「何って? 察しろよ」
戸張は心外そうに言った。
「まさか、シロにそいつをくくりつけるつもりかい」
儀堂は正気を疑う目で、鞍を指した。
「それ以外、何に使うんだ。お前にくくりつけるってか?」
「お前は何を言っているんだ。小春ちゃんが泣くぞ」
「冗談だ。真に受けるなよ。とにかく手伝え」
戸張は鞍を抱えたまま、シロの方へ歩き出した。シロは物珍しそうに戸張を見ていた。
「冗談じゃない。本気で言っているのか」
「試しにやってみるだけだって。さっき、こいつの首回りを測ったら、ちょうど馬の胴と同じくらいの太さ――」
「莫迦野郎、止めろ」
「わかった。わかったよ。お前はそこで見ていろ」
戸張は制止する儀堂を振り切ると、シロの首元に鞍を引っかけた。シロは不愉快そうに一声鳴いたが、暴れるそぶりは見せなかった。
「ほら、見ろ。ぴったりじゃないか」
戸張は満足そうにうなずくと、装具の帯を首に巻き付けた。
「おい、それぐらいにしておけ。嫌がっているじゃないか」
「そうでもねえだろ。だいたい、ここで引き下がれるか。なにちょっとまたがるだけだ。外に出るつもりはねえよ。おい、シロ。ちょっと首を下げろ。ああ、そうだ。それでいい」
戸張は近くの木箱を引き寄せると、それを足がかりにしてシロにまたがった。
「おっと意外と高さがあるな。乗り心地もわるくないぞ。ああ、畜生。家からライカを持ってくれば良かったぜ」
儀堂は複雑な面持ちで、戸張を見ていた。大人げなく嬉しそうな悪友にかける言葉が見つからなかったのだ。
「なあ、儀堂。竜にまたがるなんて、きっとオレが世界初だろうな。オレくらいしか思いつかねえだろう」
「そうだろうよ。お前くらいしか、そんなことやらないよ」
そんなヤツがこの世に二人もいてたまるかと儀堂は思った。
「おい、満足かい。それなら早く降りろ」
「そう急かすなよ。ああ、こいつで空を飛んだら、どんな気分なんだろうな」
「気は確かか? 艦上機とわけが違うんだぞ」
「冗談だ。お前、真面目すぎるぞ。オレがそんなことをすると思うのか」
「ああ」
「喧嘩売っているのか。それじゃただの莫迦だろう」
「現に莫迦なことをやっているだろう。もう十分だろ。いいから、早く降りろ。なんなら命令してもいんだぞ、戸張大尉」
儀堂は苛立った声で言った。
「はいはい、わかりましたよ。儀堂少佐殿」
白けた気分で戸張は降りようとしたが、ふと何かを思いだしたように動きを止めた。
「どうした?」
「いや、股が熱い」
「……はあ?」
ついに狂ったかと儀堂は思った。
「おい、こいつのえらく体が熱くなっているぞ!」
「なんだと、おい、まさか」
最後にシロが火を噴いたのは随分前だったことを儀堂は思い出した。竜は定期的に火を噴かなければ、身体を壊すことをネシスから伝え聞いている。燃焼液が体内に蓄積され、熱がこもってしまうらしいのだ。
「おい、降りろ。早くシロを外に出すぞ。ここで火炎放射されたら、大変なことになる」
真っ青になった儀堂の目の前で、シロがえずき出した。牙の間から炎が漏れ出す。
「クソ、間に合わん! おいシロ……畜生。ええと確か、飛べ!」
直後、白銀の竜が咆哮し、厩舎の屋根を火炎で突き破る。そのまま翼をはためかすと、戸張を乗せたまま屋根の穴から蒼天の空へ飛び立ってしまった。
儀堂は衝撃で厩舎の端まで飛ばされたが、幸い軽い打撲程度で済んだ。数秒に呆気にとられていたが、やがて我に返った。
「あの莫迦野郎!」
毒づきながら、儀堂は駆け足で外に出た。
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