「く、くそっ!」
魔族の男はそう言い剣を振るうが、魔気を炎として剣に宿らせた俺の剣技の方が男の上を行っている。俺は何撃も剣を振るい、男を圧倒する。そのまま斬り捨てようとしたのだが、
「お兄ちゃん……」
瑞穂の視線に気付き、体が硬直する。瑞穂の見ている前で魔族とはいえ、相手の命を絶つのは……そう躊躇した、その隙に男は後ろに飛び、俺との距離を開けていた。
「へ、ここは退いてやるぜ。覚えていやがれ、小僧! それにチアキ姫!」
そう言って男は逃走していく。追い掛ける余力はあったが、今は瑞穂の安全を確保する方が優先だった。
「瑞穂、大丈夫か?」
剣を消し、瑞穂に語り掛ける。瑞穂は衝撃を受けた様子だったが、一応、大丈夫そうであった。少なくとも身体的に外傷は見受けられない。
「お兄ちゃん、それに千晶さん……一体何なの、今の人はそれにお兄ちゃんと千晶さんも……」
「それに関しては……」
どうしようか悩む。全てを話す時が来たのか。そう思っていると千晶がやって来て俺に声をかける。
「秋吾、瑞穂ちゃんに話そう。でも、まずは秋吾の家に帰ってから」
「ああ……そうだな」
千晶の言葉で俺は覚悟を決めた。瑞穂に全てを話す事にして、それは家に帰ったら話すと言い、三人で朝比奈家の家まで帰る。そうして、リビングで俺と千晶は瑞穂と向き合った。
「まずさっきの瑞穂をさらった奴だが、あいつは魔族の男だ。千晶の命を狙って来た」
「……厨二病じゃなくて?」
瑞穂が疑い深い目でこちらを見る。普段から千晶が厨二病をやっているから真実を話しても信じてもらいにくいのだ。そう思って嘆息したい思いを堪えつつ、頷く。
「千晶の厨二病……と言いたい所だが、これが事実なんだな。千晶は魔族の姫君らしい。これに関しては俺もよく知らない事なんだけど……」
「うん。ホントの事だよ、瑞穂ちゃん」
「そんないつもの厨二病みたいな……」
信じられないという態度の瑞穂。これも普段から千晶が厨二病であることない事言っているせいだ。なかなか信じてもらえないのを仕方がない事だと思いつつ、(俺もそうだったし)俺は言葉を続ける。
「それが事実なんだ。で、俺は千晶を守るために魔気とやらを体に宿すようになり、あの剣も出せるようになった」
「やっぱり厨二病だよ、お兄ちゃん……」
「まぁ、そうとしか受け取れない事だが……」
ここまで来ても瑞穂には信じ難い様子であった。実際に俺が剣を振るう所や千晶が炎弾を飛ばす所を見ているので完全に絵空事と思っている訳でもなさそうではあるのだが。
「千晶さんがプリンセスで、お兄ちゃんはそれを守るナイトって訳? やっぱり厨二病だなぁ」
「ナイトじゃない。秋吾はダーク・ガーディアン」
「千晶は余計な口を挟むな。ややこしくなる」
そのダーク・ガーディアンとか言うのは事実ではなく厨二病である可能性があるのだ。厨二病と疑われるような事を話している最中に厨二病を炸裂されるのは困る。
「ともかく、これは事実だ。瑞穂がそれに巻き込まれたのは予想外だったが……無事でよかった」
「……うん。助けてくれてありがとう、お兄ちゃん、千晶さん」
「当然の事だよ、瑞穂ちゃん」
妹の瑞穂を助けるのは当たり前の事だ。瑞穂が今後も巻き込まれる恐れもあるな。なんとかそれは防がなければならないが、俺と千晶は高校生。中学生の瑞穂に付きっ切りで護衛するという訳にもいかない。
「今後、瑞穂の身に危険が迫ったらどうするかだが……」
「それならいいものがあるよ」
俺の言葉に千晶が言う。そして、ポケットに入るサイズのベルのようなものを取り出した。これは一体……?
