突如として言い渡された不屈戦隊オリジンフォース解散の報せに、太陽は度肝を抜かれた。
弦ヶ岳司令官の衝撃発言を受け、太陽は改めて基地内を見回す。
言われてみれば確かに、年季の入ったオリジンフォースの秘密基地では既に荷物があらかた梱包されているではないか。
「ちょちょちょ、どういうことですか司令官。ついに俺たちお払い箱ってことですか? そりゃまあ最近は若いチームの“サポート”ばっかりですけど。それにしたって急じゃないですか!?」
「いやー、だってさ。オリジンフォースはもう五年も君と僕ふたりっきりなわけじゃない? 年々成績も落ちてきてるしさ、いい機会かなと思ってね」
弦ヶ岳司令官はセンチメンタルな表情を浮かべながら、ブラインドの隙間を指で開く。
だがブラインドの向こうは窓ではなく、無機質なコンクリートの壁だ。
資材倉庫を自分たちで改装したオリジンフォース秘密基地に窓はない。
古い刑事ドラマのような雰囲気を出したくて、自分たちで勝手に取りつけただけである。
ただの飾りでしかないそれは、まさにヒーロー本部の置物と化している今のオリジンフォースを象徴しているかのようだ。
「いやいやいや、急にそんなこと言われたって……」
すっかり上手くなった愛想笑いを浮かべて否定してみるも、太陽には返す言葉が見つからなかなった。
このところ囮役ばかりやっている自分の存在意義に、太陽自身疑問を感じ始めていたのはまぎれもない事実だ。
だがそれはたったひとりのヒーローチームとして、己にできることを探したまでのことである。
メンバーが五人集まりさえすれば、きっとまたかつてのオリジンフォースのように活躍できると太陽は思っていた。
「どんな組織にも世代交代ってのは必要だと思うんだよね。そうそう、僕引退したらラーメン屋やるから食べに来てよ」
「ちょっと待ってくださいよ司令官! 俺は!? 俺はどうなるんですか!?」
「まあまあ、そう焦らないで」
そう言うと弦ヶ岳司令官は古い机の引き出しから、辞令と書かれた封筒を“二通”取り出した。
ひとつはなんの変哲もない白い封筒だ。
しかしもうひとつの真っ黒な封筒は明らかに危険なオーラを発している。
「ヒーロー本部は君にふたつの選択肢を用意した。ひとつは退役してヒーロー学校で教官として後進の育成に努めるというものだ。太陽もそろそろ他の隊員たちみたいに前線を退く頃だろうからね」
オリジンレッドこと火野太陽、今年で37歳。
この業界ではヒーローが現役として前線で身体を張れるのは、どれだけ頑張ってもせいぜい35歳までだと言われている。
理由は至極単純、身体がもたないからだ。
ヒーロー本部は警察庁と同じ公安でありながら、その職務には比較にならないほどの危険が伴う。
毎年春になると雨後のタケノコのように湧いて出てくる凶悪な怪人たちと、生死をかけた戦いを繰り広げることがヒーローの使命なのだ。
だが殉職者が後を絶たないヒーロー職にあって、太陽は大幅に平均を超えゆうに20年も前線に立ち続けている。
はっきり言って、もうそろそろ内勤職員に鞍替えするべき頃合いであった。
「太陽。君はもう十分頑張ったと、僕は思う」
五十路の大台に乗った弦ヶ岳司令官は、顔に深いしわを刻みながら静かに太陽の肩を叩いた。
もしここで太陽が「はい」とこたえれば、灼熱の戦士・オリジンレッドの物語は幕を閉じる。
暗に幕を引けと、司令官はそう言っているのだ。
終わってしまったほうが幸せな物語もあると。
「それで司令官、もうひとつは?」
臆することなく尋ねる太陽に、司令官はすぐにはこたえなかった。
………………。
…………。
……。
それから二週間後。
「悪いっすね司令官、車出してもらっちゃって」
「いいさ、家でごろごろしてると娘がうるさくてね。あと僕はもう司令官じゃないよ」
