「ボクは、世界の…勇者になるっ!!」
宣誓は響き渡った。
その瞬間、世界に激震が走った。
新たなる希望と正義の存在を、世界が認めたのである。
眼前のネルは神々しい光に包まれ、その光を纏ったまま少し宙に浮く。
俺は目の前の見た事のない光景にただ驚愕するばかりだったが、星魔導師の方を見るとこちらは何か喜ばしそうに笑っていた。
これ…どうなってるんだ?!
《イエス、マスター。これは覚醒です。勇者とは星の意思に選定され、最後に星の意思に認められた者がなりえるもの。勇者ネルはどうやら迷いを克服したことで与えられた2つの力を呼び覚ませたようです。その覚悟が、星の意思に認められたのでしょう。》
2つの力、前に言っていた2つの美徳、希望と正義か。
《イエス、その覚悟が星の意思が必要としていた鍵で、それにより卵から覚醒したものかと思われます!》
…なるほどな。
つまり、ネルは真の勇者になれたってことか。
しばらく光がネルを包み、その間俺も星魔導師も動かなかった。
光が段々薄くなり、ネルが地上にゆっくり降下してくると、ネルが目を閉じているのが見えた。急激なエネルギー増加に耐えられず気絶したのかと思ったが、地上に足が着いたらパチッと目を開けた。
「い、今のは…?」
困惑していたネルに星魔導師が声をかける。
「いや〜よかったねネル!真の勇者に覚醒できたじゃないか!まさか勇者の覚醒の瞬間に立ち会えるなんて…僕はすばらしくツイテルなぁ!」
「真の…勇者?ボクがですか…?」
「うんうん、師匠としてもこれ以上嬉しいことはないね〜!感動しちゃったよ!」
「あ…ありがとうございます…。」
星魔導師は本当に嬉しそうだった。そりゃあそうだろう、世界に1人の勇者の覚醒の瞬間なんて普通じゃ見られない。
星魔導師と一通り話したネルはこちらを向く。その全ての意思が凝縮されたような、鋭くも穏やかな瞳は、彼の覚悟そのもの───。
…結局、俺の心配は杞憂だった。
最初から覚悟を決めていたのだろう。それで死んでも悔いはない、そんな目をしている。
「…悪かったな、お前の覚悟をバカにするようなことを聞いて。」
「ううん、レインのおかげで自分の正義を確信できた。だから勇者に覚醒するなんてすごいことも出来ちゃったんだと思う。…ヘンだね、魔王の言葉で勇者が覚醒するってさ。」
「…いいや、変じゃない。だって、お前の覚悟を星が認めたんだ。他の何でもない、星の意思が。つまり星はお前の理想を正しいと判断したんだよ。…お前が今こうして、敵であるはずの魔王と友となり、会話することを認めたんだよ。…だからもう迷うな。全ての意思を背負い前を向いて歩け。その果てに、お前と俺が求めるものがあるのだから。」
「…うん、頑張るよ。いや、頑張ろうね、レイン。」
「ああ、当たり前だ。俺は魔王だからな。」
ネルが真の勇者に覚醒したことで大いに忘れかけていたが、一応人間の侵攻中だった。
星魔導師は戦う意思はなさそうだがそれでも確認しないといけないこともある。
「めでたい事の後で恐縮だが、俺はお前達の仲間である人間を殺し尽くした。今更それについて申し開きをするつもりは無い。敵が来たから返り討ちにした。お前達も挑んでくるのなら戦わなくてはならない。」
その発言に反応したのは星魔導師だった。
「…そうだね。その通りだ。誠に真実を言う。これが本当に虚飾の魔王だと言うのだから面白い。」
ん?カタストロフコード?なんだそれ。
《イエス、マスター。先日暴食の魔王グラスが全世界に向け新たなる魔王、虚飾の魔王レインが誕生したと発信しました。我々の街に伝わるのはもう少し先になりそうです。》
なにそれ、本人知らないってどういうことだ。てかなんで会ったこともない暴食の魔王に虚飾のスキルを持ってるってバレてるんだ?
《不明です、何か理由はあるのでしょうが見当もつかないです。》
「師匠、レインは本当にボクを理解してくれる良き友です。同じ理想を掲げ共に助け合おうと言ってくれました。…例え魔王と勇者という立場でも、ボクはそんな初めての友を失いたくないです!」
「ネル…」
「ほほーう、それはまた面白い。君は面白い魔王だね、魔王レイン。だが魔王、それにネル。安心してくれ。“僕”は君と戦いに来たんじゃない。話をしに来ただけなんだ。」
「話?」
「そうそう、国王からの密命でね。クレオが魔王に殺されるようなら捨ておけ、ついでに付き従っている連中諸共潰すように、というものと魔王レインがどんな魔物なのか見てこいってね。」
「…それを俺に言っていいのか?」
「別に構わないさ、もうだいたいわかったしね〜。国王はもし人類悪ならば即刻始末と言っていたけど、そうでないなら国交を開くことも考えてるってさ。」
「…そんな簡単に魔物を信用していいのか?俺が言うのもなんだが魔王と国交なんて普通じゃないぞ。
それになぜ勇者クレオとその軍勢を潰す?守るべき国民ではないのか?」
「いやね、なんかあの聖女から口添えがあったみたいで、敵にするより味方にした方がいいってさ。いつも喋ることは全て信託の聖女だから、国王も気になってるみたいでね?
あとその勇者クレオの方は、まああれはしょうがないかもね〜。勝手に勇者教なんて作ってそれに縋った国民から金を巻き上げるなんてこと続けてたし国王に出兵禁止令を出されているのに無視して魔物を殺しに行くし反国王派閥とか作って貴族達にあらぬことを風潮して回るし…。国王もずいぶん我慢した方だよ、でもこれ以上は国に悪影響が出るって考えたみたいで、何度も忠告したらしいけど全て聞かないから最終手段で僕に密命を出したのさ。…ちなみにあの軍勢はみんな勇者教の教徒だよ、あの数を揃えられるくらいの勢力になっちゃったんだ。…国に影響を与えるかもしれないだろ?」
「……憂うべきは強力な敵より無能な味方か。その通りかもしれないな…。」
10万の兵を用意できる勇者教…1人の勇者だけでそんなことができるとは思えないし、誰か裏で手を引いているように思えるが…。
それに話に出てきた聖女…って多分、俺の生みの親のことだよな。
正直、敵を作るより味方が増える方がありがたいから助かる。
「し、師匠!それじゃあレインは?!」
「うん、正式に国交を開くことを僕からも王に進言してみよう。魔王レインはそれでも構わないかい?」
「あ、ああ…。味方でいてくれるならそっちの方がいい。」
「わかった、そう言っていたことも伝えておこう。正式なことはまた今度、使者が訪れるだろうからその時聞いてね〜」
なんか急に色々あったな。ちょっと頭が混乱しそう。
星魔導師の話やネルの覚醒のことで、もう先程の勇者クレオによる怒りはほとんど静まっていた。
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