【完結】厨二病を患う幼馴染みの自称・魔族の姫君は真実でした

ダーク・ガーディアンとかに任命されたけどこれ厨二病の造語なのか本当にある役職なのか?
和美 一
和美 一

第1話:厨二病な幼馴染み

公開日時: 2021年4月28日(水) 21:09
文字数:3,956


 草木も眠る丑三つ時。森閑とした町中にあって本来、あってはならないものがそこを跋扈していた。

 この現代日本にあって、あり得ない存在。それは全高5メートル程の巨体で大柄な体が鋼のように堅牢だ。

 アールピージーに出て来る大型のモンスターを連想させられる。口元からはこの時代の剣など遥かに凌駕するであろう鋭い牙が大きく生え、頭からは二本の角が顔を覗かせる。そんな存在が現代日本の住宅街を歩いているのはミスマッチに過ぎた。

 顔は獰猛なライオンをも超える凶悪な顔たちをしており、その視線の鋭さと言ったら気の弱い者なら睨まれただけで心臓麻痺でも起こしそうな程だ。

 異様なのは顔だけではなく、鋼のような体躯を支える四本足はどれもぶっとく、銃弾ですら弾き返しそう。そこから先の爪は鋭く、やはり現代の刀剣などは遥かに凌ぐ切れ味はあると推測される。

 この現代日本においてあってはならない存在。いてはならない存在が今、ここに居て、俺と彼女を追い掛けていた。

 これは現実なのだが、あまりに非日常的な事態に頭が追い付かない。なんだ、これは。

 俺は普通の高校一年生だぞ? それがなんでこんなゲームに出て来るようなモンスターに追い掛け回されなきゃならない。

 そう思い、俺はこの事態の元凶になっている彼女の方を振り向いた。

 俺の幼馴染みの彼女の横顔は真剣に染まっていて、迫り来る怪物を見据えている。

 まさか、戦うつもりなのか。あんな化け物と? 冗談じゃない。あんな化け物相手に俺たちのようなひ弱な存在が何が出来ると言うのか。

 その視線を彼女に寄越す。彼女はちら、と俺の方を見ると「大丈夫」と言った。


「あれくらい退治出来る。伊達に魔族の姫君な訳じゃない」


 そう言い、彼女は再び迫り来る魔物に視線を移す。警戒が傍目にも見て取れる。この彼女をこれだけ警戒させるあのモンスターは……。

 そもそもどうしてこうなったのか。俺は記憶を手繰り寄せてここまでに至った経緯を呼び起こそうとした。



 俺の名は朝比奈秋吾(あさひな・しゅうご)。自分で言うのもなんだが、何の変哲もない普通の高校一年生だ。進学校でもなく、かといって底辺高でもないそれなりのレベルの高校に通い、成績は中の上と言った所。なんでもそれなりにそつなくこなすが、それが器用貧乏でもある事は自覚している。俺には突出した何かはない。容姿も平凡なものだ。

 今日も朝、起きて一階の台所に降りる。すると妹の朝比奈瑞穂(あさひな・みずほ)が料理の支度をしてくれていた。


「いつもすまないな、瑞穂」

「気にしないで、お兄ちゃん」


 瑞穂は俺の二つ年下。中学二年生の少女だ。両親が海外出張でいない我が家の中で家事を切り盛りしていて、それには俺も頭が上がらない。瑞穂自身が楽しんでやっているようなのが救いだが。

 ともあれ、朝食のベーコンエッグに白米、味噌汁が台所の食卓に並ぶ。俺と瑞穂はそれを食べる。いただきます、の挨拶が響き、朝食に手をつけた。美味い。文句のない日本の朝食であった。


「瑞穂はいいお嫁さんになれるな」

「おだてないでよ、お兄ちゃん。さっさと食べちゃわないと冷めちゃうよ?」

「ああ」


 おだてて言った訳ではないのだが。そうして朝ごはんを食べ終わり、家を出てお互いに学校に向かう。家を出てすぐの十字路で妹の中学と俺の高校は道を分かれる。妹と別れて、歩いているとそこに声がかかかった。


「おはよう! 秋吾!」

「ああ、千晶か。おはよう」


 一見すればモデルか何かに見える少女だ。顔たちは端正でアイドル顔負け。長い黒髪も腰まで垂らし、スタイルのいい体を高校制服で包んだこの少女の名は早見千晶(はやみ・ちあき)。俺と瑞穂にとっては昔から付き合いのある俺の幼馴染みであった。

