東京都足立区、某小学校。
閑静な住宅街の中心を雑に切り取ったような敷地内は、普段ならば平日この時間は子供たちの活気ある声であふれている。
しかし今はどうだ。
まだ日も高いというのにまるで廃墟のようにしんと静まり返っているではないか。
「こちら重厚戦隊シールドバリアン、隊長の盾無です。校庭には人影らしきものは見当たりません」
『こちら情報分析室。衛星解析によると局人災の反応は建物内に分散している。小学校内はほぼ制圧されているとみて間違いない。人質となっている子供たちの保護が最優先だ』
小学校は怪人の襲撃において、狙われる可能性が最も高い公共施設だ。
この小学校が黒タイツの一団に占拠されたとの通報が入ったのは、つい先ほどのことであった。
緊急出動した重厚戦隊シールドバリアンは、校舎の陰を移動しながら敵の規模および配置をほぼ正確に分析していた。
「敵性勢力の数は15。“将”の存在は確認できていません」
『いまオリジンフォースにも緊急出動要請をかけた。到着までおよそ1200秒。合流次第、協力して作戦行動にかかれ』
「了解しました。この鎧にかけて守護ってみせます、この国の未来を!」
シールドバリアン隊長の盾無は、オペレーターとの通信を切ると仲間たちに向き直る。
「聞いての通りだ。まずは潜伏して情報を集めつつ、オリジンフォースと合流する」
「あの……盾無隊長。オリジンフォース……ですか? ビクトレンジャーやロミオファイブではなく?」
「どうした、彼らでは不満か? 味方は多いに越したことはないだろう?」
「いえその、不満というか……大丈夫……なんですかね? あのパンチに子供たちが巻き込まれたりでもしたら……」
仲間の言葉に、盾無は奥歯を噛んで黙り込む。
首都高を木っ端みじんに粉砕し、市役所を半分吹き飛ばした『レッドパンチ』の威力は、彼らも聞き及んでいる。
あれだけ大きくネットニュースに取り上げられていれば、見逃すほうが難しい。
もしあの超威力のパンチが、大勢の子供たちのいる小学校で炸裂したら。
ヒーローでなくとも背筋の凍る話である。
「……ま、まさか。いくら火野先輩でも、こんなところで撃ったりは……」
「盾無隊長、逆に聞きますけど。レッドパンチ無しのオリジンフォースと協調作戦なんてまともにできるんですか? 聞くところによると素人を集めた実験部隊らしいじゃないですか」
「それは……」
そのとき、言いよどむ盾無とシールドバリアンの頭上に影がさした。
「あはッ。みィつけた」
ゴポポという水泡が弾けるような音とともに、幼い少女の声が降り注ぐ。
「な、なんっ……!?」
「ぐえっ!」
「ウグワーッ!」
シールドバリアンの五人は声のしたほうを見上げる間もなく、上空から伸びた無数の触手に押さえつけられた。
半透明のぬるぬるした触手が、シールドバリアンの総重量1トンに迫る重装甲をミリミリとしめつける。
見た目に反する凄まじいパワーに、ヒーローたちはあっという間に文字通り手も足も出ないがんじがらめにされてしまった。
「きゃはは! 弱すぎてぜんぜん手ごたえないんだけど? ねぇねぇ、女の子相手に組み伏せられちゃって悔しくないの?」
「くっ……なんのこれしき……! 特注のヒーローアーマーをなめるな!」
盾無は渾身の力を振りしぼり、ぬるぬる触手から抜け出そうともがく。
しかしそのとき彼の視界に、捕らえられている他の仲間たちの身体が黒い闇に包まれていくのが見えた。
「ま・さ・か。これで終わりだァ~なんて思ってないわよねェ? 心配しなくてもいいわよ。オリジンフォースもまとめてみ~んな、ネーヴェルちゃんのおもちゃにしてあげるから」
「ぐぅっ……うおおおおッ!!」
必死の抵抗もむなしく、盾無の身体は闇に包まれた。
………………。
…………。
……。
不屈戦隊オリジンフォースが現場に到着したのは、それから五分後のことであった。
赤い大型バイクが、後輪を滑らせながら小学校の裏門の脇に停まる。
鉄馬にまたがるのは年季の入った赤いヒーロースーツをまとった男、オリジンレッド・火野太陽だ。
太陽のマスクと一体化したインカムに、新司令官からの通信が入る。
『いいかオリジンフォースの諸君、よく聞け。確認された怪人は全部で十六体。うち一体はおそらく将とみて間違いない。また先行したシールドバリアンとの連絡が途絶している。敵の待ち伏せに注意するんだ』
「あー、えーと、本子ちゃん。それはさっきも2回聞いた。なにか新しい情報はないのか?」
『本子ちゃんではない! 私のことは弦ヶ岳さん。あるいは弦ヶ岳司令官と呼ぶように! 新しい情報はない! 以上だ!』
