【オアフBM内部】
「……ここはなんだ?」
戸張は視界を確保するため、烈風の天蓋を開いた。生臭い香りが鼻腔に侵入してきた。似たような香りを嗅いだことがある。野戦病院、それも重傷者が治療されている区画だ。野ざらしの血と臓物が放つ臭いだった。
戸張は眉をひそめると、機関の回転数を僅かに落とした。視界が不良なうえ、周囲には烈風を駆るには手狭な空が広がっていた。
「おい、まさか……BMの内部か?」
誰に話しかけるわけでも無く、戸張は呟いた。
内部の構造を見るに、その可能性が高かった。壁面が湾曲し、巨大な球状の空間にいるようだった。
戸張は無線機で僚機と連絡を取ってみたが、雑音が返ってくるだけだった、
――無線も通じねえと来てやがる。勘弁してくれよ。
どこかに脱出路がないかと周囲を改めて見渡してみる。
BM内部は薄暗くぼんやりとしていた。BM内部は全体的に薄い緑色で照らされていた。
まったく不愉快な光景だった。戸張は緑色が好きだが、BM内部の緑は彼の好みから外れていた。毒々しい、コバルトグリーンだった。加えて内装も彼の好みから外れていた。いや、これを好みに思うものは人類全体でも少数派だろう。
壁面は、いくつもの巨大なこぶの塊に覆われ、それが粒状に全体に広がっていた。それらを縫うように血管のような管が通っている。
中心部を貫くように、大木のような巨大な柱が聳えている。その大木もいくつものこぶに覆われていた。性差や年齢を問わず、生理的な嫌悪感を思わせる風景だった。
――畜生、閉めときゃ良かった。
戸張は後悔と共に、天蓋を閉じた。遺憾ながら、不快な空気が操縦席内に補充されてしまった。
「さあて、どうするか――」
それは直感だった。飛行士の感というものか、あるいは生存本能の所作か由来は不明だ。明確な殺意を戸張は感じた。直後、戸張はスロットルを全開にし、操縦桿を倒した。鋼鉄の翼が右へ急旋回し、巨大な火球が機体下部を通り抜けていく。あのとき判断が遅れていたら、彼は空中で火葬されていただろう。
「トカゲ野郎!! 不意討ちなんざ、10年早いぜ!!」
攻撃手段から、瞬時に敵の正体をワイバーンと予測し、火球が放たれた方向を視認する。残念ながら、彼の予測は的中しなかった。確かに、相手はワイバーンタイプだった。2つの点で、彼の予想は裏切られた。1つ目は色だった。通常のワイバーンは濃紺だったが、そいつは黒だ。二つ目は大きさだった。そいつは通常よりも遙かに大きな個体だった。大きすぎた。控えめに見積もっても、2~3倍はある。合衆国が配備しているB-29と同程度に思える。
――黒い飛竜だと!!
黒竜は急旋回すると、戸張の機体を指向した。旋回半径が恐ろしく狭いうえに、戦闘機と劣らぬ速度だった。それでいて、大きさは戦略爆撃機と変わらぬほどの化け物だ。
「反則じゃねえか!!」
思わず戸張は叫んだ。そう思わせるほどの飛行性能だった。
黒竜は、戸張の機体を目指して真っ直ぐ飛んできた。その冷たい眼光は深緑の侵入者を捉えている。
頬を伝う冷や汗を感じながら、戸張は口元を歪ませた。気に入った。
「いいねえ!! こういうのを待ってたんだよ!!」
脱出路は不明。
それに、どのみち、こいつを倒さない限り捜索もできないだろう。
ならば、どうする?
愉しむしかないだろう。
「さあ、格闘戦だ!!」
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