「局人災警報発令!」
「くそっ、またあいつらか!」
シャリオンを助けたあの日以来、北東京支部は毎日のように緊急出動に見舞われていた。
神出鬼没のベルベル兄妹なるふたり組の怪人は、北東京支部管轄内を荒らしまわり、市民を襲い続けたのだ。
そしてこれまた奇妙なことなのだが、被害者はすべて同一人物であった。
「いつもありがとうございます。そろそろなにかお礼をさせていただかないと」
「結構です! それよりオリジンレッドさんから離れてください! シャリオンさんでしたっけ。あなた、なんでいつも同じ連中に襲われているんですか?」
「はらら~、それがさっぱり。私自身にはまったく心当たりがないのです。とっても不思議ですねぇ」
駒込からはじまり、護国寺、東池袋、大塚、飛鳥山公園、そして巣鴨と。
毎度毎度調書を取るいつきも、さすがに六度目となれば目に見えて不機嫌感が増していた。
「ふふ、今日もかっこよかったですよ、オリジンレッドさん」
「いやあ、ははは……市民を守ることはヒーローの義務ですから」
「だぁーーーもう! いま私が調書取ってるんですから、ちゃんと答えてください! 絶対に何か狙われる理由があるはずなんですよ! 本当になにも心当たりないんですか!?」
国家公務員であるヒーローは、市民からの通報がある以上、出動しないというわけにはいかない。
だが銀行やスクールバスをはじめ、何度も何度も繰り返し襲われる対象には根本的な防犯対策を施してやるのもヒーローの仕事である。
シャリオンは頬に手をあてて考え込むと、「あっ」と思い出したかのようにわざとらしく手を打った。
「ひょっとすると狙われているのは私ではなく、教団のほうかもしれません。あまり大きな声では言えませんが、教団本部にはたくさんの寄付金が集められていますから」
「なるほど。あなたが襲われるのは、身代金が目的の可能性もあるってことですか」
「詳しくお話しさせていただければと思うのですが、ここで立ち話をするのもなんですし。一度、光臨正法友人会の本部までご足労願えませんか? すぐ近くですので」
唐突な申し出に、いつきは調書を取る手を止め、振り返って隊長の裁可をあおぐ。
太陽は黙って首を縦に振った。
たしかに怪しいところもあるが、事実として襲撃が続いている以上断る理由もない。
かくして五人は新興宗教団体“光臨正法友人会”の巣鴨本部へと連れていかれることになった。
…………。
さすがにヒーロースーツ姿は目立ちすぎるので、全員変身は解除してシャリオンの後を付いていく。
とはいえ太陽だけは赤いマスクをつけたままなので、道行く人々から好奇の視線を浴び続けていたのだが。
巣鴨駅からほど近い場所に、その施設はあった。
真っ白な教会と、それを取り囲むように配置された箱ものは、どこか要塞じみた風体だ。
おそらく巣鴨以外のどこの街に置いても異彩を放つだろう。
新興宗教団体という言葉に多少の胡散臭さを肌でひりひりと感じながらも、仕事と割り切れば問題ない。
オリジンフォースの面々はそう軽く捉えていたが、五人はその考えが甘かったことをわずか2秒で思い知る。
教団本部の真っ白な扉を開くやいなや、法衣をまとった老若男女がいっせいにオリジンフォースへと群がった。
「おかえりなさい、光の子供たち。たくさん歩いてお疲れでしょう、さあ靴をぬいで」
「おかえりなさいませ。おやおや喉が渇いていますねあなた。さあこのアルティメット濃縮還元水をお飲みください。そして魂を次のステージにアセンションさせましょう」
「よくおかえりになられました。有機バイオ農場で採れた新鮮な感謝レタスのサラダもありますよ。これは畑に向かってスピーカーから24時間『ありがとう』と感謝の言葉を流し続けることで……」
「けけけ結構です! あの、シャリオンさん。おかえりなさいっていうのは」
「ここは誰しもの我が家であり、還るべき場所ですから」
事も無げにそう言うと、シャリオンは柔和な笑みを崩すことなく両手を広げた。
彼女に付き従うように、信者たちがずらりと横一列に並んで両手で三角形を作る。
この教団にとってなにか意味のある印らしい。
「ご覧の通り教団ではとても多くの方々が奉仕活動をされておりますの。せっかく五人もいらっしゃるのですから、手分けしてお話を伺っていただくのがよろしいかと存じますわ」
彼女の言うことはもっともだ。
この人数をひとりひとり相手にしていたら日が暮れてしまう。
