魔物との二回目の戦いが終わり、俺と千晶は朝比奈家に戻った。案の定、コンビニにちょっと買い物に行くにしては長すぎる時間を妹の瑞穂に追及されたが、なんとか誤魔化し倒した。誤魔化せたとも思えないのだが、瑞穂が追及をやめてくれたのは疲れている様子の俺と千晶の身を案じてくれたからだろう。納得はいってないようだったが、何か事情があるのだろうと察してくれた様子で俺と千晶は解放された。良く出来た妹に感謝しつつ、俺は自室に戻り、ベッドに倒れ込む。明日の学校のため復習と予習をしておきたい所だが、疲れからそんな気は起きなかった。気が付いたら眠っていたようで、「秋吾」との声に起こされる。千晶だった。
「おはよう、秋吾」
「ああ、おはよう……でもな、お前、起こしてくれたのには感謝するが、男の部屋にそうほいほいと入り込むなと何度言ったら」
「入らないと起こせない」
「スマホ鳴らすとか、ドアをバンバン叩くとかあるだろ……」
ドアを叩くのはいささか野蛮ではあるが。
既に窓からは朝日が差し込んでおり、夜が明けた事を物語っている。俺はベッドから起き上がり、学生服に着替えようとした。今日も学校はある。
「着替えるから外出てくれ」
「私は別に秋吾が着替える所を見ても構わない」
「俺が構うんだよ……」
なんとか千晶を追い出し、学生服に着替える。そうして一階に降りて台所に行くと既に朝ごはんの準備は整っていた。
「おはよ、お兄ちゃん」
「おはよう、瑞穂。今日も朝飯作ってもらって悪いな」
「気にしないで。私が好きでやっている所だから」
「今日は私も手伝ってない。ごめん。瑞穂ちゃん」
「別に構いませんよ、千晶さん」
申し訳なさそうにする千晶に瑞穂が笑いかける。
「朝の食事は魔気の補充に重要。しっかり食べる」
「あはは……そうですか」
千晶の言葉に瑞穂は苦笑いする。千晶が厨二病なのは瑞穂も知っているが、これは真実……なのかな? 多分、真実だと思うけど。昨夜も思ったが、厨二病と真実が混ざり合ってオオカミ少年になっているぞ、千晶。
朝ごはんを食べ終わり、三人で家を出る。十字路で瑞穂と別れ、千晶と高校に向かう途中、背の高い男が道に立っていた。
(あの人は……)
俺が千晶が本当の魔族の姫君である事を知るきっかけになった人。千晶と話をしていて、羽根を生やして飛び去った人だ。
「チアキ様。お考え直してくださりましたか?」
その人は俺をスルーして、千晶に声をかける。千晶はムッとした様子で眉根を寄せる。
「クライド。考え直したも何もない。私は魔界に帰る気はない」
「そう申されましても……ここに居てはチアキ様の身の安全が……」
「私の事はダーク・ガーディアンの秋吾が守ってくれる。問題ない」
そのダーク・ガーディアンという厨二造語はなんだ。いや、そういう単語があるのか? やはりオオカミ少年だ、と思いつつ、俺は俺に向けられたクライドと呼ばれた男の視線を受ける。
「君は、チアキ様の幼馴染みか」
「え、ええ……まぁ」
「ふむ。確かに魔気を感じるが……」
クライドさんとやらは俺を見て何かと考え込む。
「シュウゴ殿。君がチアキ様を守るに値する存在か。私にテストさせて欲しい」
その果てに言った言葉は俺を身構えさせるに充分なものだった。
「え、テストって……」
「そんな必要ない。秋吾は私を守ってくれる」
「それを見極めたいのですよ、チアキ様。そうだな、今からでは時間がないか。ガッコウとやらが終わった放課後。丘の上に来て欲しい。そこで君の力を測らせてもらう」
そう言い、クライドは羽根を生やし飛び去って行く。呆然とそれを見送った俺は千晶の方を振り向く。
「付き合う必要はない。秋吾の事は既に信頼しているから」
「いや、でも……ああ、言われたらスルー出来ないだろ? 実力を見るって言うんだから殺されやしないだろうし、そのテストとやら、俺は受けるよ」
