魔物の襲来。それは聞き流せる事ではない。この町に再び魔物が現れたというのか。
「マジなのか……?」
「マジもマジ。大マジ」
俺は先日戦った巨大な四足獣の魔物の事を思い出す。あの魔物の突進は大型トラックの体当たりにも等しい威力があるだろう。それだけの力を持った生命体など今の地上にはいない。そんな存在が再び現れ、この町を跋扈しているというのか。恐ろしい。その思いで弱気になるが、魔物とやらが現れたのならその目的は魔族の姫である千晶に他ならない。千晶を守るためにも戦う必要はある。それに千晶だけでなく巻き添えを喰らう人が出ないとも限らないのだ。先日、戦った魔物の時は近くに人がいなかったから結果的に魔物の雄叫びを近所の人が聞いた程度の事で済んでいたが、あの時、偶然、外を出歩いている人がいたり、あの魔物が家屋に突っ込んだりしていれば巻き添えを喰らう人を生み出していた所だ。前回はそうならなかったが、だからといって今回もそうならないとは限らない。それを防ぐためにも迅速に魔物の対処をする必要があると言えるだろう。俺は立ち上がった。
「それじゃあ、早速、迎え撃とう。放ってはおけない」
「うん。行こう」
俺と千晶はお互いに頷き合い、一階に降りる。そこで妹の瑞穂と遭遇した。前回は瑞穂は寝ている時間だったが、今回は前回に比べると早い時間だ。まだ起きていたのであろう。瑞穂は驚いた顔で俺たちを見る。
「ど、どうしたの、お兄ちゃんも千晶さんも? どっか行くの?」
「あ、ああ……ちょっとコンビニにな。小腹が減ったから焼き鳥でも買おうかと……」
咄嗟にその場で嘘をでっちあげる。まさか魔物が襲来していてそれの迎撃に出るとは言えない。千晶も俺に合わせてくれたようであった。
「私も行くんだ。大丈夫。瑞穂ちゃんはこの家でジッとしてて」
「そ、そう? こんな時間に行く事はないと思うけど……」
どこか納得いかないと言う風に瑞穂は首を傾げていたが、真実を話す訳にもいかない。とりあえず納得はいかないだろうが、この嘘で騙し通させてもらう事にしよう。瑞穂にそう言い、俺と千晶は朝比奈家を出た。
「魔物は近いのか!?」
「丘の上の方に気配を感じる。多分、そこ」
丘の上、か。そこなら夜に訪れるのはトレーニングで町中を走っているスポーツマンくらいだ。事情を知らぬ他人に巻き添えを喰らわせる可能性は低いと言えるだろう。ひとまずは安堵し、俺は地を蹴り、駆ける。千晶も俺に並走する。魔気を宿したこの体は常人を遥かに超える身体能力を以て、町中を疾走する事が出来る。町中を駆け抜け、丘の上まで登る。そこには二匹の化け物がいた。
「グワアアア!」
一応、人型、と言える体躯をしている。二本の足で立ち、二本の腕を持ち、頭を持っている。だが、その姿は人間とは似ても似つかない。その両手は鋭くとがった爪が生えており、あれに切り裂かれればひとたまりもないであろう。両足も筋肉の付き方が明らかに人間とは違う。跳躍に特化したような印象を受ける。かつて一世を風靡したゾンビゲームのハンターと言われた敵キャラの事を俺は思い出していた。
「あれか……!」
「秋吾。これを!」
千晶はそう言うとどこから取り出したのか一本の剣を俺に手渡した。これがあれば心強いがどこから取り出したのだろう。そんな俺の疑問の視線に答えるように千晶は言う。
「魔気で編んだ剣。普通の剣よりよっぽど切れ味はあるはず」
「そういう事か。ありがたい」
いくら俺が魔気を宿しているといえど徒手空拳で戦うのには躊躇いが残っていた所だ。こいつで戦わせてもらおう。そう思っていると魔物たちはこちらに気付き、その内、一匹がこちらに飛び掛かって来る。俺は咄嗟に剣を振るう。振るわれた魔物の腕の先の爪とこちらの剣の刃がぶつかり合い、硬質な音を鳴らし、お互い後ろに下がる。
「プロミネンス・ブラスト!」
千晶が指先を魔物に向け、魔気を使った魔法を放つ。放たれた炎弾は魔物の体に向って飛び、命中するかと思われたが、魔物は大きく跳躍し、後ろに下がり、炎弾を回避する。そこに俺は踏み込み剣を振るった。
「このお!」
俺の斬撃を魔物はやはり軽快な動作で回避する。この魔物、先日戦った大型の魔物程のパワーはないようだが、その分、スピードに長けているようであった。
