魔導機はハワイ沖で回収されたカプセルを元に月読機関が開発した装置だった。それは、あらゆる碩学体系から外れた理論によって、構成されている。
あるものは呪術と言い、別の国では魔法とも言われ、千年前ならば我が国では陰陽道と呼ばれていた。いずこにしろ、いつであれ、この世ではまやかしの類いとされ、多くの著名人を輩出してきた分野だった。この世の法則を科学で定義してきた人類にとって、それらは地平の彼方へ追いやったはずの理論だった。よもや20世紀に入って、そのまやかしに頼らざるをえなくなるとは誰も思わなかっただろう。そう真珠湾に黒い月が現われるまで。
六反田は煙草の火を灰皿でもみ消すと、立ち上がり背後の窓の外へ目を向けた。透き通るような青空が広がっている。
「御調少尉から報告があったよ。儀堂大尉へ魔導機関のことを明かしたらしい」
「当然でしょう。隠しきれるものではありませんから。それで彼はどんな反応を?」
「納得したそうだ」
「……納得? それだけですか?」
「ああ、さして驚きもせず、疑問も挟まずに彼は事実を受け止めた。オレは意外に思わんよ。何せ彼はあの装置を用いて、横須賀を救ったのだから」
「それは確かに、その通りですが――」
「矢澤君、君を含め多くの人間は自身が思っている以上に素直なものだ。事実を突きつけられたとき、それが自分にとって不都合な内容で無ければ、すんなりと受け入れてしまう」
矢澤は六反田に魔導の存在と月読機関の目的を知らされたときのことを思い出した。彼は上官の話を聞いたとき、ついに気がおかしくなったと確信した。実際、腕の立つ精神科医を紹介したほどだった。だが、すぐに矢澤は認識を改めさせられることになった。六反田は矢澤を宮内省に連れて行き、そこで魔導に関して極秘に研究が続けられていることを明かした。そして実際に、魔導師と呼ばれる存在が超常の術を行使する瞬間を目の当たりにしていた。
「かく言うオレとて、五年前ハワイに黒い月が現われるまで、そんな外法の存在なんぞ知りもしなかったさ。BMの報告書を目にしたとき、オレは正直なところうらやましいと思ったよ」
「うらやましい?」
矢澤は目を剥いた。
「考えてもみろ。高度な防護機能と機動力を有し、ただ空中に方陣を描くだけで兵力を無尽蔵に送り込んでくるんだぞ。言ってしまえば、あれは移動可能な策源地、兵站とコストを度外視で陸海空を制覇可能な超弩急空母だ。畜生、こんな反則があってたまるか。魔獣は御免だが、BMは欲しいと本気でオレは思った。だから、宮内省の連中から日本に似たような業を行使できるヤツラがいると聞いたとき、迷いなんぞ無かった。向こうが反則技を使ってくるのならば、こっちも同様に応じてやらねば不公平も甚だしい」
六反田に宮内省直属の魔導師を紹介したのは、彼を月読機関に推挙した宮家の大将だった。その大将は六反田に、魔導の存在を明かし、軍事転用を進めるよう彼に命じた。その結果、開発されたのが魔導機関だった。魔力を増幅し、通常では行使できない奇跡と呼ばれる業を実現する装置だった。
「……魔導機」
<宵月>に搭載された秘匿兵器を口にし、改めて業の深さを感じ入る。魔獣に対抗するためならば、外法の力を利用し、それに何ら痛痒すら感じない。人類とはかくも生存に貪欲な生き物なのだ。
矢澤は近代哲学者の言葉を思い返した。
――深淵をのぞかば……か。
ふと矢澤は誰かの視線を感じ、周囲を見渡した。
矢澤君と呼ばれ、彼は上官の方へ向き直った。
その面持ちに恐怖に近い感情と抱く。
「ヤツラが化け物なら、オレは戦争の怪物だ。<宵月>のおかげでようやくオレ達は同じ土俵へ立つことができる。連中の首魁が何だか知らん。魔王だろうが、閻魔だろうが、何だってかまわん。オレ達に喧嘩を売ったことを絶対に後悔させてやる。ああ、実にこいつは楽しみじゃないか」
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