公園の広場に、車体側面にカウンターを設けた一台のワゴンが停まっていた。
表に掲げられた看板にはポップ調に彩られた“クレープ”の文字が踊る。
他にもタコ焼きやフランクフルトの屋台が出張っている中、そのクレープ屋の前には他の屋台に比べて三倍近い列ができていた。
「おまたせしましたーっ、“罪深きバナナクレープ”と“深淵のタピオカミルク”でぇーす!」
家族経営らしく、注文を取っているのは小学生ぐらいの女の子だ。
クレープ屋が盛況している理由は看板娘たる彼女の接客によるものであった。
「はぁい“闇の雫を纏いしチョコクレープ”でぇす」
「わーいありがとー、ほわわーん」
「はいどーぞ“紅の堕天使†ストロベリークレープ”でぇす」
「うひょーいありがとう、ほわわーん」
少女の笑顔がはじけるたびに、訪れた客たちは老若男女を問わず笑みをこぼす。
中には明らかにクレープではなく少女目的であろう客も何人か混じっていた。
「おまたせしました“愛を語るより今はただ静かに涙を流そう、凍える夜に君の温もりを思い出すフルーツミックスクレープ鬼メガ盛りでぇす」
「うぇへ、えっへ。あ、あの、よかったら握手してくださ、ふひゅっ」
「はぁい握手は5000円でぇす」
「あ、はい、払います、へっ、俺自重、ふふ俺自重しろ、んっふ、ほわわわわーん」
ここまでくるともはや商売としてはクレープ屋というよりジュニアアイドルのライブにちかい。
だが経緯と価格はどうあれ、当の客たちはいたって幸せそうにほわわんとした恍惚の表情を浮かべていた。
…………。
客が去ったあと、手汗でべっちゃべちゃになった自分の手を見て、少女は露骨に眉をひそめた。
そしてワゴンの中に引っ込むなり、ごっしごっしと手を洗い始める。
「うげえぇ、あいつマジで払ったんだけど。もうサイアクぅ、これアルコールでにおい落ちるかな」
「妹よ、金を頂戴している以上はプロとして接客するのだ。そして我が漆黒の羽衣で手をふくんじゃない」
ワゴンの中では、かわいらしい看板娘とはうってかわっていかにも不健康そうな男がせっせとクレープ生地を焼いていた。
生白い肌にひょろりとした背丈、そしてべったりと顔に張りついた前髪。
とてもではないが少女と血がつながっているようには見えない男だ。
まさにその通り、男と少女は偽装兄妹なのであった。
彼の名はリベルタカス、そして少女の名はネーヴェル。
ともに怪人組織・人類絶滅団の元幹部であった。
「うっさいわねクソリベル! だいたいなんでこのネーヴェルちゃんが人間ども相手にこんなことしなきゃなんないのよ!」
「メギドーラからの仕送りが急に途絶えた以上、背に腹はかえられんだろう。それに我ひとりではなぜかまったく客が寄りつかんのだ」
「そりゃあ店先にロザリオとかドクロとか薔薇とかいっぱいぶら下げるからでしょ! それになによこのメニュー! バナナクレープは罪深くないわよ!」
ネーヴェルは異様な瘴気をはなつメニュー表を、リベルタカスに向かって投げつけた。
リベルタカスは指二本でそれを難なく受け止めると、もう片方の手で器用にクレープの生地を丸めた。
「ネーヴェル、貴様もあと数年すれば我が美学を理解できるときがくる。掃き溜めのような醜くも美しい世界に対して反抗したくなる刻がな」
「は? 絶対いやなんだけど? きっしょ」
「貴様ァ言ってはならないことを口にしたなァ! 妹とて許さんぞ!」
「やってやろうじゃない! どっちが上かはっきり理解らせてあげる!」
ついにはワゴンの中で取っ組み合いの喧嘩を始めるふたり。
ネーヴェルがリベルタカスの尻を蹴り上げるたびに、クレープ屋のワゴンがぎっこんばったんと揺れ動いた。
だがしかし。
「あのぉ……」
お客さんの声が聞こえるや否や、ネーヴェルの営業スイッチが入る。
「んもうお兄ちゃんったら! 今度変なこと言ったら生爪剥がして目から食べさせちゃうんだからね! はぁい、いらっしゃいませぇ~」
いまひとつ切り替えきれていないネーヴェルであったが、“客”と目を合わせるや否やその手からメニュー表がぽとりと落ちた。
「まったくなんという馬鹿力だ末恐ろしい。おい妹よ、ぼさっとしていないでオーダーを取れ……うおぉっ!?」
後を追ったリベルタカスも同様に目を見開く。
彼らの目に飛び込んできたのは、太陽の光を照り返す“真っ赤なマスク”であった。
「あの、やってます? クレープほしいんですけど」
けして見間違うはずもない、自分たちをたった一撃で粉砕した赤きヒーロー、オリジンレッドがそこにいた。
「あれ? あんたたちどっかで見たような」
「そら人違いじゃきん。わしゃおまんたぁ初対面じゃき。知らんっちゃ知らんぜよ」
「そうか……すまん、俺の勘違いだったみたいだ。お嬢ちゃん、おすすめはあるかい?」
まさに間一髪であった。
ネーヴェルは一瞬のうちに機転をきかせ、アゴをびんびんにしゃくれさせることで別人を装ったのだ。
この完璧な偽装は、たとえヒーローとて見抜けまい。
実際には太陽がただ人の顔を覚えるのが苦手というだけなのだが、ここは他人のふりを貫くしかない。
なにせ今のふたりはベルベル兄妹として怪人指名手配中の身なのだ、下手は打てない。
「特製ミックスクレープがおすすめだがじゃ」
「じゃあそれひとつ」
「おうよ、ちと待っとりゃせ」
ネーヴェルはワゴンから顔を出していたリベルタカスの首を掴むと、アゴをびんびんに尖らせたまま中の厨房に引っ込んだ。
「なァんでオリジンレッドがここにいるのよ!」
「そんなこと我が知るはずないだろう! それよりどうするのだネーヴェル、貴様ふつーに注文を取りやがって!」
「いいからクレープ作って、はやく! 毒になりそうなもの全部入れるのよ! 全部よ!」
「ええい割のいい商売だったがこうなっては仕方あるまい。営業停止と引き換えにやつめを葬り去ってくれる!」
リベルタカスはそこらへんにある食材を手当たり次第にぶち込むと、いかにも毒々しい色のクレープをネーヴェルに手渡した。
「おまたせしましたぁ~だがじゃ。特製ミックスクレープだがや」
「お、おう。なんかすげー色してんな。ありがとう」
「そりゃ特製じゃき。なるべく遠くで食ってくんさい。まいどおおきに~」
特製クレープを憎きオリジンレッドに渡すやいなや、すぐワゴンの中に退避しようとするネーヴェルであったが。
「ちょっと待て」
扉に手をかけたところでオリジンレッドに呼び止められた。
まさか、正体がバレたのか?
しゃくれたアゴに冷や汗がしたたり落ちる。
「な、なんだがや~?」
「いや、お代……」
「今日は株で大勝ちして気分がいいきん、サービスしとくだがや! ええから持っていきんさい! ほなさいならぁ~!!」
ネーヴェルが逃げるようにワゴンの中に飛び込むと、クレープ屋のワゴンはあっという間に走り去ってしまった。
残された太陽はそれを呆然と見送る。
「あんな小さい子も株に手を出す時代なんだなあ……」
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