に感じ、なんとなく腰が引けてしまう。ええい、こんな事でどうする。俺は今からこの人に自分の実力を認めさせるのだ。
「クライドさん、って言ったな。改めて名乗っておくよ、俺の名は朝比奈秋吾だ」
「クライド・カーディと申します。ダーク・ベリアルの称号を持つ魔界の剣士です」
あ、ダーク・ベリアル、千晶の厨二造語じゃなかったんだ。そんな見当はずれな事を思ったが気を引き締め直す。
「クライド。秋吾の実力を見るって言ってもどうするの? 戦えば必ずクライドが勝つ」
「そうですね、チアキ様。普通に戦えば私の勝ちは揺るがないでしょう。ですから、私は防御に徹します。思う存分、攻撃を仕掛けて下さい。それを私はひたすら受け続けます」
「それでいいのか?」
俺は確認を取る。俺ばかりが攻撃して、相手は防御だけをする。それで力量を測ろうというのか。
「構いません。それでシュウゴ殿の事を見極めさせていただきます」
「分かった」
俺は魔気を集束するイメージを手に込める。すると一本の剣が出現し、俺はその柄を握る。それを見た千晶が呟く。
「エターナル・フォース・アルカディック・ソード……」
「だからその命名は却下だって!」
千晶が言った厨二単語を即座に否定する。クライドが口元に笑みを浮かべた。
「ふ、エターナル・フォース・アルカディック・ソードと名付けましたか。いい命名です」
「え、マジで?」
千晶の厨二ネーミングが称賛されたのに驚く。もしかして魔界の人って全員、厨二病なのか? ともかく、俺はこの剣にそんな厨二ネーミングを施した訳ではないからな!
「それは千晶が勝手に言っているだけだ。この剣はまだ無銘だよ」
「おや、そうでしたか。良い名前だと思ったのですが」
「本気で言っているのか……」
思わず嘆息してしまう。真面目一辺倒な人に見えたがお茶目な所もある人なんだろうか……。
「それでは私も剣を出しましょう。魔剣マグニ」
クライドが手をかざし、そこに魔気が集束し、一本の剣になる。マグニ。どんな厨二病な名前が飛び出して来るかと思ったが、案外そうでもないな。って、意識を向ける所はそこじゃない。魔剣マグニは魔気で編まれた剣なのだろうが、俺の剣より刀身が長く、太い。俺の剣がショートソードとするのなら、ロングソードと言った所か。両手で持つ事を想定しているような外観だが、それをクライドは片手で軽々と持つ。
「それではかかって来てください。私は一切、反撃しないのでご安心を」
「……分かった」
それはそれで俺の安いプライドが傷付いたのだが、反撃などされれば一瞬で敗北するだけの力量差があるのは明白。ここは安いプライドなど捨てて素直にお言葉に甘える事にする。俺は剣を両手で構えて、地を蹴り、クライドに駆け寄る。そのまま両手で剣を大上段から振り下ろす。渾身の一太刀であった。しかし。
「ふ」
クライドの口元から笑みがこぼれる。勢い良く振り下ろされた剣は魔剣マグニとやらに真っ向から受け止められた。俺は後ろに飛び退く。
(一筋縄じゃいかないか……当たり前だけど……)
だが、これで終わる訳にはいかない。俺は再び踏み込み、剣で連続して打ち込みをかける。それらをクライドは華麗な剣捌きで弾き返し、俺の剣はことごとく弾かれる。様々な角度から斬りかかっているのだが、それら全ての剣筋をクライドは見切っているようであった。ダーク・ベリアルとやらは伊達ではないらしい。
「はぁっ、はぁっ」
「おや、もう息が上がりましたか? いけませんね。そんな事ではチアキ様を守れませんよ?」
「ぐ、まだまだ!」
そこまで体力に自信がある方ではない。剣を振るえば息が上がるのは道理だが、クライドの言う通りこの程度でへばっていては千晶を守れない。
俺は根性で剣を再び振るう。それをクライドは相変わらず眉一つ動かさず冷静に受け止め、弾き返す。
「くっ、このお!」
両手で剣を握り、袈裟懸けに斬り付ける。最初の一撃同様、渾身の一振りであった。しかし、それもクライドは魔剣マグニでがっしりと受け止める。ギリギリ、と剣の刀身同士がせめぎ合い、押し合いになるが、弾き飛ばされたのは俺の方だった。体が後ろに飛び、地面を転がる。
「秋吾!」
千晶の声。俺は荒い息を吐きながら、なんとか立ち上がる。そんな俺を見てクライドは言う。
「いけませんねぇ。この程度では到底、チアキ様をお任せする事は出来ませんよ?」
微かな失望を感じる。くそ、このまま終われるか。俺は再び剣を握り締め、ダーク・ベリアルの称号を持つという魔界の剣士に斬りかかるのだった。
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