 彼女も俺と同じ高校に通い、授業を受けている。一緒に登校する事もよくある事だった。もっともこの彼女と比べて俺は平凡すぎて釣り合いが取れてないとは自覚しているが。

 外見良し、成績良し、運動神経良し、家事も万能な幼馴染みであるが、一つだけ欠点がある。


「ふふ、魔族の姫君たる私の眷属に相応しい男にはなれた? 秋吾」

「………………」

「あ、黙り込んだ。心を読んであげる。まだ俺はその域には達していない……それでも、千晶と一緒にいて恥ずかしくない程度には鍛錬を積んでいる。こんな所かな」


 そんな所ではありません。そう。なんというか、この早見千晶という少女。高校一年生であるにもかからわず、いわゆる、厨二病を患っているのだ。

 普段から自分を魔族の姫君と言い張ってはばからず、一々難解な言い回しを好む。それがこの少女の唯一の欠点であった。


「それにしてもまだ5月なのに暑いな」


 厨二言語には付き合わない事にして、当たり障りのない話題を上げてみる。そうすると千晶の目が輝いた。


「これは超新星爆発……スーパーノヴァの前兆。安心して秋吾。魔族の姫君たる私が世界を守る」

「お、おう、世界を守るのか。大変だな」

「地球温暖化……テラ・ヒート・タイタニックから地球を守れるのは私だけ……どうしたの秋吾?」

「……いや、お前が平常運転で安心しただけだ。それはそうとお前は暑いの辛くないのか?」

「魔族の姫君である私は暑さなんてあまり感じない。全く問題ない」

「そ、そうか……」


 羨ましいな、魔族の姫君。

 そんなくだらない談笑をしながら俺と千晶は高校に進んで行く。クラスも同じだ。高校に登校し、クラスに入ると友人たちが出迎えた。


「よう! お二人さん! 今日も仲がいいねぇ!」


 そんな風にからかい混じりの言葉を俺たちにかけて来たのは俺の男友達、荒巻辰夫(あらまき・たつお)だ。こんな風にからかってくる事もあるが、基本的にはいい友人で俺も千晶も心を許している。


「からかうなよ、タツ。俺と千晶の関係は知っているだろ」

「そう。魔族と姫君とその眷属よ」

「千晶……」


 千晶がいつものノリで言葉を発し、辰夫は困った顔になる。


「おい、シュウ。お前の彼女、朝から飛ばしているな」

「千晶は幼馴染みだが、俺の彼女じゃない」

「そう。我が眷属たる存在。恋愛対象になるにはまだ魔気も足りない。私とは釣り合わない」


 はい。魔気とか言う造語でましたー。


「千晶~、おはよ~」

「おはよう。エリカ。今宵も再会を出来た事を私は嬉しく思う」

「はいはい。今は朝で全然今宵じゃないよ。馬鹿話はいいから、あんたまた胸大きくなったんじゃない?」


 辰夫に次いでからかいの文句を投げかけて来たのは間宮エリカ(まみや・えりか)。彼女も俺と千晶と、そして辰夫の共通の友人だ。そして、エリカの言う通り、千晶は胸もデカい。そこらへんも隙なしだ。いや、厨二病のせいで隙ありまくりと言うが。


「それで秋吾くんとはどこまでいったの?」

「眷属として修業を積ませている最中。魔族の姫君たる私に相応しい男になってもらうために」

「あっそ。それは秋吾くんも頑張らないとね」

「ああ、色々な意味で頑張らないとな」


 千晶の厨二病に付き合ってもエリカの様子も変わる事はなかった。千晶と長く付き合っているだけあって耐性が出来ているのだ。

 そうしてくだらない談笑をしつつ席に着く。今日も学生の一日が始まる。午前中の授業を受けて、昼ご飯には妹特製の弁当を食べ、午後の授業を終わり、家に帰ろうとする。

 今日も千晶と一緒に家の近くまで帰るものだと思っていたが、何故か今日は最後のホームルームが終わった後、千晶は足早に去ってしまい、俺は呆気にとられた。


「あれ、千晶は?」

「なんだか急いでいる様子で帰って行ったわよ」

「シュウ、お前、振られたんじゃないのか?」


 疑問を浮かべる俺にエリカと辰夫が言う。別にこの程度で振られたとは思わないがいつもとは違う行動なのは確かだ。

 それを不審に思いつつも一人での帰路に着く。一体何があったんだろうか。いつもは帰り道も千晶と一緒なのだが。


「チアキ様! そろそろお戻りになって下さい!」


 そんな声が聞こえて思わず体を硬くする。チアキ様? 千晶の事か? 俺は曲がり角から頭だけを出して声の方を眺めた。

 千晶が一人の長身の男性と話している。男性は千晶に何か懇願しているようだが、千晶は素知らぬ顔だ。


「何度も言わせないで。私はこの人間社会での生活が楽しいの。しばらく魔界に戻る気はないわ」

「チアキ様。魔王様も気を揉んでおられます。それにここにいてはチアキ様にいつ襲撃が来るか……」

「その時は撃退するまでよ」


 そんな訳の分からない会話をしていた千晶と男。男は諦めたように嘆息するとなんと背中から羽根を生やし、いずこかへと飛び去って行った。なんだったんだ、今のは。俺は千晶の前に出る。


「あ、秋吾」

「千晶! 今のはなんだよ。さっきの男は何者なんだ?」

「私の眷属の一人よ」


 したりと千晶は言ってのける。眷属の一人? こんな時まで厨二病かよ、と思った俺だが、先ほどの羽根を生やした男を見てはそうも言えなくなる。


「いつも言っている。私は魔族の姫君。先ほどの男は私の眷属の一人」


 厨二病の訳の分からない事を言う。魔族の姫君? それはいつも千晶が言っている事だが、魔族ってアールピージーとかファンタジーに出て来るアレか? 千晶がその姫君? 本当に?


「本当、なのか……? 与太話じゃなくて?」

「ちょっと込み入った話になる。今日はこのまま秋吾の家に行ってもいい? 瑞穂ちゃんはいるかな。瑞穂ちゃんまではさすがに巻き込みたくはないけど……」

「俺の家に来るのなら俺の部屋に来れば話を聞かれる事はない」

「そっか。それなら秋吾の家に行こう」


 そう言い、千晶は俺に並ぶ。彼女が本当に魔族の姫君? 厨二病の妄想ではなかったのか? 到底、信じられる事ではなかったが、俺は背中から羽根を生やし飛び去った男を見ている。一笑に伏すという事は出来なかった。とりあえず千晶には話を聞かせてもらおう。

 そう思い家への帰路を歩く俺たちだった。


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