本郷が直率するアズマ小隊の三式中戦車チヌはドラゴンと向き合うかたちで後退した。もちろん、その間も射撃は継続される。巨竜は咆哮を上げながら、後を追ってきた。途中で何度か火炎を放つが射程すれすれで距離を保つ。そのうち路地から迂回してきたイワキとウラベ小隊が敵の後を取った。
『こちらイワキ、射撃開始』
『こちらウラベ、射撃開始』
イワキがドラゴンの右後背、ウラベが左後背から撃ちかける。本郷へ気を取られていたドラゴンは不快そうにうなると、身体をくねらせハエを追い払うように尻尾を周辺へ打ち付けた。周辺の建物が四散し、破片が飛び散る。
『イワキ1より各車へ、後退』
『ウラベ1より各車へ、散開』
イワキとウラベは各自の判断でドラゴンとの間合いを取った。本郷は各小隊の指揮官に裁量の自由を与えていた。戦闘継続のためならば、最善と思われる手段を取れと彼は命令していた。それは練度の高さと、相互の信頼の裏打ちがなければ取れない戦術方針だった。本郷の性格にも由来する。彼はあれこれ細かく指図するのをあまり好まなかった。
彼が物臭というわけではない。
そんなことをするよりも明確な方針を打ち出して、各自の判断で行動させる方が効率が良いと考えていた。その方が単純に組織の生存性が増すと考えていた。本郷の中隊が北米でも比較的損失が少なかった理由の一つだ。誰かの指図が無ければ動けないような人物を、彼は自身の中隊で育成するつもりはなかった。そのようなものは、この北米では魔獣の餌食になるしかない。
『アズマ各車へ。前進、ヤツとの距離を150までつめろ。弾種は対戦車榴弾。集中射用意。目標、敵ドラゴン右前足……撃て』
ドラゴンの注意がそれたところで、本郷の小隊は75ミリの砲弾を右前足へ叩き込んだ。
対戦車榴弾は徹甲弾と違い、運動エネルギーでは無く、化学エネルギーによって標的に損害を与える弾種だった。構造は単純で漏斗状の金属が弾頭に内蔵され、その漏斗を取り囲むように炸薬が仕込んである。標的に命中すると、信管が作動し、炸薬が起爆し爆轟波が生じる。このとき弾頭内は超高圧になり、漏斗状の金属を崩壊させる。崩壊した金属は液体に似た挙動を示し、その圧力は漏斗の中心軸に向って凝集、目標を深く穿孔し破壊する。モンロー効果と呼ばれる化学反応の一種だった。対戦車榴弾は、この化学エネルギーによって、同等の質量を持った徹甲弾以上の貫通力を発揮する。
至近から放たれた3発の対戦車榴弾は命中と同時に、弾頭に装備された漏斗状の金属片が高圧のメタルジェットと化し、鱗に叩きつけられた。命中は2発。残り1発は地面を掘削し、土埃を舞い上げた。
ドラゴンは悲鳴に近い咆哮を上げ、アズマ小隊へ向けて前のめりに倒れた。
「アズマ各車、全速後退!」
本郷の命令とほぼ同時に、彼直下の小隊車両は後退し、転倒したドラゴンの自重により地揺れが起る。本郷は展望塔の視察窓から、その様子を眺め、満足な思いを抱いた。よろしい。僕を喪っても、彼等はちゃんと戦闘を継続してくれるだろう。
視線をドラゴンに戻し、眉を潜める。やはり対戦車榴弾でも鱗を貫通するのは困難らしい。鱗の破片が散らばっているのがわかる。しかし傷は浅く、出血は僅かだった。人間で言うところのかすり傷程度だろう。全くどれだけ分厚いのだ……。いや、悲観主義は生き残った後に浸れば良い。重要なことはヤツが痛がっているということだ。
「アズマよりイワキ、ウラベへ。これよりタ弾の集中射で対応する」
本郷は各車に備えられた対戦車榴弾は10発程度だったはずだ。本郷はドラゴン後方、建物の影に身を隠している各小隊へ呼びかけた。
「可能な限り、脚部へ集中射せよ」
『イワキ、了解。前へ出ます』
イワキの小隊長が続けて「そろそろ交代のお時間ですよ」と茶化すように告げる。後退とひっかけたつもりらしい。後で教育が必要だなと思いつつ、本郷は後退を命じた。
『ウラベ、了解。あのオオトカゲに帝国陸軍の躾を受けてもら――なんだ?』
「……?」
『ウラベより、アズマへ! 異変あり、何ものかが本車を――』
ウラベが居た方角より、火炎とももに黒い塊が飛び上がった。塊は本郷の乗るチヌ車の近くへ落下した。数秒、その形状の判別に時間を要したが、やがてM4の砲塔だと気がついた。
「ウラベ小隊、何があった!?」
『こちらイワキ、ウラベ小隊は全滅しました!』
「どういうことだ? 状況を知らせ!」
『イワキより、アズマへ! ヤツがそっちへ向った! 逃げてください! 下です! ヤツは地中から!』
直後、下から突き上げられるような衝撃に襲われる。本郷の乗るチヌ車は大きく揺らされ、十メートル近くはじき飛ばされた。20トンの車両がスピンし、履帯が悲鳴上げ無残に引きちぎられた。
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