ヒーロー本部内に、怪人組織と内通した裏切り者がいる。
それがシャリオンの言い分であった。
「身内の中に、オリジンフォースを潰そうとしている奴がいる……。普通に考えりゃあヒーロー同士の仲を裂く離間策を疑うのが筋ってもんだ」
シャリオンの言葉の真偽のほどは定かではないが、少なくとも目の前に怪人という脅威が存在することだけは事実だ。
当然のことながら、太陽は戦闘態勢を解くことなく疑惑の目をシャリオンに向ける。
それに彼女の“口の上手さ”は、痛いほど身に染みている。
「俺たちヒーローが、敵の言葉を信じると思うのか?」
「ふふ、あなたが私を問答無用で始末するような愚か者なら、のこのこと顔を出したりはしませんわ。すぐに殺さないのは何故です? 私の言葉に心当たりがあったのではありませんか?」
戯言だと一蹴できたならば、太陽は問答するまでもなくシャリオンを討ち倒していただろう。
いくら再生力の高い怪人とはいえ、先ほどの戦闘の傷はまだ癒えてはいないはずだ。
それにこの北東京支部でならば、一般市民を巻き込まないという点においてレッドパンチを温存する理由もない。
だが太陽がシャリオンをすぐに始末できなかった理由は、まさしく裏切り者をほのめかす彼女の言葉に、思うところがあったからに他ならない。
(素人ばかりの人選。度重なる襲撃。再結成されたばかりのオリジンフォースを、以前から狙っていたかのようなリベルタカスの言葉……。偶然にしちゃあ出来すぎていやがると思ってはいたが……)
太陽の頭の中で、これまでの戦いでかすかに覚えた違和感のようなものが、一本の線として繋がっていく。
ヒーロー本部内にオリジンフォースを潰そうと考えている人間がいたとすれば、すべて説明がつくことばかりだ。
黙りこくる太陽にかわって、司令官の本子が口を開いた。
「確かにオリジンフォース再結成以来、活発化した怪人の組織的な動きはどれもオリジンフォースを狙ったものだと考えれば、辻褄はあう。だがそれだけで内部の者が手引きしたと決めつけるのは早計だと思わないか。やつの話には根拠がない。口からの出まかせということも十分に考えられる」
「ええまったくその通りですわ、弦ヶ岳本子さん。さすがは今年度のヒーロー学校士官課程を首席でご卒業された俊英とでも申しましょうか。ご実家は先月ラーメン屋を開業されたそうで」
「なっ、なぜそんなことまで知っているんだ貴様!?」
「ふふ、根拠がないと仰ったので、私が知り合いから聞いた情報を少しばかり」
今度は太陽が口を挟む。
「おちつけ本子ちゃん、少し調べりゃわかることだ」
だがシャリオンは笑みを崩すことなく、今度は空に向かって語り始めた。
「オリジンブルー、蒼馬いつき。ヒーロー試験においては学科98点、運動試験では2位という抜群の成績でオリジンフォースの“青”に選抜された天才。……あなたの姪御さんですわね、火野太陽さん」
「………………………………そいつも調べたのか?」
赤いマスクで表情こそ悟られはしないが、太陽は己の声のトーンを抑えることに必死だ。
シャリオンが語った内容は……特に太陽といつきの関係については、正真正銘ヒーロー本部の上層部のみが知り得る情報であった。
彼女がどれほどの情報ネットワークを有していようが、調べたところでわかるものではない。
どこかしらから、特にヒーロー本部の幹部職から情報が漏れ出ない限りは。
「言ったでしょう? ヒーロー本部の上層部に“知り合い”がいると。もっと聞きたいですか?」
「もったいぶるなシャリオン。黒幕がいるならさっさと吐け」
「オリジンフォースは内部から狙われています。残念ながらお話しできるのは、今のところここまでですわ。情報は弱き者にとって身を守る鎧なのです。全部話してしまうと、あなたがたが私を保護する理由がなくなってしまいますわ」
つまるところ、シャリオンの申し出はこうだ。
オリジンフォースを狙う内通者の情報を提供するかわりに、保護という名目でヒーロー本部から自分を守れと要求しているのだ。
