【シカゴ】
1945年5月31日
トール1から投下された反応弾頭は以下の手続きを経て、原子レベルの連鎖反応を引き起こした。
シカゴBMは直径300メートルで、中心部の高度はERB-29の観測記録から1000メートルと判明していた。「スレッジハンマー」と名付けられた弾頭は10000メートル上空から投下され、高度計が1200メートル指した時点で信管を作動させた。
高高度からの爆撃、加えて強風の影響、誘導装置の性能限界により、照準より十数メートルほどずれていたが、それは誤差の範囲内だった。弾頭の威力は、TNT換算にして15キロトンクラスである。
信管により弾頭後部の炸薬が点火し、ウラン235の塊が爆発によって押し出された。それは弾頭内部にある頑丈な鉄筒をひたすら突き進み、もう一つのウラン235の塊と合流した。
臨界を越えた瞬間だった。
中性子が放出され、ウラン235の原子核へ衝突し、さらに中性子を放出、周辺の原子核を連鎖反応の渦に巻き込んでいき、膨大なエネルギーの放出が始まった。
エネルギーの奔流は1秒足らずで絶頂に達し、黙示の光を産み落とした。光は数十万度の輻射熱を産み出し、大気を膨張させ、灼熱の衝撃波を産み出した。
衝撃と高熱の洗礼は、光を中心に1.5キロを等しくもたらされた。
爆心地はシカゴ市内、ミシガン湖の沿岸にあるフィールド自然史博物館だった。同館は、BM出現前は合衆国内でも有数の標本規模を誇る博物館だった。殊に化石の蒐集数においては屈指のものだったが、それらは高熱によって変形、あるいは気化するか、館内の壁に影絵のように焼き付いた。運良く熱の洗礼を免れたとしても、一切無意味だった。なぜならば博物館自体、衝撃により倒壊したからだった。古代の遺骨は放射線を帯びた瓦礫の中に埋葬された。
反応爆弾によって、シカゴ沿岸の魔獣群は致命的な損害を被った。爆心地から半径1キロ圏内にいた魔獣は、放射線と熱、衝撃波によって、即死した。さらに外側にいる魔獣も、被曝によって数日以内の死が約束された。
シカゴ市内全般で見たのならば、建造物の被害は想定よりも少なかった。投下地点がシカゴ沿岸で、被害半径の主要部分がミシガン湖によって占められていたからだ。それでも、爆心地近くは相応に深刻ではあった。衝撃によって、ビル群は倒壊し、ドミノのように隣接している区画を押しつぶしていった。さらに数キロ先の圏内では、ビル自体の原型を保っていたが、窓から進入した熱風により火災が発生、巨大な松明のように煌々と燃えさかった。
なお、ビル群に営巣していたデビルやグールなどの魔獣は上記の過程で、一掃されている。かろうじて免れた個体も汚染物質の影響で、数日以内に息絶えるだろう。
後にシカゴ型反応弾と呼称される兵器は、スペック通りに機能した。
【シカゴ沿岸 駆逐艦<宵月>】
反応爆弾投下と同時に、儀堂がネシスへ障壁の展開を命じた。このとき<宵月>は爆心地から7キロほど離れていた。
「ネシス、BMの障壁を展開しろ!」
『なぜじゃ?』
「いいから早くしろ。すぐにミシガン湖へ潜行だ」
<宵月>を中心にして、黒い球状の障壁が展開される。しかし投下された反応爆弾の威力は、儀堂の予想を遙かに超えたものだった。<宵月>が水面下に没する前に反応爆弾が作動し、強烈な閃光に包まれた。ネシスの障壁によって幾分か緩和されていたが、それでも正視に耐えられないほどの光量だった。思わず儀堂は手を額にかざした。
光に続き、音速を超えた衝撃波が到達、船体が激しくもまれた。儀堂は喉頭式マイクのスイッチを切り替え、高声令達器に切り替えた。
「総員、耐衝撃! 何かつかまれ!!」
命令を下す前から、<宵月>の将兵は忠実に従っていた。
艦長席の肘掛けを握りしめつつ、儀堂は歯がみした。
――畜生。話に聞いていたが、まさかこれほどとは……。
己の軽率さを思わず恥じていた。もし、あと数キロ船体を近づけていたが、もっと酷いことになったに違いない。
衝撃は数分にわたり続き、ようやく収まった頃、興津がうめくように何かを言っていることに気がついた。
「艦長、あれを……」
呆然と艦外を指さしている。
儀堂はその先を追って絶句した。
巨大なキノコ状の雲が地上より生えて、天を衝いていた。以前、資料の写真で見ていたので、驚くほどのことではなかった。
彼等が絶句したのは、屹立した雲の柱の影に黒い球体が見えたからだった。
シカゴBMだった。
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