太陽は弦ヶ岳とふたりがかりで、重いダンボールを次々と運び込んでいた。
新居は北東京は埼玉県境からほど近い駅から少し離れた2LDKのマンションだ。
ひとりで暮らすには少し広いが、新たな勤務地である北東京支部から徒歩圏内であることは大きな魅力のひとつであった。
――『新たに選抜された精鋭たちを率いて、オリジンフォースを復活させる』――。
それが“黒い辞令”に示されていた、もうひとつの道だった。
もとより燻っていた太陽は、一も二もなくこの話に飛びついたのだ。
なによりオリジンフォースの復活は、ヒーロー本部の“肝入り”ということであった。
生ける伝説とまで言われるヒーロー本部長官・守國一鉄の推薦状付きとあらば、もはや太陽に断る理由など微塵もありはしない。
「へへっ、俺もまだまだ必要とされてるんですねぇ。見ててくださいよ、またすぐに俺の活躍がテレビで流れますから。俺は生涯現役ですよ」
「ああ、期待してるよ。もし皿洗いがしたくなったらいつでも言ってくれ」
「またまたぁ。しっかしあの辞令、副長官殿からでしたっけ? なにも黒い封筒に入れなくったってよかねえですか。まるでお通夜の案内状だ」
「そうならないことを祈るよ」
冗談を交えながら、太陽と弦ヶ岳は着々と荷物を運んでいく。
春先で日が長くなってきたとはいえ、引っ越し作業があらかた終わった頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
太陽は近所の定食屋で弦ヶ岳と軽い食事を済ませたあと、現地で解散してひとり新居への帰路についていた。
本来であれば一杯ひっかけていきたいところだが、なにせ明日はついに新生オリジンフォースの面々との顔合わせである。
さすがの太陽も、記念すべき日を二日酔いで迎えたくはない。
「へっぷし! まだ夜は冷えるな……やっぱりちょっと飲んでくりゃよかった……」
三十を過ぎてから急激に増えた独り言を呟きながらぶらぶら歩いていると、マンションの前に人影が見えた。
「……ん? こんな時間に、女の子……?」
遠目ではあるが、太陽にはそれが十代半ばほどの少女であるとわかった。
何故なら高校のものと思しきブレザーを着ていたからだ。
彼女はマンション前の外灯に照らされながら、膝を抱えてうずくまっていた。
少女の傍らには、学生服にはあまりにも不釣り合いな旅行用キャリーバッグが置かれている。
時刻は午後八時すぎ、少女が大荷物を抱えて出歩くにしては少しばかり遅い時間帯である。
それに繁華街ならまだしも、ここは閑静な住宅街のど真ん中だ。
「家出か……? ったく、今日は朝から忙しい一日だこって」
太陽は職業柄、不審者には鼻が利く。
これはトラブルの香りだ、放っておくわけにもいかない。
近くの交番にでも届けようかと、太陽が普段ほとんど使わないガラケーを取り出したそのときであった。
「…………」
「…………あっ」
“トラブル”と目が合った。
少女はパァッと目を輝かせると、手を振りながら夜道を駆けてくる。
確認などするまでもなく、太陽に向かって。
そしてあろうことか、近づいてくるにつれはっきりとしてくる少女の顔に太陽は見覚えがあった。
ぱっちりとした大きな目に長く瑞々しい睫毛。
そして青みがかった、揺れる長いポニーテール。
職務にかまけて三年ほど実家には帰っていないが、かつて憧れた女性と瓜ふたつの顔だちを見間違えるはずもない。
「おじさん! 遅いよもう、ずっと待ってたんだからね!」
「い、いつき……? どうしてここに……?」
家出少女は、まごうことなき太陽の血縁者。
太陽の姪、蒼馬いつきであった。
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