【シカゴ郊外 五十七号線】
『アポロよりアズマへ。月獣は針路そのまま南下している。君から見て二時方向、目測で二十キロほどだろう。そのまま五十七号線を道沿いに南へ向ってくれ』
「こちらアズマ、了解。こちらも目視できている。引き続き、月獣の進行を案内してくれ。我々は予定通り先行する」
『了解。任せろ。異常があれば伝える。交信終わり』
本郷は展望塔から身を乗り出し、月獣の後を追っていた。湿り気を含んだ強風に煽られながら、内線に無線を切り替える。
「ユナモ、道沿いに全速で頼む。適当なところで右折しよう」
『わかった。まかせて、ホンゴー』
百八十トンのモノリスが増速し、文字通り驀進していく。
本郷の乗るマウスは合衆国の国道五十七号線を南下していた。
五十七号線はシカゴへ続く主要幹線の一つだった。上下四本の車線で構成されており、合衆国の大型規格に合わせて敷設されたため、軍用車両の通行にも適していた。BM出現から長年に渡り放置されたとはいえ、高強度のコンクリートで構成されていたため、ほとんど無傷だった。ところどころが陥没しているが、マウスの機動には何ら支障は無い。
彼の乗るマウスは、底面にユナモの魔導によって薄緑の方陣が展開され、重量が軽減されている。そのため本来ならば時速二十キロほどしか出せないはずの重戦車が、その四倍の速度で走行できるようになっていた。この世のあらゆる装甲車両の追随を許さない速さだった。
マウスの場合、こちらに加えて幅広い履帯によって、如何なる悪路も走破可能となっていた。もともと戦車というものは道なき道を征くために生まれたようなものだ。ならば多少の不備があれ、路面が平らな五十七号線は競争路に等しい。
「頼んだよ。それから、くれぐれも後ろの荷物は振り落とさないように」
マウスの後には、ワイヤーに繋がれた自動貨車が続いている。荷台には同じくワイヤーで過剰にまで頑丈にくくりつけられた反応爆弾があった。
『わかってる。わたし、ちゃんと運ぶ』
「よし、いいぞ。ユナモなら出来る」
本郷は励ますように言うと、無線を切った。
【シカゴ上空】
ERB-29は、高度七千メートルを維持しつつ、鋼鉄の鼠を先導していた。
「スティーブ、あの日本人の戦車何かおかしくありませんか。妙に速すぎるし、それに動きも変です。まるでスケートみたいだ」
副操縦士のマーカスが小首をかしげた。アームストロングは、眼下に双眼鏡を向けたまま肯いた。
「ああ、そうだな。だが、味方であることには変わりない。マーカス、今は彼等の案内に専念しよう。我々にできる唯一のことだ。そして、恐らくやるべきことでもある」
「了解。スティーブ、あなたの言う通りです」
マーカスは得心した様子で、操縦桿を握り直した。アームストロングとて、似たような疑問の抱いていたが、あえて関心を向けなかった。何よりも彼等が解決しなければならない問題が地上で進攻していたからだ。
アームストロングは双眼鏡を手に取ると月獣の針路を確認した。相変わらず南へ向けて突き進んでいた。まるで、引き寄せられているかのようだ。
―ヤツはいったいどこに、いや何に向っている?
月獣の行く先には合衆国第6軍がいるはずだが、月獣の目標とは思えなかった。第一、第6軍の存在を出現したばかりの月獣が関知しているとも思えなかった。ただ合衆国の原野が広がるばかりだ。そこには何もなく、誰も居ないはずだ。
アームストロングは結論を保留にすると、月獣から焦点を切り替えた。豆粒ほど大きさの点が月獣の少し先を並行するように南下している。トラックを牽引する超重戦車マウスの姿だった。アームストロングは視界をマウスから外すと、五十七号線沿いを捜索した。今のERB-29はガイド役だった。彼等の進むべき道程を探さなければならない。道沿いに視界を走らせたアームストロングは、やがて無線機のスイッチを入れた。
「アポロより、アズマへ。9マイルほど先にあるガスステーションで右折しろ。道沿いにあるゴルフ場が月獣の針路と交差している。そこが君らにとって手頃な場所だ」
『こちらアズマ、了解した。助かるよ。すまないが、僕らはここの地理に疎いんだ。もうしばらくガイドを頼む』
「ああ、任せてくれ。何せ、ここは我々のホームだ。道案内ならお安い御用さ。それよりも、あんたに聞きたいことがある」
『何かな? できれば手短に頼みたい』
「なぜ、そこまでする? ここはあんたにとってアウェイだ。どう控えめに見積もっても、あんたは同盟者以上の働きをしている」
しばらく沈黙が続いた。アームストロングが莫迦な質問をしたと思い始めた頃、なまりの強い英語がレシーバーから響いた。
『君の言う通りかも知れない。そうだな。君の同盟者は愚直すぎるんだ。自分ができることがあるのに、それを成さないのは不義だと思っている。君だって、そのはずじゃないか? だからこそ、この空域に留まっていると解釈している』
「まあ、否定はしないさ」
アームストロングは快活に応えた。だが、疑問は残っていた。いや腑に落ちないと言うべきだった。
「我らの同盟者にとっては、命をかけても成すべきことなのか?」
『ああ、そうだ。成すべきことだ。アポロ、僕は子ども達が家を失うのを見たくないんだ。あの月獣をここで逃したら、もし西海岸へ進んだら、きっとその光景を目にすることになる。僕にとって、それは堪えられない事態だ』
「……ああ、そうだな。それだけは御免だ」
サンタバーバラに残している妻と息子の姿が頭を過ぎった。
「ホンゴー、ベオウルフにはなるな。あんたは生きて還るべきだ」
『ああ、そのつもりはない。可能ならスサノオにならいたい』
「スサノー?」
『日本の神話に登場するベオウルフのようなものだ。ただし、生還しているがね』
「はは、そいつはいい。神様の先例に倣うのなら、加護も得られるだろうさ」
『ああ、そう思っているよ。よければ、君の神にも祈っておいてくれ』
アームストロングはひとしきり笑うと、祝福の言葉ととともに無線を切った。
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