「大魔王覇気と熾天絶剣を剣の刀身に集中させてくれ」
《イエス、マスター!》
すると俺が抜いた緋紡の刀身に、黒い霧と赤い光が纏う。
空間を覆い変える大魔王覇気と権能を打ち破る熾天絶剣の組み合わせで、空間を斬ろうという魂胆だった。正直、これが上手くいかなかったらもう他に手段はない。だからこの一刀に、全てを込めて────。
「第三秘剣───下弦紅月!」
正面を向いたまま刀を振り下ろし、そして身を翻して斬りあげる。その剣閃、まさしく下弦の月。
すると斬った方向に霧が散っていき、俺はしばらくそのまま立ち尽くす。
…失敗したか?
そう思った次の瞬間、縦に大きく亀裂が見え、そこから光が漏れ始める。
その亀裂はしだいに幅を増していき、遂に空間が裂けて粉々になる。
《マスター、結界空間の破壊を確認!うまくいきましたね!》
…どうやら、無事に戻ってこられたようだ。
俺が結界にいた間の時間は思考加速のおかげで数秒も経っていなかった。本当に「智恵ノ徳」は有能なスキルだ。このスキルがなかったら今俺は生きていなかった可能性さえある。
少ししたらネルが部屋から出てきて、結界から生還したばかりの俺に話しかける。
「おまたせー。じゃあ行こっか!」
「ああ。」
さっきの結界がなぜ急に現れたのか、そしてなぜこのタイミングなのか。そもそもその神竜はなぜ俺に仕掛けてきたのか…。色々と分からないことだらけだが、どれだけ考えても神のことなんて分からないので、せめていつまた攻撃を受けてもいいように警戒だけはしておこう。
街を出た俺達は街の拡張部隊によって作られた整備済みの道を歩く。
この辺は完全な森なのでこういった舗装された道があるのは助かる。さすがにあの巨大樹の麓まではないが、街近辺の道はだいたい整備されている。報告を聞いていただけだったが、拡張部隊もなかなか頑張ってくれているようだ。
その整備された道もなくなり、いよいよ本格的な森になってきた。見上げればそこに超巨大な樹があり、その高さはまだ麓に達してもいないのに頂上が見えないくらいだ。寄らば大樹の陰、とはよく言うがおそらくその大樹のイメージよりも数倍大きい。高さだけでなく幅もかなり大きい。フォロラド王国の王城くらいの横幅がありそう。
つまりはとんでもなく大きい。その威容さに俺とネルは圧巻させられた。
麓まであと少しだろうか、そう思い始めたあたりで突如眼前に濃霧が発生し、俺とネルを覆う。その霧はあまりの濃度で、最早眼前が見えなくなっていた。こんなに濃い霧は初めてだ…。
…いや、違う。これは幻想魔法の類かもしれない。あの樹に近づけないための幻惑のような役割をしているのだろう。
ラティル、何か分かるか?
《イエス、これは魔法ではありませんね。おそらくとても強力なスキルです。マスターの獲得している幻惑耐性で防げないとなりますと、そうとう高位のスキルだと思われます。…おそらく、エクストラユニークスキルかと。》
エクストラユニークか…それは厄介だな…。
「レインー?いるー?なんか霧で前が見えないんだけどー」
俺がこのスキルをどうしたものかと考えていると、隣にいるであろうネルの声がした。
隣にいるのも見えないなんて、どれだけ濃い霧なんだ。
「多分隣にいるぞ、どうやらこの霧はスキルのようだ。このまま歩いていると方向感覚が失われて戻れなくなるかもしれない。だから安易に動くなよ。」
「わ、わかった!」
さて、どうしようかな…。
…ん?そういえば樹の上の方は街から見たら霧で覆われていなかったが、空から行けたりしないか?
《この大樹の周辺の空間に結界をはっているのでしょう。結界の中に入ると霧が発生する仕組みなのかもしれません。》
なるほど、じゃあ上から行こうとしても同じか…。
んー…。あ、だったら大魔王覇気で霧を消すのはどうだ?
《それなら可能性はありますが、また霧が再構築されるかと思われます。》
そうか…じゃあ大魔王覇気で周囲の霧を消して道を作り、一瞬で樹の麓まで飛ぶのは?
《それは最も突破の可能性が高いです。》
よし、そうと決まったら実行しよう。
俺は竜帝の姿に偽装し、隣で立っているであろうネルを掴む。
「ネル、ちょっと捕まってろよ!」
「ひゃぅっ!?」
俺はネルの答えを待たずに掴む。変な声が出ていたが、いきなり竜に掴まれて驚いたのかもしれない。
「では行くぞ、大魔王覇気!」
その声と同時に発動した覇気によって、周囲の白い霧は黒い霧の壁に阻まれ俺に近寄れない。大魔王覇気はあくまでもユニークスキル。エクストラユニークには勝てないので、その一瞬の間に抜けきらなければならない。
久しぶりに飛ばすぞ!
竜帝の姿になった俺は音速を超えるかのようなスピードで霧を駆け抜ける。途中何度か大魔王覇気を連続使用して壁を作り続けた。
自然と発せられた雄叫びと共に、光差すその霧の空間の向こうが見え、そこまで飛び抜ける。
抜けた!と思ったら目の前にはとんでもなく大きい樹?があった。
やっと霧を抜けたか…そう思いながらネルを地上に下ろし偽装を解除する。あの速度の中でもネルは防御結界のためか何も損傷は無かった。
「あ~早かった~。もう、急に掴むからびっくりしたよ!」
「ああ…それは悪かった。だがこうして霧を抜けられたのだ、多少多目に見てくれ。」
「んー…まあいいけどさ。」
ネルは少し頬を膨らませ怒っていた。返事を待たなかったのは確かに悪かったな、反省しよう。
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