そう思っていると二匹目の魔物がこちらに飛び掛かって来る。俺は慌てて後ろに下がり、その爪での斬撃を避ける。魔気が宿っているこの体は反射神経も動体視力も常人を遥かに超えるものが宿っている事をこの時になって実感する。その間も千晶が魔法を放つ。炎弾が夜の闇を明るく照らし、二匹の魔物に襲い掛かるが、それらを二匹の魔物は軽快に回避する。いかんな。俺と千晶は二人バラバラに戦っているだけでチームワークも何もない。千晶はどうかは知らないが、俺には本気で戦った経験なんてないのだから仕方がないのだが。なんとか足並みを合わせて、俺が斬りかかると同時に千晶の魔法を放つ事は出来ないだろうか。
「千晶! 俺に合わせろ! 俺の剣を敵が避けた所を狙え!」
俺はそう言い、前に踏み出し、一匹の魔物に斬りかかる。それを魔物は飛び退き避けるが、そこに炎弾が着弾した。
「グガア!」
魔物は苦悶の声を上げる。
「よし!」
「やったね、秋吾!」
咄嗟に行った連携だが、上手くいった。この調子で二匹の魔物を倒す。炎弾を喰らった魔物は後退し、もう一匹が前に出て来る。こちらがやっているので当然だが、相手の魔物二匹も一応、チームワークや連携というものは意識した動きをしているようであった。
二匹目の魔物の爪を使った攻撃を剣で受け止める。この魔物は一撃繰り出し、それが外れるか止められるかすると体を後退させる傾向にある。それを見抜いていた俺は踏み込んで斬りかかる。剣が魔物の体をかすめる。魔物は声を漏らし、爪で反撃を繰り出して来るが、そこに炎弾が着弾する。千晶の魔法だ。これに二匹目の魔物も下がり、ダメージからある程度は回復したらしい一匹目の魔物が前に出て俺に爪を振るう。俺は後退し、これを避けて、魔物が後退しようとした隙を突き剣を突き出す。斬るばかりが剣の能じゃない。突きも出来る。突き出された剣は魔物の腹に食い込み、嫌な感触と共にずぶり、と剣先をめり込ませる。
「グギャアアア!」
魔物が絶叫する。そこから青い血がしたたり落ちる。そこに炎弾も着弾し、一匹の魔物は闇に溶けるように消えて行った。二匹の内、とりあえず一匹は撃破! 後は一匹。
「よし、千晶。このペースで行くぞ!」
「うん、秋吾」
一匹目が倒された事からか二匹目はこれまで以上に警戒した様子でこちらの様子を伺う。ここはこっちから攻めるべきか。そう判断した俺は地を蹴り、剣を両手で振るい、二匹目に斬りかかる。これを二匹目は後ろに飛び退き避けるが、そこに千晶が炎弾を放つ。炎弾は二匹目に命中し、二匹目が苦悶の声を上げる。そこに俺は駆け寄り、一気に剣で袈裟懸けに斬り付けた。テレビで見た剣道や漫画やアニメの剣術の見様見真似であるが、なんとか成功したようだった。二匹目の体も切り裂かれ、闇に溶けるように消えていく。なんとか魔物の撃退は成功したようだ。俺はふぅ、と息を吐き、千晶の元に戻る。
「なんとか撃退出来たみたいだな」
「そうだね。秋吾のおかげ」
「お前の援護あってだよ。この剣、返すな」
俺は剣を千晶に渡そうとするが、千晶は首を横に振る。
「秋吾。それを分解してみて。その後、また具現化してみて」
「え? そ、そう言われても……」
俺は困惑するが、剣を手に消えろ、消えろ、と念じると剣は闇に溶けるように消えて行った。
「出来た……」
「その後、もう一回、具現化して。これから先、秋吾が戦う場に常に私がいるとは限らないから」
「それもそうだが……」
俺に剣を作り出すなんて出来るのだろうか? 疑問に思いつつも魔気を集束させるイメージを込めて剣を作り出そうとする。手元には一本の剣が出現していた。
「で、出来た……」
「それなら私がいなくても戦えるね」
「そんな場面にはあまり遭遇したくはないけどな……」
とりあえずは今夜の魔物退治は終わった。家に戻る事にしよう。コンビニにちょっと買い物に行くにしては時間をかけすぎてしまったため、瑞穂には追及されるだろうが、適当に誤魔化さなければ。
「それじゃあ、帰ろう、秋吾」
「あ、ああ」
「あ、その前に剣の名前決めとこうか? 私の提案ならエターナル・フォース・アルカディック・ソー……」
「名前なんてどうでもいいな! 魔気で出せる剣で充分だ!」
またとんでもない厨二命名をされそうだったので話題を断ち切り、俺は踵を返す。とにかく魔物との戦いは疲れた。さっさと帰って休む事にしよう。
夜の闇は深く、先ほどまでの戦いの痕も残らず、ここで戦いがあった事を知る事は出来ないだろうと思われた。
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