「なんだ、これ?」
「ボタンを押せば鳴らせる。魔族や魔物が嫌う音波を飛ばせるの。それと同時に私にも瑞穂ちゃんに危機が迫っている事が伝わる。これを持っておいてもらおう」
「それが本当ならありがたいですけど……本当に?」
やはり瑞穂は千晶の厨二病を疑っているようであった。やはりオオカミ少年……。嘆息して、「多分、マジだ」と俺は言ってやる。
「瑞穂がこれを持っていればとりあえずは安心って訳か。100パーセント安心とは言い切れないけど……」
「……うん。これは私が貰っておく事にするよ。また怖い目に遭うのは嫌だし」
「うん。瑞穂ちゃんが持っていて」
そう言い、瑞穂はそれを受け取り、スカートのポケットに入れる。
「それじゃあ、私はお風呂入って来る……色々あって疲れちゃった」
その瑞穂を止める事は出来ないだろう。とんだ事に巻き込んでしまった。今日ももう遅い。さっさと順番に風呂に入って寝る事にしよう、と思って腹が減っている事に気付く。そういえば瑞穂が心配で夕食も食べてなかったな。瑞穂もお腹が空いているだろうから、適当なレトルト食品でご飯を作る事にするか。こんな時間に食べるのは健康上、よろしくなさそうだけど。
瑞穂が長風呂で上がるとレトルト料理が並んでいるのを見て、驚いた顔をした。
「わ、こんなに。ごめんね、お兄ちゃん」
「別にいいさ。大した手間じゃなかったし。さっさと食っちまおう。腹が減っているだろ、千晶も」
「うん。私もお腹は空いたかな」
結局、三人で食事をし、その後は千晶が先に風呂に入り、千晶が上がった後、俺も風呂に入り、それぞれ寝床に就いた。
それにしても瑞穂が巻き込まれるなんて大変な事だったな。千晶の命を狙う魔族たちは魔物を地上に放つだけではなく、手段を選ばない真似をしてくるという事か。今後はこれまで以上に警戒が必要になるだろう。俺の力で撃退出来るレベルの敵ばかりならいいのだが、そんな甘えた考えは捨てる。俺自身の向上に努め、クライドのような強豪が相手でも勝てるようにならなければ。
そう思い一晩眠り、翌朝。あんな事があった翌日だというのに瑞穂は朝起きて、朝食の支度をしてくれたようだ。それに感謝しつつ、俺と千晶は朝食を摂る。そして、登校する時になってまた瑞穂がさらわれるのでは、と不安になった俺は瑞穂に声をかける。
「瑞穂、危険だと思ったら千晶からもらったベルをすぐに鳴らすんだぞ」
「分かっているよ、お兄ちゃん。私も危ない目に遭いたくはないし」
「ホントに大丈夫か?」
「もう、心配性だなぁ、お兄ちゃんは。嬉しいけど……」
「とりあえずあのベルがあれば大丈夫だよ、秋吾」
俺に対し、千晶もそう言って瑞穂の安全を保障する。なら、これ以上言うのも何か。流石に学校に行くなと言う訳にもいかない。
「分かった。それじゃあ、くれぐれも気を付けてな」
そう言って十字路で瑞穂と別れる。千晶と二人になった俺は千晶に話しかける。
「まさか瑞穂がさらわれるとはな……」
「うん……。敵も手段を選ばなくなっているみたい。秋吾もこれまで以上に厄介な敵が襲って来る可能性がある、気を付けて」
「ああ。俺の力で、いや、俺とお前の力でなんとか対抗してみせるさ」
俺の剣と千晶の魔法。それを合わせて襲撃者を撃退する。その覚悟を固める。
「うん! 私も秋吾がいてくれると凄く心強いよ! 流石は私のダーク・ガーディアン!」
「真面目な場面まで厨二病はやめろっての」
苦笑いして千晶の言葉に応える。いや、本当にそういう役職があるのか? ダーク・ガーディアン。何度も言われてそんな気もしてきたが、これは厨二病だろうと思う気持ちも消えない。ともあれ、俺たちはそのまま高校に通い、授業を受ける。相変わらず辰夫やエリカと馬鹿話したりしながら、千晶が厨二病を炸裂させたりもしたが、いつも通りであった。
その日は瑞穂がさらわれるような事もなく平穏無事に過ぎて行った。体を鍛えるためのランニングはやりつつ、夕食を食べ、風呂に入る。
こんな平穏な日々が続けばいいのだが。そう願わずにはいられなかった。
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