轟音、そして衝撃波が崩れた橋脚の瓦礫を吹き飛ばす。
太陽には一瞬、なにが起こったのかわからなかった。
しかし立ち込める土埃が晴れるにつれて、太陽の目の前に。
悪しき怪人と太陽の間に割り込むように、仁王立つ青い背中が見えた。
「クヌウウウ! また貴様か……、二度までも闇の寵児たるこの我の邪魔をするとは」
闖入者を赤い複眼でにらみつける将・漆黒怪人リベルタカス。
その“本気の攻撃”を、目の前にいる青い戦士が必殺技で相殺したのだ。
「……いつ、き……?」
「遅れてごめんなさい、オリジンレッドさん。“烈風の尖刃”オリジンブルー。行動を開始します」
「いつき、待て。お前が勝てる相手じゃない……!」
「勝てるか勝てないかは関係ありません。私の背後には、守らなきゃいけない人がいる。だから、立ち向かうんです。十年前、あなたが私にそうしてくれたように」
そう言うやいなや、いつきは右手にオリジンブレイドを、左手にオリジンシューターを構える。
傷ひとつない青いマスクを日の光に輝かせ、正面から堂々と本気の怪人に向かい合う。
「クハハハハ……退屈な仕事だと思っていたのだがな……。少しは愉しめそうだ。よかろう! 存分に我を饗応せよ!」
「なんですかその話しかた、気持ち悪い」
「また気持ち悪いって言ったな貴様アアアアア!!! あーもー許さん貴様! 辺獄送りだ貴様ア!!」
ヴヴ……ッ!!
羽音とともにリベルタカスの姿が消えたかと思うと、いつきの手に握られたオリジンブレイドがスパークした。
「うぐっ……!」
「いつき!」
「私は大丈夫です!」
少しよろめいたものの、いつきは傷ひとつ負うことなく再びオリジンブレイドを構え直す。
なんといつきは目に見えない敵の攻撃を、剣でさばいたのだ。
「たしかに、速いけど……」
いつきはオリジンブレイドを、己の心臓からまっすぐ正面に向ける。
手首をねじり込むその独特の剣理は、刺突剣の構えであった。
いったいいつどこでそんな剣術を身につけたのか。
ただひとつ確かなことは、いつきの剣が神速の怪人の動きを捉えているということだ。
「速さに振り回されている、だけです!!」
いつきはバネの要領でオリジンブレイドをまっすぐ正面に突き出した。
リベルタカスのスピードに負けず劣らずの速さで放たれた剣の先が、青い火花を散らす。
「ウッギャ!!」
火花とともに、黒曜石のようなリベルタカスの全身があらわになった。
まっすぐに吹き飛ばされた身体が、砲弾のように区役所の壁を破壊する。
「直線的な攻撃は、動きさえ予測できれば対処可能です」
漆黒怪人リベルタカスの武器は、目で追えないほどの速さだ。
速さとはすなわち、運動エネルギーである。
その基本戦略は、スピードに任せて思い切り殴りかかってくるという至ってシンプルなものであった。
つまり見えはしないが、まっすぐ突っ込んでくることだけは確かなのだ。
いつきはオリジンブレイドの刺突をその直線上に、置いたのである。
お手本のような、見事なカウンターであった。
「やたっ! 私やりましたよオリジンレッドさん! 見ててくれましたか!」
「おう……見てたよ。速すぎて半分ぐらい見えなかったけど」
確かな手応えを感じたのか、いつきは飛び跳ねながら全身で勝利の喜びを表現する。
太陽はよろよろと立ち上がりながら呼吸を整えた。
そしてでかしたとばかりに親指を立てる。
ヴヴヴ……。
ふたりの耳に、再びあの羽音が聴こえた。
「…………ッ!!」
慌てて振り返ったいつきはすぐさまオリジンブレイドを構える。
そして先ほどと同じように、リベルタカスが迫り来るであろう軌道上を突き刺した。
だがしかし。
「笑止。我は貴様らと違う。同じ轍は踏まぬ」
鋭く突き出された剣先は、リベルタカスの真横をかすめていた。
いつきが狙いを外したわけではない。
高速で繰り出された刺突を、同じく高速で移動するリベルタカスが、避けたのだ。
「くっ! 必殺ブルースラッシュ!」
ヴンと振られたオリジンブレイドが空を斬る。
リベルタカスは一瞬にして剣の間合いの外に移動していた。
「クハハ……どうした? 遅すぎるのではないか愚鈍なる者よ」
「なんで!? なんで当たらないの!?」
いつきの攻撃は、たしかにリベルタカスに当たっているように見える。
しかし当たったと思った瞬間には、既にリベルタカスは別の場所に現れているのだ。
まるで瞬間移動のような急停止、急加速、急転回。
リベルタカスはけして速さに振り回されてなどいない。
むしろスピードという武器を完全に己の制御下に置いていた。
剣では勝てない。
そう判断したいつきはオリジンブレイドを収納し、左手のオリジンシューターを構えた。
そして銀色の無骨なフォルムの側面に付いたダイヤルを切り替える。
「点がダメなら線! 線がダメなら、面です!! オリジンシューター、散弾モード!」
「なにぃ!? 我に散弾だとぉ!?」
散弾という言葉を耳にした瞬間、明らかにリベルタカスの動きが鈍った。
前方広範囲に撒き散らされるエネルギー光線ならば、いかにリベルタカスとて避けられはしないということなのだろう。
こいつはしめたとばかりに、いつきはためらうことなくオリジンシューターのトリガーを引いた。
カチッ……。
「……あれ?」
しかしオリジンシューターはなんの反応も示さない。
散弾光線はおろか、普通の光線すら出なかった。
「あれ? あれ? なんで、なんでえ!?」
いつきはパニックになりながら昨夜のことを思い出す。
お風呂を沸かそうとして、誤ってオリジンシューターを水没させてしまったことを。
身を強張らせていたリベルタカスの口から「クハッ……」という笑い声が漏れた。
いつきの背筋が、ぞくりと凍りつく。
「おやおや、おやおやおや。これはもう詰みなのではないか? クハハ……」
ヴヴヴヴヴ……。
あの音が響き、リベルタカスの周囲に風が巻き起こる。
超高速の運動エネルギーから放たれる、あの強烈な一撃がくる。
しかしオリジンブレイドを展開している余裕はない。
いつきに、リベルタカスを迎撃する術はもう残されていなかった。
「愚鈍なる女よ、さんざん気持ち悪いと言った罰だ。せめてもの慈悲として、一撃で冥府へ送ってやろう。貴様にできることはブルブルふるえて死を待つことだけだと知れ。……別にブルーとブルブルをかけたわけではないぞ!」
「た、たすけっ……」
「もう遅い! 食らうがいい、我が究極の必殺奥義! “いずれ遠き蜃気楼の一握”!!」
ヴヴッ!!!
