「はああっ!」
宵闇の中、道路を揺るがす巨人型の魔物に斬りかかる。魔炎剣イシュタリは魔気が変換された炎を刀身に纏い巨人の体を斬り裂く。巨人が絶叫を上げる。しかし、それで終わらない。剣をすぐ手元に戻し、再度斬りかかり、巨人にダメージを与える。巨人の体がひるみ、後ろに下がった所で千晶の放った炎弾が無数に命中する。巨人はさらに悲鳴を上げて、後ろに下がる。そこに千晶の必殺の魔法が炸裂した。
「グレート・ボンバー!」
大爆発を起こす魔法を喰らい、巨人の体が砕け散る。強敵であった巨人も倒された瞬間であった。バラバラになった巨人の体は闇に溶けるように消えて行き、激しい戦いの後の静寂が戻って来る。俺は額の汗をぬぐうと魔炎剣イシュタリを消して、一息ついた。そこに後ろから魔法を唱えていた千晶もやって来る。
「秋吾、大丈夫?」
「ああ。この程度ならな。お前の魔法のおかげでもあるし」
「秋吾が前で頑張ってくれたから。流石は私のダーク・ガーディアン」
その称号は、いらないが。ともあれ、今回も千晶を守れたのなら何よりだ。早朝と夜のランニングや素振りといった自己鍛錬も多少は効果を上げているのかもしれない。今回の巨人相手にほとんど苦戦する事なく倒す事が出来た。魔気の力で身体能力を強化しているにしても楽に勝てたと思う。もっとも、こういう油断は良くない。あまり調子に乗っていると足元をすくわれる、と自戒し、次なる戦いに備える。千晶が地上にいる以上、その命を狙ってくる輩は多いだろう。それらを迎え撃たなければならない。俺と千晶は朝比奈家に戻り、リビングでテレビを見ていた妹の瑞穂に出迎えられた。
「あ、おかえりー」
「ただいま」
「ただいま、瑞穂ちゃん」
「こんな時間に二人してどこ行ってたの? 別に危なくはないとは思うけど……あまり褒められた行為じゃないよ?」
もっともな事を瑞穂が言う。その通りなので俺も千晶も反論出来ずに黙り込む。魔物が出たからそれと戦っていたなんてとても言えたものではない。いや、千晶が言った分にはいつもの厨二病と流してくれるかもしれないが。
「ああ。今後は心得ておく」
「私たちは闇の者。戦いは避けられない。それは魔族の姫君である私やダーク・ガーディアンの秋吾の宿命」
「はいはい」
千晶が言った事を華麗に流す瑞穂。やはり厨二病の妄言としか思われていないようだ。っていうかダーク・ガーディアンって称号、すっかり俺に定着させてるな、千晶は。恥ずかし過ぎるので勘弁願いたいのだが。
「そんなダーク・ガーディアンなお兄ちゃんや魔族の姫君の千晶さんのために夜食作っといたよ。良ければ食べて」
「ああ、それはありがたいな」
「ありがとう、瑞穂ちゃん」
瑞穂に言われるまま台所に行くと小ぶりなサイズの肉じゃがが二人分、作られていた。それを俺も瑞穂も食べる。味の方も文句なしだ。巨人との戦いで体力を消耗していたのでこれはありがたい。俺と千晶は肉じゃがを食べ、すぐに食べ終わり、満足した表情になる。
「これは疲れを癒す至高の逸品、スプレマシー・ヒール・フード。私の魔力も回復する」
どこまで本気で言っているのかやはり判断に困る。肉じゃがはスプレマシー・ヒール・フードなんて大層なものではないとは思うのだが。
「それにしても魔物の奴ら、懲りずに何度も来るなぁ。それだけ千晶の命は魅力的なのか……」
「私が魅力的なのは当然。地上と魔界を合わせても一番の美少女」
「そういう意味で言った訳じゃない」
厨二病に加えてナルシストかよ。そう呆れつつ、真剣な話なんだ、と念を押す。千晶も頷いた。
「まぁ、仕方がない。魔界の抗争はそれなりに大きいものらしいから。お父様もクライドも苦労していると思う」
「クライドさんねぇ……お前の親とやらもやっぱり強いのか?」
