それから待てども待てども妹の瑞穂は帰ってこなかった。流石にこうなれば何かあったと察する事は馬鹿でも出来る。俺は千晶に声をかけた。最初は警察に通報しようと思ったのだが、少し考えてある可能性に思い当たったのだ。
「千晶、これは……」
「多分そう。私を狙う魔族のしわざだと思う」
やはりそうか。千晶を狙う輩が瑞穂を連れ去ったのだ。恐らくは人質として使うために。千晶の同意でその確信を強めた俺はどう対処していいかすぐには分からなかった。瑞穂がどこに連れ去られたのか。それがさっぱり分からない。警察に通報するのもやめておいた方がいいだろう。相手が魔界の者だとすれば警察にどこまで対処が出来るのかも怪しい。俺たちだけで瑞穂を助け出さなければならないのだが、それにはどうすればいいか。
「くそっ」
思わず毒を吐く。瑞穂を巻き込んでしまうとは。いや、元々、その可能性も考えてしかるべきであった。魔界の魔族たちに狙われている千晶をこの家に匿う以上、この家に住んでいる瑞穂に危害が及ぶ可能性も十二分にあり得る。それに今の今まで思い当たらなかった自分に腹が立つ。なんとしても瑞穂を助けなければ。そう思っていると玄関がこんこん、とノックされた。瑞穂か!? そう思い、俺と千晶は玄関を開ける。するとそこには誰もおらず、代わりに地面に一枚の紙が落ちていた。俺はそれを拾い、読み上げる。
「ミズホという人間は預かった。返して欲しければこの町の一番大きな公園までチアキ姫を連れて来い……これは!」
瑞穂を拉致した犯人からの脅迫の手紙に違いなかった。俺の横で同じく手紙を読んだ千晶も表情を硬くする。
「さっきのノックは多分、使い魔か何かに手紙を運ばせて玄関を叩かせたんだと思う。どちらにしても行くしかない。そうだよね、秋吾?」
「ああ、当然だ……と言いたいんだけど」
俺は千晶を見る。瑞穂をさらった犯人の狙いは千晶だ。犯人の言われるがままにして千晶を連れて行き、危険の渦中に飛び込ませていいものか。それを迷った。おそらく犯人は瑞穂を人質として活用する事だろう。それが分かっているだけに千晶を連れて行く事に躊躇が残る。
「何を言っているの。瑞穂ちゃんの命がかかっている。秋吾、行こう」
「お前は……それでいいんだな、千晶?」
「当たり前。瑞穂ちゃんを助けないと」
俺はまだ迷っていたが、千晶の迷いのない瞳を見て決断した。行こう。行って妹を、瑞穂を助けるのだ。そうして、俺と千晶は朝比奈家を出て、公園に向かう。一番大きな公園と言えばあそこだろう。その場所に目安を付けて、向かう。公園に向かう途中。千晶が何かに気付いたようにキョロキョロした。
「千晶、どうした?」
「人払いの結界が張ってある……犯人のしわざだね」
「そうか……」
と、言う事は一般人に見られて困るような大型の魔物などもいる可能性があるという事か。気を引き締めてかかり、俺たちは公園に到着する。そこには一人の男とその足元で意識を失い倒れている瑞穂の姿があった。
「瑞穂!」
俺は思わず名を呼ぶ。それでも瑞穂は反応しなかった。
「安心しろ。殺してはいない」
男はそう言い、ニヤリと笑う。俺と千晶はその男をキッと睨んだ。しかし、男は平気な顔でこちらに言葉を投げかけて来る。
「ちゃんとチアキ姫を連れて来たようだな」
「私は来た。瑞穂ちゃんを解放して」
「そういう訳にはいかない。この小娘を解放するのはチアキ姫の命を絶ってからだ」
やはり千晶の命が狙いか。どうする、俺。状況は圧倒的に相手に分がある。人質を掌中に収め、俺たちとの間に距離も空いている。飛び掛かって斬り付ける、にしては遠すぎる距離だ。千晶が魔法で攻撃するにしてもその予備動作で感付かれるだろう。そうなれば瑞穂の命の保証はない。こちらから攻撃して相手の男を倒す事は今の所、不可能。ならば要求を一方的に飲むしかないのか。俺たちが警戒して、男と瑞穂に視線を向けていると男が続ける。