羽音とともにリベルタカスの姿が消えた、その瞬間。
「必殺レッドショットガン!!」
赤い拳が高架の橋脚に叩きつけられた。
砕け散ったコンクリートの細かな破片が、いつきの目の前の空間を埋め尽くす。
「ウオアアアアッ!?」
力任せで強引な、即席の散弾銃であった。
とはいえただの瓦礫である、リベルタカスの強靭な甲殻には通用しない。
……かに思えた。
「わ、わわわ、我の、我のオオオ!!」
超高速での移動中に散弾を浴びたリベルタカスは、おののいたように叫び声をあげる。
その背中で、ガラスのような“なにか”がキラキラと輝きながら飛散する。
「翅だ! それがてめえの速さの正体だ!」
砕け散ったそれは、トンボを彷彿とさせる透明な翅であった。
「アアアアアアア!! 我ッ、我の静かなる切り裂き鎌があああああ!!!」
ばらまかれた瓦礫の散弾は、いわば空中の置き石だ。
翅を砕いたのは、リベルタカス自身の圧倒的なスピードである。
「無事だないつき」
「オ゛リ゛シ゛ン゛レ゛ッ゛ト゛さ゛あ゛あ゛ん゛!」
本当に死を覚悟したのであろう。
いつきのマスクのゴーグルは、内側から白くくもっていた。
「こっ、これしきのことで、戦況が覆ると思ったら大間違いだ! 我にはまだ奥の手が……」
翅を砕かれたリベルタカスは、慌てふためきながらもふたりの戦士に向き直る。
だが、翅を失い、速さという武器を奪われた怪人の前に、赤い戦士が立ちはだかった。
「……よう、選手交代だ」
「クハハ……オリジンレッド……衰えた貴様になにができるというのだ。貴様の情報も聞いているぞ。この五年で一度たりとも将を倒していないそうじゃないか! お得意の“必殺技”が撃てなくなったってなあ!」
「ったく、よく調べてやがるぜ。ストーカーかよ」
太陽は己の顔の真正面に拳を構えると、ゆっくりと息を吐き、深く腰を落とした。
「いいか、いつき。お前はとにかく大技を連発するクセがある。それじゃあダメだ。俺のやりかたってやつを、そこでよく見ておけ」
握りしめられた拳が高熱を帯び、オリジンレッドの周囲の空間が陽炎でゆがむ。
まるで大事な守るべき者を害したことに対する怒りのように、赤いグローブが紅蓮の炎に包まれた。
十年前、数多の怪人を打ち破った必殺のレッドパンチ――。
――よりも、遥かに激しく燃え上がる。
「いつき、よく見とけ。必殺技ってのは、“必殺”じゃなきゃあダメなんだ」
「おい、なんだそれ……! そんなの聞いてないぞ! 待て、やめろ……!」
「十年だ。こいつを練るのに十年かかった」
赤いグローブが紅蓮を通り越し、真っ白な光を放つ。
まるで天に光り輝く太陽のように。
「必殺!! レッドパンチ!!!!!!!!!!」
その一撃はまさに、解き放たれた灼熱の太陽そのものであった。
太陽はレッドパンチを撃てなくなったのではない。
撃たなかったのだ。
「我がこんな、こんなところで……! いやだあああああああァァァァァ……!!」
爆炎はリベルタカスの黒い甲殻を飲み込み、その勢いのまま首都高速の高架橋をまるごと消し飛ばした。
――必殺技――。
それはヒーローの華である。
限界まで追い込まれたヒーローが、わずかな勝利をつかみ取るべく希望とともに放つ。
まさに起死回生、一発逆転の最終奥義、それが“必殺技”なのである。
十年。
怪人に敗れ、大切な人を喪ったあの日から。
太陽はこの一発だけを、ひたすらに、がむしゃらに磨き続けていた。
そのあまりにも周囲に影響を及ぼす破壊力に、人の身である肉体を蝕む衝撃に。
怪人被害よりも必殺技による被害のほうが遥かに大きいと、上層部から使用を禁じられても、なお鍛え続けた。
レッドパンチ。
それは不屈のヒーロー、オリジンレッドが十年という歳月を賭して練り上げた、究極の必殺技であった。
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