気になって訊ねてみる。千晶が魔族の姫君ならその父親は魔族の王か。
「お父様が本気を出せばこの地球くらい粉々に砕け散ってしまう。それだけの力を持っている」
「お前が言うと本当なのか分からなくなるんだよ……」
普段の厨二病な言動のせいで。俺はため息をつき、もし本当なら凄い事だな、と思う。鼠のために地球を破壊しようとした未来の猫型ロボットもびっくりだ。
「お父様はダーク・エンペラーの称号を持つ身。私なんかじゃ比べ物にもならない」
「その称号が本当にあるかはともかく、千晶でも比べ物にならないってのは凄いな」
守られている存在とはいえ、千晶も魔気を使った魔法の数々を行使し、魔物を倒してきている。それが比べ物にならないとは。恐ろしい話だ。俺はそう思いつつ、風呂にでも入るか、と歩き出す。
「どこ行くの?」
「風呂」
「一緒に入る」
「お断りだ」
そうそう一緒に入って堪るか。一回、何故か千晶と瑞穂と三人で風呂に入った事があったがあんな事はもう起きないで欲しい。そう思いつつ一人で風呂に入り、上がった後は自室で勉学に励み、寝た。その日の夜は更けて行き、翌日の朝になり、千晶と共に学校に行く。友人たちと馬鹿話をしていたのだが、気になる事を辰夫は言った。
「そういや巨人が出たとか噂になっているなぁ」
ギクリとする。この町に巨人型の魔物が押し寄せて来てそれを倒したのは昨夜だ。誰かに見られてしまったのだろうか。この町に堂々と魔物が現れて襲い掛かって来る以上、完全に目撃者をゼロにするのは難しい。せいぜい話が大きく広まらないように祈るだけだ。
「私は羽根で空を飛ぶ美青年の噂も聞いたわよ」
エリカも便乗して噂話をする。羽根の美青年……クライドか。彼も地上に訪れる以上、姿を見られても文句は言えない。こちらは一見すれば普通の人間にしか見えないので、羽根で空を飛ぶのは控えてくれればいいだけなんだが。
「この世は魔界の侵攻を受けている。それに対抗するのもまたテラ・ディスティニー。逃げ出しちゃいけない」
「はいはい」
「それは大変ね」
千晶が言った言葉に辰夫とエリカが適当な相槌を打つ。いつも厨二病を振りまいている身だ。全く信用されていない。それはありがたい事なのだが。
「まぁ、噂は噂だろ」
俺はこう言って火消しをしようとする。噂話でとどまっているからいいが、魔物を目撃した人が増えればそれでとどまらなくなる可能性もあるな。それは危惧すべき事であった。そう思いつつ、学校で授業を終えて、千晶と共に家に帰る。玄関に鍵はかかっていなかった。瑞穂が先に帰っているのだろう。そう思ったのだが……。
「ただいまー……、っと?」
家の中に瑞穂の姿はない。どうしたのだろう。玄関開けっ放しで出て行くような不用心な奴ではないのだが。俺は不審に思いつつもとりあえず自室に戻る。荷物を置いて一階に帰ると千晶が難しい顔をしていた。
「どうした、千晶?」
「いや、瑞穂ちゃんの事が心配」
「ちょっと出て行っているだけだろ? そこまで心配する必要はない」
あいつも自分の事は自分で面倒見れるだろう。心配する必要はない。この時はそう思っていたのだが、時間が経つにつれて帰ってこない事を段々、不安に思い出す。もう夕食の準備をしないといけない時間なのに瑞穂は帰ってこない。
「瑞穂のヤツ、どうしたんだ……」
「もしかして……」
千晶の顔が真剣なものになる。俺も瑞穂の事を心配しつつ、落ち着きなくリビングを行ったり来たりする。瑞穂のスマホにメールを入れたが、反応はなし。電話もかけてみたが留守電だった。さらに不安は募る。
結局、それから日が暮れても瑞穂が帰って来る事はなかった。
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