「どうぞこちらです」
御調少尉に導かれ、海軍工廠内を進んでいく。いくつかの施設内を経由する途中で、見慣れぬ工機を目にする。合衆国よりライセンス導入された帯式輪転輸送装置だった。帯の上に載せられているのは、新型の高角砲弾だった。内部に近接信管が仕込まれた四式弾だ。電波発振機とアンテナが組み込まれており、発射と同時に装置が作動する。砲弾は電磁波を発信しながら目標へ向かい、目標近くで反射された波を拾うことで信管が作動、爆裂する。従来の高角砲弾と異なり、時限式で信管が作動するのではなく目標の検知がトリガーになっているため、より効果的に敵を撃破できる仕様だった。
「これはなんじゃ?」
「触るな」
前を歩くネシスが砲弾を手に取ろうとしていた。玩具でも目にしたように、らんらんと瞳を輝かしている。
「ケガをするぞ」
「妾の身を案じてくれるのか?」
振り向きざまにネシスは片方の口角を上げた。
「巻き添えを食らいたくないだけだ」
儀堂は表情を固定して答えた。
工廠では、戦車から空母まで陸海空あらゆる兵器が製造されていた。開戦当初に比べて施設規模は3倍近くに膨れあがっている。北米や欧州へ供給する支援物資の生産拡大に伴い、拡張された結果だった。数年前まで英米打倒のために機能していた施設が、今では存続のために機能しているのは何とも歴史の皮肉を感じざるをえない。
御調少尉はさらに奥へ進んでいく。船渠区画へ入ったところだった。ここも3年前より拡張された一角だった。主に小型船舶用の造船設備が強化されている。英米が魔獣との戦で損耗したため、期せずして日本海軍は全世界における航路の保証人となってしまった。その結果、今では戦艦・空母よりも駆逐艦以下の補助艦艇を優先して建造せざるをなくなっていた。
「お主の船はここにはないのか?」
「何の話だ?」
「妾を黒い月より墜とした、あの戦船だ。ここの船よりずっと大きかったぞ」
「<比叡>のことか? あれはここにはない」
戦艦<比叡>は中部太平洋、トラック泊地へいるはずだった。そこで新編された第三航空艦隊とともにBM出現に備えている。
「それからあれは私の艦ではない」
「そうなのか? それにしては手足のように扱い、妾を翻弄してくれたではないか?」
「……気になっていたのだが、お前はなぜ<比叡>に私が乗っていたと知っているのだ?」
六反田に聞く限り、3年前のハワイ沖開戦以降、ネシスは昏睡状態だったはずだ。儀堂がハワイ沖で<比叡>の指揮を執っていたなど、知る由はないはずだ。
「知っているも何も、妾は見ておったからな」
「何をだ?」
「妾を堕とそうと足掻く、お主の顔を月より眺めておった」
「またぞろ妖術の類いか?」
「その品を欠く言い方は止めよ。せめて魔導と言うが良い。まあ、よい。とにかく、そこで確信したのじゃ」
「何をだ?」
「こやつならば妾をあの月より解いてくれるとな。お主のように地獄の戦禍の中で悦にひたるようなものならば、きっとこの殻を割ってくれようとな。実際にそうなったわけじゃが、よもや3年も眠るとは思いもせなんだ」
「オレは悦に浸ってなどいないが……」
そんな余裕はなかったはずだ。ただ生き残ることだけを考えていた。そのはずだ。振り向いたネシスは表情を消しさっていた。
「妾をたばかるな。お主は確かに嗤ったぞ。妾に鉄の楔を打ち込んだとき、お主の心は躍ったはずじゃ」
「………」
しばらくして儀堂達は工廠内の最奥区画へ辿り着いた。機密性が高い区画であることは一目で明らかだった。護衛の兵士が周囲に配置され、至る所に監視所が設けられている。恐らく見えないところにも見張りが配置されているのだろう。
施設前の検問で御調少尉が通行許可証を取り出す。兵士は機械的に内容を精査すると、「どうぞ」と短く答えた。
御調に続き、儀堂とネシスが入る。そこは船渠のひとつで新型とおぼしき艦が艤装中だった。
――秋月型か?
砲塔の形状を見る限り、秋月型駆逐艦に似ていた。しかし駆逐艦と称するにはあまりに難があるようだった。船体が縦にも横にも大きすぎる。少なく見積もっても排水量は4000トンは優に超えそうだ。軽巡に分類されても不思議はない。
「御調少尉、この艦はいったいなんだ?」
「新造の駆逐艦です。艦名は<宵月>。我が海軍の秘匿兵器です」
御調少尉は懐から封筒を取り出すと、儀堂に手渡した。その封筒は少しばかり熱を帯びていた。
「儀堂大尉、僭越ながら六反田少将に代わり辞令をお渡しします。本日付けで、貴方がこの艦の艦長となりました」
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