ギガワームは地中を掘り進むと、まずマウスの車体直下から押し上げようとした。しかし、その意図は直前でくじかれてしまった。
ギガワームは混乱した。
あの小さな塊があるはずの地面へ自分は出ようとしているのに出来なかった。まるで巨大な蓋で押さえつけられているかのように、一ミリも進むことができなかった。
これまで多数の獲物を地中から突き上げて、仕留めてきたはずなのに、それができない。
ギガワームの混乱は恐怖と怒りに変わった。彼(彼女?)は相手を威嚇するために、前面の地表から巨体を露出させた。
結果的に、ドラゴンをかばうようにギガワームが立ちふさがるかたちになった。
その漆黒の瞳には映ったのは、自身の4分の1にも見たない鋼鉄の鼠だった。ギガワームは咆哮し、自身の身体を打ち付けた。20トンの衝撃が鋼鉄の鼠に襲いかかる。
「耐衝撃! 何かにつかまれ!」
本郷は叫ぶと自身も近くの手近な砲手の席に掴まって耐えた。他の乗員も同様に手近なところに掴まり身を固定する。しかし彼等の努力は全くの杞憂で終わった。マウスはその名のごとく、そしてその巨体に反して、全く機敏な速度で後退してみせた。ギガワームは、何もない地面にその巨体を打ち付ける形になった。
『ダカラ距離ガ大事トイッタノニ』
呆れた声が耳当てから聞こえた。
「あ、ああ、そうだな」
本郷は自分が狼狽していることに気づいていた。
――なんだ、今の動きは?
まるで宙を平衡移動したかのように滑らかな後退機動だった。ほとんど震動すらも感じなかった。これが独逸の科学力なのか? まるで魔法ではないか。
『ホンゴー、アレヲドウスル?』
耳当てからたどたどしい日本語が聞こえてくる。あれとは、目前のギガワームのことだろう。体当たりを避けられたギガワームは再度屹立した。今度こそ、押しつぶしに来るつもりだろう。
本郷は鉄の洗礼を与えることにした。すでに12.8センチ砲の準備は整っている。
「撃て」
至近距離からの発砲だった。砲身から橙色の暴力的な炎が吹き出される。12.8センチの長槍は鱗の障壁を穿ち、その巨体を完全に貫いていた。身体の前後に大穴を空けられ、そこから耐えがたい異臭と共に血液が噴き出した。ギガワームは途切れるような絶叫を上げ、倒れ伏した。そのまま小刻み痙攣している。おそらく二度と立ち上がることはあるまい。
相棒の最後を見せつけられ、ドラゴンは激昂したようだった。急速に戦意を回復し、向ってきた。
どうやら躾が足りていないらしい。
本郷はさらなる教育の必要性を認めた。やはり言葉の通じぬ獣が相手ならば身体に言って聞かせるしか無かろう。
再び操縦手へ前進を命じる。
「Panzer Marsch」
『Jawohl』
マウスは目前の肉塊を蹂躙し、身体の一部をミンチに変えながら突き進んだ。
――次発装填の遅さが課題だな。
車内前方の2つの席を見て思う。四苦八苦する装填手の姿と、装填完了を今かと待ちわびる砲手の姿があった。ちなみに本郷の席はなかった。マウスの車体は広く、日本人としては長身の部類に入る本郷ですら立ったまま指揮を執ることが可能ほどだ。
12.8センチ砲の装填は手間のかかるものだった。発射後、毎度大騒ぎになる。砲座ごと砲身が後退し、開いた尾栓から薬莢と燃焼ガスが吐き出される。複座駐退機により後退した砲身が下に戻る。装填手が砲身内部を確認し、ここでようやく次弾装填に移ることができた。砲弾と薬莢をそれぞれ殴りつけるように押し込み、躾の準備が整う。
ドラゴンは炎をまき散らしながら突貫してきた。
次弾装填中に一気に距離をつめられ、マウスはドラゴンと正面から組み合うかたちになった。ドラゴンは自らの巨体をマウスにぶち当てると、無事な片方の前足で殴りつけた。しかし、鋼鉄の鼠は地表に吸い付いたように小揺るぎもしなかった。
その様子にドラゴンはたじろいだ。
どうやら魔獣にとっても、マウスは規格外の存在らしい。
『ホンゴー、ハヤク』
操縦手はご機嫌な斜め様子だった。思わず本郷は苦笑を漏らした。
――万歳は僕らの十八番なんだがな……。
砲塔旋回を命じながら、本郷は思った。
本郷の躾は3発の砲声をもって終えた。後に残されたのは鱗に包まれた大量の血と肉の結合物だった。
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