太陽に少し遅れて、同じく年季の入った緊急車両が到着する。
車両からは青、黄、桃、黒、四人の隊員が一斉に飛び出し、太陽が身を潜めていた小学校の外壁に素早く張り付いた。
「隊長。全員そろいました。敵は十六体、待ち伏せに注意するようにと。それから先行したシールドバリアンと連絡が取れないそうです」
「モモテツ、報告ありがとう。無線は俺も聞いてるから今度からは省略していいぞ」
「はっ! 申し訳ありません! 今後は留意いたします!」
オリジンピンク・モモテツは心得たとばかりにビシッと背筋を伸ばして敬礼する。
太陽はそんなモモテツの頭をつかんで力任せに屈ませた。
「おいばか立つな! 潜入任務だぞ、身を隠せ!」
「はっ! 申し訳……んっぐ!」
モモテツの頭を両手で押さえつけながら、太陽は校舎内の様子に気を配る。
中から見れば塀の外にピンクの頭がちらちら見えていたはずだが。
動く様子がないところをみるに、どうやら怪人たちには見つからずに済んだようだ。
オリジンフォースが身を潜めていると、ちょうど巡回と思しきザコ戦闘員がふたり並んで裏門の近くまでやってきた。
「ウィーッウィッウィッウィッ! 作戦は上手くいってるウィ」
「さすがはネーヴェルちゃんだウィ。俺もおもちゃにされてみたいウィー」
「ウィヒヒヒ。知ってるかウィ? オリジンフォースをやっつけたらお尻にムチのご褒美をいただけるんだウィ」
「ウヒョウィーーッ! それはやる気がビンビン湧いてグゲブッ!!?」
「オギャパッ!!?」
どうでもいい会話をしていた外回りの斥候たちは、背後から棍棒で頭を殴られ一瞬で気を失った。
これぞまさに、そこらへんにある木の棒で敵を無力化する“必殺レッド棍棒”である。
良い子はけして真似してはいけないぞ。
「本子ちゃん聞こえるか、こちらオリジンレッド。裏門制圧完了だ」
『よくやった。この調子で分散しつつ各個撃破していくんだ。シールドバリアンが残した敵の位置情報をもとに、一体ずつ、静かにだ』
「了解。みんな聞こえたな」
「はっ。隊長、チーム分けはいかがいたしますか?」
「あ、あのっオリジンレッドさん……!」
モモテツの言葉を、いつきが遮った。
青いマスクで覆われた表情こそ窺い知れないが、妙に挙動が落ち着いていないように思える。
「どうしたいつき?」
「あの、えっと、私はオリジンレッドさんと同じチームがいいです!」
そう言うといつきはグローブに包まれた手をよろしくお願いしますとばかりに突き出した。
太陽は一瞬差し出された手の意味がわからず困惑する。
握手でもすればいいのだろうか。
なんにせよ、太陽は大事な姪であるいつきに別行動をとらせるつもりなど毛頭なかった。
「ああ、もとよりそのつもりだ。お前は俺のそばを絶対に離れるな」
太陽は任せろとばかりに、いつきの手を力強く握った。
「はうっ! あふっ……よ、よよ、よろしくお願いします!」
いつきはおぼつかない手つきで太陽の手を握り返すと、90度近く腰を折って壊れた人形のように頭をぶんぶんと下げた。
そんないつきのうわついた様子に少しの不安を感じながらも、太陽はひとまずこれでよしと気持ちを切り替える。
行動を共にしていれば、万が一の際にもいつきだけは守れるだろう。
「モモテツはスナオと組んで校舎の一階と体育館をあたってくれ。二階から上は俺といつき、それからユッキーの三人で制圧する」
「「「了解!」」」
「りょうかいしました……」
気を引きしめるモモテツやスナオ、ユッキーとは裏腹に、いつきの口からは何故か不満そうな声が漏れる。
はて、自分からオリジンレッドとの同行を志願したのではなかったか。
太陽はいまひとつ釈然としないいつきの動向に首をひねりつつも、隊員たちに向かって号令をかける。
「人質の安否は俺たちの迅速な行動にかかっている。いくぞ!
不屈戦隊オリジンフォース、行動を開始する!」
2チームに散開したオリジンフォースは、見張りのいない通用口から校舎内へと潜入する。
モモテツ・スナオのチームはそのまま一階の職員室へ。
太陽率いるいつき・ユッキーのチームは二階への階段を目指す。
先行する太陽が階段の踊り場に辿り着いたとき、後を追っていたいつきがなにかを発見して声をあげた。
「オリジンレッドさん、足下になにかあります! 罠かも!」
「あん? いつき、ちょっと離れてろ」
太陽は足元に転がっていたなにかを、コツンと蹴り転がす。
「なんだあ、こりゃあ……?」
それはシールドバリアンによく似た、ブリキのおもちゃであった。
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