「チアキ姫一人で歩いて来い。隣のガキは動くな。動けばこの小娘を殺す」
この要求。どうするべきか。俺は千晶を見る。千晶は頷いた。ゆっくり歩き出し、男の元まで向かう。それを俺は後ろから見守る事しか出来ない。くそ。何が千晶を守る、だ。こんなにも千晶を危険に晒しているというのに何も出来ないでいる。そう自らの非力さを責めていると男が剣を具現化した。あの剣で千晶の体を切り裂こうというのか。それとも剣を使った魔法か。どちらにしても俺には何も出来ない。この距離では、俺に出来る攻撃はとても届かない。
「死ね! チアキ姫!」
男が剣先を千晶に向けた。そこから魔気だろう。薄紫色の閃光が放たれ、千晶の体に命中する。う、と千晶は苦悶の声を上げて、その場に倒れ込む。
「千晶!」
「おっと、動くな! この小娘がどうなってもいいのか?」
「くっ……!」
なんて事だ。このままでは千晶を守る事が出来ない。いや、瑞穂もだ。この男がこのまま千晶を殺したとして、瑞穂を無事に返してくれるのかも怪しい。二人共、殺され、俺だけが残るのかもしれない。そんな結末は絶対に嫌だし、認められない。しかし、俺には何の手立ても打てない。
「くそ……」
歯噛みする。何か、何か手はないのか。そう思っている間に男は二発目の魔弾を剣先から放ち千晶の体に当たり、千晶がついに立っていられなくなりその場に崩れ落ちる。このままでは千晶が殺される。俺の幼馴染みが殺されてしまう。そんな事は……。
「許せるかよ!」
その瞬間、俺の中で魔気の高ぶりを感じた。咄嗟に腕を上にあげ、魔気を空に放つ。一瞬の事だった。天から雷が降り注ぎ、男の体に命中したのだ。
「ぐがあっ!」
男は絶叫を上げた。そしてふらふらと倒れ込む。今のは……何だ? 俺がやったのか? 雷を落とした。そんな真似を俺がしたのか……?
「秋吾……!」
千晶もふらふらと立ち上がりながら俺の方を振り返る。俺も自分でも訳が分からなかった。だが、事実として俺の魔気で雷を落とし、魔族の男に命中させた。ならば躊躇う事はない。俺は駆け出す。千晶の所にまず行き、声をかける。
「千晶! 大丈夫か!?」
「あんまり大丈夫じゃない……けど、早く瑞穂ちゃんを!」
「ああ!」
そして、今は千晶を置いて、瑞穂の所に駆け寄る。瑞穂を抱きかかえるとその目が開かれる。
「お兄ちゃん……?」
「瑞穂! 無事か!?」
「う、うーん……何が起こったの……?」
瑞穂は混乱している様子であった。無理もない。そう思っていると雷の一撃を受けた男がフラフラと立ち上がる。俺は後ろに下がり、その男を睨む。
「こ、このガキ……招雷の術だと……そんな高等な真似が……」
瑞穂を抱えたまま、男と対峙する。千晶が手をかざし、炎弾を飛ばす。それが男に命中し、男は呻く。
「千晶さんが……手から弾丸を……?」
驚いた様子の瑞穂だが、今は瑞穂に見られないように配慮など出来る程余裕はない。俺も瑞穂から手を離し、瑞穂が自分の足で立ったのを確認すると剣を具現化する。
「お、お兄ちゃん!? その剣は一体……?」
「説明は後だ! とりあえずこいつを倒さないとな」
俺は両手で剣を握る。魔気を炎に変え、剣に宿らせ、男に斬りかかる。男も剣で俺の剣を受け止めた。そのまま何合か打ち合う。そして、確信した。この魔族の男の剣技はクライドに遥かに劣る。俺でも充分倒せる相手。その確信を持ち、剣を振るう。
瑞穂をさらい、人質に取り、その上で千晶を殺そうとした相手だ。斬り捨てる事に躊躇いはない。俺はその思いで剣を振るうのであった。
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