日が傾きかけたころ、太陽一行を乗せた車は訓練施設をあとにし、来た道を引き返していた。
もはや助っ人の剛さん、緋垣剛四郎の実力を疑う者はいない。
「楽しみだなぁ。久々に血がたぎるよね」
「頼りにしてますよ。剛さんがこっちについてくれるなら百人力だ」
剛さんが任されていたのはヒーロー学校の訓練生ではなく、現役ヒーローの教練場である。
そこで一癖も二癖もある現役ヒーローたちをボッコボコのボココにしごき倒すのが緋垣剛四郎という男の役目だ。
それだけでなく、御年四十七にしてそこで未だに無敗を誇っている。
ようするに現役ヒーローではまったく歯が立たないぐらい、規格外の強さを誇っているのだ、太陽の師匠は。
「それはそうと太陽くん。きみ、どのルートを行くつもりだい」
「横浜町田から東名に乗って、神保町まで一気に行く予定です」
「んーなるほどねぇ。でも高速で補足されたら厄介だよ」
確かに上の道は万が一封鎖でもされていたら逃げ場がない。
だが太陽はそれは無いと踏んでいた。
「インフラを盾にします。“裏切り者”が誰であれ、手駒としてヒーローを使う以上、そこまでの無茶はできません」
なにせヒーロー本部は国家公安員会に属するとはいえ、その本分はあくまでも“怪人の鎮圧”なのだ。
日本の大動脈、東名高速道路を封鎖しようものなら一般市民に多大どころではない影響を与えることになる。
板橋ジャンクションデルタを吹っ飛ばした太陽は、事後の猛批判も含めてそのことを身に染みて理解していた。
本部でクーデターを起こすことが目的ならば、権力を握った後に猛批判を浴びるような手段を取る可能性は低い。
「だけど太陽くん。万が一にも囲まれたら逃げ場がないよ」
「だーいじょうぶであります! 万が一の際は小官がこの身を賭してでも活路を切り拓いてみせるでありますよ!」
「じ、自分にもやらせてください! 必ず隊長殿のお役に立ってみせます!」
スナオとモモテツは剛さんと合流して以来、ずいぶんと気合いを入れている。
新たに強い味方を得るというのは、既存の味方をも発奮させるのだ。
太陽に“戦力不足”だと思われたことも、多少は影響しているのかもしれないが。
いっぽうのユッキーは、先ほどから助手席でカーナビにノートパソコンを繋いでずっとキーボードを叩いていた。
もっぱら頭脳労働専門のユッキーに関しては、もとより白兵戦は捨てて自分の得意な分野で活躍してやろうということらしい。
「太陽くんさあ。きみ、いい仲間に恵まれたね」
「ええまあ。あんまり褒めないでください剛さん。こいつら調子に乗っちゃうんで」
「隊長殿ひどいでありますぅ~!」
「あはは、本当に素敵な仲間たちだ。今のきみたちを見ていると僕も安心できるよ」
今の、という言葉に含まれる意図について、太陽は深く突っ込まないようにした。
十年前まで、太陽は剛四郎のもとで修業を積んでいたのだ。
もちろん彼は、十年前に起こった出来事についてもよく知っている。
すべては太陽の未熟さゆえに起こったことだ。
それに今さら蒸し返すような話でもない。
過ちを繰り返さないためにも、いつきを必ず救い出さねばらならないと、太陽は気持ちを新たにする。
だがこれから死地とも呼べる場所におもむく車内であったが、師匠がいるおかげで会話が絶えないのは、せめてもの救いであった。
しかし。
「きてるよ」
剛四郎の一言で、車内に緊張が走る。
太陽がバックミラーを覗くと、2台のバイクが猛スピードで迫ってきているのがわかった。
現在地は多摩川をこえたあたりだ。
ヒーロー本部のある神保町まではまだかなりの距離がある。
「都内に入ったところで仕掛けてくるか。悪くねえ作戦だ」
「同感だね。だけどどうする? 車を停めて迎え討つかい?」
「そりゃないでしょう。ここで足を止めたら囲まれて袋のネズミですよ」
「じゃあ僕がここで一旦降りるしかないかな」
後部座席の剛四郎は、緩慢な動作でシートベルトをはずそうとする。
だがそれを押し留める者がいた。
「はいはいはい! ここは小官にお任せくださいであります!」
「いえ、足止めなら自分がやります! やらせてください!」
剛四郎に触発されたスナオとモモテツであった。
