電話の相手はいつきの母、太陽の義理の姉にあたる人物。
そしていまの太陽にとっては、それ以上の意味を持つ女性であった。
「ねっ、ねねね、義姉さん、どうしたのこんな時間に? 真夜中だよ?」
「こっちも夜だよ。そっちも夜なんだね」
「東京と富山に時差はないよ義姉さん」
「ごめんね。ニュース、みたよ。それでちょっと、気になって」
太陽の心臓が思わずどきりと跳ねる。
天性の動物的な勘、とでもいうのだろうか。
義姉は昔から些細な違和感によく気づく人であった。
兄からはよく『浮気なんかできやしない』と、冗談交じりに聞かされたものだ。
「いや、その。義姉さんが心配するようなことはなにもないよ。あは、あはは」
「………………そうなんだ。…………………………ごめんね?」
電話越しの義姉はなにを言うでもなく、かといって通話を切るでもなく、ただ長い沈黙でもって太陽の言葉を待つ。
「……………………………………」
「ごめん義姉さん。俺、嘘ついた」
「そう」
先に根負けしたのは太陽のほうであった。
幼い頃からお互いをよく知る仲だ、隠しごとはできない。
なにより、いつきの母親でもある彼女に、嘘を吐き続けたくはなかった。
「義姉さん、聞いてくれ。実は……」
腹をくくった太陽は、義姉にいつきとのこれまでの経緯を打ち明けることにした。
…………。
「なんでそんなことになっちゃってるの?」
太陽から一部始終を聞かされた義姉は、ただ一言そう漏らした。
無理もない話である。
義姉はいつきのことを太陽に任せ、実家で娘の帰りを今か今かと待っていたわけで。
それがどういうわけか、いまや太陽と相思相愛の関係を築いている。
すっかり実家に帰る様子もないとなれば、保護責任者たる太陽を問い正したくもなるというものだ。
「ごめん、義姉さん。俺が嘘ついたせいで、こんなややこしいことに……」
太陽の言い分を聞いていた義姉は、しばし黙り込んだあと、まるで子供に言い聞かせるよう優しく言葉を紡いだ。
「たーくん。嘘をつくことと、本当のことを伝えられないことは、違うよ」
「義姉さん……」
「だから、ね。自分を責めちゃ、だめ」
通話越しに聞こえる義姉の声は、いつになく太陽の胸にしみ込んだ。
いつもそうだ、義姉は太陽の肩を持ってくれる。
小学生の頃、誤って窓ガラスを割ってしまったときも、彼女は太陽と一緒に校長室まで頭を下げに行ってくれた。
ヒーローになるという夢を親に反対されたときも、一緒に粘り強く両親を説得してくれた。
いい歳こいた大人が思うことではないかもしれないが。
義姉が味方でいてくれるだけで、太陽の心には根拠のない希望がふつふつとわいてくるのだった。
「ありがとう、義姉さん」
「私には、嘘ついてたけどね。帰ってくる気、ないよね」
「うっ……いや、それは……」
「いいよ、許す」
痛いところを突かれて焦る太陽に、義姉は続ける。
「けどもしも、いつきになにかあったら。十年前のようなことになったら、私は、たーくんを一生許せないかもしれない。でも、いつきのせいでたーくんにもしものことがあったら。私はたぶん、いつきのことを許せなくなる」
太陽の背中に義姉の言葉が重くのしかかる。
「だから、絶対に守って。いつきを。それと、自分を。ふたりとも、なにがあっても無事でいて。たーくん、私と約束、できる?」
太陽は知っている。
かつて兄と義姉の間で交わされたその“約束”が、守られなかったことを。
義姉のいう“約束”が、けして軽い気持ちから出た言葉ではないことを。
長い沈黙であった。
新しくくわえた煙草の火が消えたころ、ようやく太陽が口を開く。
「……わかった。約束する」
義姉と太陽、そしていつきにとってどれほど重い意味を持つのか。
太陽がどれほどの覚悟をもって約束を口にしたか、きっと義姉には伝わったことだろう。
「うん、よし。その正直な気持ちを、いつきに伝えてあげて。あの子ならきっと大丈夫。たーくんが思ってるより、ずっと強い子だから」
その透き通った鈴のような義姉の声は、どこか芯の強さを感じさせた。
「ああ、もちろん。その、義姉さん。今日は助かった」
「どういたしまして。あんまり残業も、しちゃだめだよ。もう無理できる歳じゃないでしょ」
「はは……義姉さんこそ、体には気をつけて。おやすみ」
「うん。おやすみ、たーくん」
………………。
…………。
……。
翌日、北東京支部。
太陽が出勤したときには、既にメンバー全員が顔をそろえていた。
そのなかでも気合いが入っているのは、やはりいつきだ。
「おはようございます、オリジンレッドさん!」
「おう、おはよう」
いつきの青みがかったポニーテールが、犬の尻尾のようにぶんぶんと揺れる。
オリジンレッドの一言が、良い意味であとを引いているらしい。
太陽だって自分がオリジンレッドでさえなければ頼もしく思ったことだろう。
だが今日こそいつきに真実を、とまではいかなくとも、“愛してる”の誤解だけは解いておかなければならない。
太陽は己の覚悟をいつきに示すべく、意気込んでいた。
少しずつでいい、誠意を見せるのだと。
「あのよ、いつき。ちと聞いてほしいことがあるんだが」
「どうしたんですか改まって? はっ、も、ももも、もしかして! だめですオリジンレッドさん、そういうのはもっとプラトニックな段階を踏んでから……!」
「いや、そういうのじゃねえんだけど……」
若干空回り気味のいつきに少しの言いにくさを覚えつつ、太陽が言葉を続けようとしたその矢先。
ビー! ビー! ビー!
「バックアップ要請だ! オリジンフォース緊急出動!」
倉庫内に局人災警報を示すアラートと、本子の号令が響く。
「現在西東京管区内、荻窪駅にて煌輝戦隊ロミオファイブが局人災と交戦中。地下の崩落に多数の民間人が巻き込まれた模様。怪人はロミオファイブに任せ、我々は人命救助を第一とする! 不屈戦隊オリジンフォース、至急行動を開始せよ!」
「「「「「了解!!!」」」」」
ままならぬものではあるが、使命を果たすことこそがヒーローの本分である。
言葉を交わす機会を逸した太陽は、すぐさま大型バイクに跨り一路現場を目指した。
いつきはモモテツが運転する後続の車両だ。
さすがに無線会話で愛してるがどうのと切り出すわけにもいかない。
『おいオリジンレッド! 環八を通り過ぎているぞ、戻れ!』
「うおっ!? すまねえ本子ちゃん、現場はどっちだ?」
『戻って信号を左折だ。どうした、らしくないぞオリジンレッド。集中しろ』
「ああ、悪い」
太陽はUターンをきめると、すぐさまオリジンチェンジャーに表示されたナビに復帰する。
(くそっ、なにを焦ってるんだ俺は……)
いつきのことは大事だが、目の前の市民を救うことをおろそかにしては本末転倒だ。
そう自分に言い聞かせ、太陽はアクセルを絞った。
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