「秋吾……」
それは俺が決めた事でもあった。千晶を守るに相応しい存在か。ここで示しておかなければあのクライドという人は何度でも千晶や俺の前に現れるだろう。それくらいならここで白黒はっきりさせておいた方が後腐れもなくて良いと思う。俺の言葉と意思に千晶は少し黙り込んでいたが。
「分かった。でも、クライドはダーク・ベリアルの称号を持つ暗黒剣士。すっごく強い。秋吾も頑張って」
「あ、ああ……」
そのダーク・ベリアルとか、暗黒剣士とかいう単語は厨二造語ではなく本当に魔界とやらにある単語なのだろうか。そう思いつつ、頷く俺であった。
高校に行くといつもの面子が出迎えてくれた。
「ようシュウ。相変わらず千晶さんと仲いいな」
「秋吾は私の眷属からガーディアンにランクアップしたから仲が良くて当然」
「……千晶は相変わらずね」
辰夫がからかいの声をかけて来て、それに応えた千晶にエリカが呆れた目線を寄せる。でも、単語は厨二だが、言っている事自体は事実なんだよなぁ、これが。
「秋吾くん、千晶の面倒見るの大変じゃない?」
「あはは……エリカ、千晶とは幼馴染みだから色々と慣れているよ」
「おお、言い切ったわね」
俺の言葉にエリカは感心とも揶揄とも取れる視線を向けて来る。千晶は堂々としていたが、俺は苦笑いが漏れる。
「シュウ、千晶さんとお前が付き合うのはいいが、お前まで変な事言い出すなよ」
「ああ、タツ。それは心得ている」
「私は変な事なんて言っていないのに……」
「そう言っちゃうあたりが真性ね……」
エリカは呆れ果てた様子だが、今回に限っては言っている事自体はそこまで絵空事でなかったりもするのだ。信じてくれる訳はないだろうが。
「秋吾の今の称号はダーク・ガーディアン。今後はこう名乗るように」
「名乗るか!」
思わず全力の突っ込みを入れてしまう。そんな厨二単語、堂々と言えるようになったら色々おしまいだ。千晶を守るという意思に変わりはないが、そんな称号は受け取りたくはない。辰夫とエリカは苦笑いを浮かべていた。
千晶は不思議そうに首を傾げると、俺に再度言葉を発する。
「ダーク・ガーディアンは嫌? じゃあ、ダーク・ナイトかダーク・パラディン。これでも役割に合っている」
「どっちも嫌だ!」
「もう、秋吾のワガママ」
「ワガママとかいう問題じゃない……」
辟易して俺が息を切らす。千晶を守ると決めた以上、こんな程度で動じているようではダメなのだろうが。
「ははは、お前の彼女、大変だな」
辰夫が笑い声を上げる。彼女じゃないって言うのに。千晶は俺の幼馴染みだ。
それにしてもあのクライドとかいう人。俺を千晶を守るのに相応しいかテストするって言っていたけど……やっぱり模擬戦でもするんだろうか? ホストでもやってそうな長身美形の人だったけど、千晶が言うにダーク・ベリアルとやらで暗黒剣士とやららしいから強いんだろうな。少なくとも昨夜、初めて剣を握った俺なんかよりはよっぽど。そんな人にテストされるというのは緊張を覚えてしまうものだった。俺はあの人に千晶を守るに相応しい存在だと認めさせる事が出来るのだろうか? こんな事なら剣道でもやっておけば良かったかな、とも思うが、後の祭りだ。あのクライドとかいう人に勝てないまでも千晶を守るに相応しい男だと認めさせる事が出来れば良いのだが。
「うーむ」
自分の教室で自分の席に着きながら、放課後の事を考えると悩みは深い。千晶は特に気にした様子もなく、相変わらず辰夫やエリカ相手に厨二病を振りまき、呆れられていたが。
とにかく、こうなったからにはやるしかない……んだよな。
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