「あの、オリジンレッドさん……?」
「捜査対象はこの教団が狙われる理由。それとベルベル兄妹とやらの素性に繋がる情報だ。いいか、それ以外のことには目もくれるな」
「「「「了解!」」」」
これも謎のふたり組怪人ベルベル兄妹を検挙するためには致し方のないことだ。
そう自分たちに言い聞かせ、それぞれ別室に通されたオリジンフォースの五人は信者たちから話を聞くことになった。
いつきが聴取を担当する相手は……件のシャリオンである。
「あらあら、これ以上なにをお話しすればいいのでしょう」
「あ、あああ、あなたをオリジンレッドさんと密室でふたりきりになんて、できるわけないでしょう! まだ色々と聞かせていただきますからね!」
いつきがシャリオンの聞き取り捜査を引き受けたのは、彼女をオリジンレッドに引き合わせたくないという一心からであった。
だがこのときのいつきはまるで知る由もなかった。
ここに至るまでの全てがシャリオンの目論見通りであったことなど。
シャリオンは肩の力を抜くと、背筋を伸ばしてにっこりといつきに微笑みかける。
「あなた、とても愛していらっしゃいますのね。オリジンレッドさんのことを」
「ななななにを言ってるんですか!? 私はそんな……」
「否定することはありませんのよ。あなたは危ういほどに一途で、触れれば指先を切られるほどまっすぐな愛をお持ちですわ。まるで光り輝く剣のよう。鋭く、可憐で、熱く、儚く、そして脆い」
「オリジンレッドさんにちょっかいをかけまくっているあなたに、いったいなにがわかるっていうんですか?」
図星を突かれたいつきは、シャリオンの言葉を条件反射的に突き返した。
自分ははばかることなくオリジンレッドを誘惑していたくせに、という嫉妬心が先走っているのだ。
だがシャリオンはまるで悪びれる様子もなく言葉を続ける。
「ふふ、手に取るようにわかりますわ。人と人を結ぶ絆、そしてその間に芽生える感情……『愛』……。私ども光臨正法友人会は愛の探求を宗旨としておりますの。いわば愛のプロフェッショナルなのです」
顔を真っ赤にしながら眉を釣り上げるいつきであったが、いつの間にかシャリオンの声に耳を傾けつつあった。
土足で踏み込むように不躾でありながらも、心地よいのだ、この女の言葉は。
人は誰しも、自分にとって都合のいい事実を証明してくれる言葉に惹かれるのだ。
いつきの心に生じた隙を逃すことなく、シャリオンは“楔”となる言葉を矢継ぎ早に突き立てる。
「私の見立てでは、オリジンレッドさんはあなたのことを深く愛していらっしゃいます」
「しょっ、しょんなこと! どうして言い切れるんですか、本人に聞いたわけでもないのに!」
「言ったでしょう、私どもは愛のプロだと。オリジンレッドさんの愛は恋慕でも憧憬でも自己犠牲でもありません。とても、深く……あなたの真ん中を貫き心の臓を温かく包み込むような、そんな愛をあなたに向けていらっしゃいますわ」
オリジンレッドが自分のことを愛している。
それも生半可ではない、正真正銘の愛情をもって。
揺れ動いていた“やじろべえ”のようないつきの心を転がすには、その一言があれば十分であった。
シャリオンはとどめとばかりにダメ押しをくわえる。
「とても羨ましい限りです。私など入り込む余地もありませんでしたわ」
「そっ、それはでも、一応その、私たちは上司と部下ですし……“立場上の愛”的なあれとかそれとか、そういうやつじゃ……」
「たしかに上と下かもしれません。しかし男と女、でもありますわ。そしてお互いを愛おしく想う者同士でも。肩書きも性別も歳の差も、愛を否定する材料にはなりえませんの。あなたがたは相思相愛です。この光円寺シャリオンが、光臨正法友人会の名誉と神の名に誓って保証いたしますわ」
「相思……相愛……!」
ころんと、心の転がり落ちる音が響いた。
無論、耳に届くような音ではない。
だがそれを確かに聞き届けたシャリオンの瞳は、どろりとした闇の色に染まる。
「あらゆる愛の成就は我が教団の使命です。もちろんあなただって例外ではありませんわ。私を信じてください。さあ、心を開いて……ガンジャンホーラム」
「……が、ガンジャンホーラム……」
いつきのブルーの瞳もまた、深い闇の色へと染まりつつあった。
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