お互いに『譲らないぞ』という顔だ。
「とか言ってるけど、太陽くん。どうする?」
どのみち相手はバイクだ。
レンタカーのワゴンで振り切れるような相手ではない。
このまま神保町までついてこられたら挟み撃ちにされる可能性もある。
だがしかし相手はバイク2台とはいえ、明確に自分たちを追ってきている“敵”だ。
仲間を守ると誓った手前、みすみす危険にさらすわけには。
太陽がそんなことを考えていると、まるで心を読んだかのように剛さんが呟く。
「まだ難しいかい、太陽くん。仲間の信じるってのは」
そうしているうちにも、バイクはどんどん距離を詰めてくる。
対応を迷っている時間はない。
「……スナオ、モモテツ、頼めるか」
太陽の言葉に、ふたりはパッと顔を輝かせる。
「了解したであります!!」
「了解しました!!!」
同時にビシッという音が聞こえるほどの敬礼をきめるふたり。
だが気合いを入れすぎたのか、モモテツのシャツのボタンがまたはじけ飛び、狭い車内を飛び回った。
「このまま渋谷まではなんとか引っ張る。そこで後ろの連中を迎撃するんだ。劣勢になったら繁華街に逃げ込め、人ごみに紛れられる」
「隊長殿、それだと市民に被害が及んだりしないでありますか?」
「それは無い。バイクの車体にヒーローチームのエンブレムを確認した。黒幕が誰であれ尖兵は指示を受けて動いているだけだ。ヒーローは市民を犠牲にしてまで任務を遂行することはない」
太陽は少しでも距離を稼ぐべく、アクセルを踏み込んだ。
渋谷まで1キロメートルの看板を通り過ぎる。
それを合図にワゴン後部座席のスライドドアが左右同時に開かれた。
「狙うは搭乗者ではなくバイク本体であります。足を狙うでありますよ、足を!」
「りょ、了解しました! なんだかすごくドキドキします!」
扉を開け放ったことで、凄まじい風圧がふたりの戦士の顔をなでる。
「それでは隊長殿、ご武運を! であります!」
「隊長、自分たちも後で必ず合流します!」
「「ロック解除!!!」」
高速走行する車体の両側面から、黄色とピンクの光が放たれた。
同時に車内からふたりの姿が消える。
「“破戒の健脚”オリジンイエロー! 行動を開始するでありまおりゃああ!!」
「“鋼鉄の城塞”オリジンピンク! 行動を開始いたしまどっせえええい!!」
ふたりは名乗りもそこそこに、後方から迫りくる2台のバイクをまったく同じ動作で蹴り飛ばした。
走り去っていくワゴンの後を追うように、真っ黒なバイクがふたつ、首都高に火花の轍を描く。
それらに乗っていたふたりの搭乗者はこれまたまったく同じ高さ、同じ回転でジャンプすると、硬いアスファルトの上に難なく着地した。
ふたりとも身体のラインにぴったり沿うような、おそろいの真っ黒なライダースーツを身にまとっている。
2対2、戦力の上では五分と五分。
とはいえ相手の実力が未知数となればオリジンフォース側がやや不利か。
そんなことを考えるモモテツに、スナオが語りかける。
「小官、今回の足止め任務にあたるに際して、ひとつだけ伝えそびれていたことがあるであります」
「な、なんです藪から棒に」
「じつは小官。この人たちのこと、よぉく知ってるでありますよ」
スナオの言葉にこたえるように、ふたりの追っ手は同時にヘルメットを脱ぎ捨てる。
彼女たちの顔を見て、モモテツはアゴがはずれんばかりに、あんぐりと口を開いた。
「ジェミニワン、山吹謙虚」
「ジェミニツー、山吹鍛錬」
「「双星戦隊スパイラルジェミニ。任務を開始するであります」」
追っ手として現れたふたりの女戦士は、まるっきり同じ顔をした双子であった。
いやそれも驚きなのだが、モモテツの驚きはそれどころではない。
彼女たちはいまモモテツの隣に立っているオリジンイエロー、スナオの顔とまったくの瓜ふたつ。
否、瓜みっつなのだ。
謙虚と鍛錬。
そう名乗ったふたりは背中合わせに同じ構えを取ると、まるでステレオ音声のように一秒のずれもなく、怒りに乗せた言葉を発する。
「「山吹一門の面汚しめ、覚悟するであります」」
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