「裏切り者の存在は、あなたの中で既に疑いの域を超えています。もうあなたは私を本部に引き渡すことも、軽々に始末することもできないのではありませんか?」
「俺たち自身がお前さんの存在を本部から隠し、かつ手元に置いておくのがお互いにとって最良の選択ってわけか。つくづくよく考えたもんだ。だが怪人を匿うのは重罪だ、ヒーローである俺たちの立場ならばなおさらな」
「あなたはいま、見えない裏切り者に大切な仲間が背中から刺される可能性と、私に手を貸すことで生じるあなた自身のリスクを天秤にかけています。きっとあなたは正しい選択をすると確信していますわ」
なにもかも自分の思い通りに動くと思い込んでいるようなシャリオンの態度は、正直言って腹立たしいと感じる部分もある。
だがそれ以上に、意図的にオリジンフォースを潰そうとする動きの元凶を突き止めたいという思いがある。
なにより、いつきをはじめとする仲間たちの身が危機にさらされているとなれば、もはや太陽に迷いはなかった。
「いいだろうシャリオン、お前さんの話に乗ってやる。ただし裏切り者をひっとらえたら、すぐにお前の身柄を本部へ送る、わかったな」
「ええ、それで結構ですわ」
そう言うとシャリオンは再び、これ見よがしに手錠の鎖を鳴らした。
「そうと決まれば本子ちゃん、ここにシャリオンを閉じ込めておけたりしない?」
「ここは腐っても支部だ、地下に怪人勾留用の設備がある。拘禁自体は可能だが……って、待て待て待てぇーい! お前たち勝手に話を進めるな、私はまだ賛成してないぞッ! あ、いやその、今の話を聞く限り反対もできないんだけどもにょもにょ……」
「聞いたなシャリオン。まあ居心地は良くねえだろうが我慢してくれ」
「ふふ、構いませんわ……慣れていますので」
………………。
…………。
……。
北東京支部の奥、がらんどうのガレージの隅にひっそりと、その扉は隠れるようにしつらえられていた。
埃の積もった階段を降りると、暗く狭苦しい通路が広がる。
コンクリの壁から漂ってくる容赦のない湿った冷気は、この空間が何年ものあいだ使われていないことを物語っていた。
ここは元々この北東京支部が作られた当時に併設された、怪人の攻撃から民間人を守るためのシェルターだったらしい。
それが怪人を守るために活用されることになるとは、なんとも皮肉な話である。
シャリオンを引き連れた本子は、鋼鉄製の重い扉を開いた。
雑居房として改装された室内は六畳ほどの畳敷きとなっている。
ブラウン管テレビや空調まで備え付けられており、意外と快適そうだ。
「独房内で怪人化したら、怪人細胞の活性化を検知して致死レベルの電気ショックが流れるようになっている。いいか、絶対に変な気は起こすなよ! 絶対だぞ!」
「ご忠告ありがとうございます。本子ちゃんはお手伝いができて偉い子ですね、頭をなでなでしてあげましょう」
「私の発育状況について言いたいことがあるならば慎みをもって言葉を選んでくれたまえ。私は気が短いほうだと自負している。仏の顔は三度あるそうだが、私はなにも慈善事業で君を置いてやっているわけではないということは念頭に置いておきたまえ」
「まあ怖い」
シャリオンは口元を隠して笑いながら、大人しく房に入った。
よもや本当にヒーローチームが怪人を匿うことになろうとは。
閉ざされた房の前で、本子は太陽に向かって広いおでこを光らせる。
「オリジンレッド、この女の面倒はしばらく私と君のふたりでみることになるぞ」
「ああ。こいつの特性を考えれば、他のメンバーには黙っておいたほうがよさそうだ」
太陽が小窓から中の様子を覗くと、シャリオンは早速テレビをつけてごろごろと寝転がっていた。
「とんだ囚人もいたもんだ。自分がレクター博士になれるとは思うなよ」
シャリオンは振り返ることなく、背中で太陽にこたえる。
「怪人がみな、人を食べるわけではありませんわ」
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