カード・オブ・ドラゴン

杜都醍醐
杜都醍醐

第十四話 創造者の葛藤

CARD 53

公開日時: 2020年9月14日(月) 12:00
文字数:2,177

 リュウシと菖蒲は観客席には行かなかった。これから行われる決勝戦を見ないで帰ろうとしているのだ。理由は、自分たちが負けたから面白くない、からではない。リュウシは輝明に、菖蒲は枝垂に負けた。それぞれを下した人物が違うので、


「輝明が勝つぜ。オレはそう思う!」

「違うって! やっぱり枝垂だよ!」


 意見がかみ合わないのである。これではまともな応援ができるはずがない。そう判断した彼らは、結果は後で知ればいいと考え、帰宅の準備をするのだ。


「おい、アレを見ろよ!」


 通路を歩いていたリュウシは、とある人物の人影に気づく。


「井筒さんじゃない! こんなところに!」


 それは、開会式で姿を見せた井筒正。カード・オブ・ドラゴンの創造者である。どうやらこの通路の近くに彼の控室があるらしいのだ。


「ちょうどいい。手ぶらでは帰れないぜ。サインもらって来る!」


 リュウシが動き出せば、当然菖蒲もついて来る。


「あのー! すいませ~ん!」


 部屋に入ろうとした井筒を強引に止め、


「井筒さんですよね? 本人ですよね?」


 確認すると、頷いた。


「そうだ。君たちは?」

「決勝トーナメントで負けちゃいまして……。準決勝までは残ったんですけど…」


 すると彼は、


「そうか。それは残念だったな……」


 とだけ。この薄い反応に菖蒲は疑問を抱く。


(…? 出場者に対して塩対応? ちょっとそれはいくら創造者でも、ちょっと…。人間性を疑ってしまうよ…)


 だがリュウシはノー天気なことを言っている。


「この、《リヴァイムート・ネプチューン》にサインしてください! オレ、このカード五枚持ってるんで一枚は色紙にしても大丈夫ですよ!」

「いいよ。ペン持ってるかい?」

「はい。ここに…」


 取り出したサインペンを渡すと、井筒はカードに名前を書こうとする。その時、


「ちょっと拝見!」


 リュウシが、井筒の部屋に入ったのだ。


「あ、待て! おい!」


 その部屋のテーブルの上には、二枚の紙が。一枚はこの大会の開会式で述べられたスピーチの内容が記載してあった。つまりはカンペである。

 では、もう一枚の方はというと、


「………何だよこれ…」


 リュウシは自分の目を疑った。そこには信じられないことが書かれていたのだ。


「………カード・オブ・ドラゴンは今年度でサービスを終了します? 何でだよ! こんなに盛り上がってるのに、どうして!」


 カンペの内容を要約すると、今年が最後の大会であること、年度末のパックが最後になることなどが申し訳なさそうな口調で記載されていたのだ。


「私にも見せて!」


 菖蒲もその紙に目を通す。


「……見てしまったか」


 これについて、リュウシと菖蒲は困惑を隠せないが、まずこの真偽を問いただす。


「どうして終わらせようなんて言うんだ? 何か不満でもあるのかよ! 上司に命令でもされたか?」

「君たちには理解できまい。これは私が決めたことだ」

「だったらなおさら!」

「苦渋の決断なのだ。私も、本意ではない」

「じゃあどうして! 何で終了するって? 説明しろ!」


 井筒は、二人にことの真相を話すことを約束した。そして戸を閉めて彼らを席に着かせ、自分も向かい側に座った。


「私も、自分の生み出したゲームがこんな形で終わることは非常に残念だと思っている。でも仕方がないんだ。こればっかりは、私の力では解決できない……」


 それは、制作者故の悩み。


 元々、カード・オブ・ドラゴンは多くの人に楽しんでもらうために生み出されたゲーム。だがある時から、楽しむという本来の目的から逸脱した人物が現れ始める。彼らは使えないカードをゴミと罵り、新規のカードの効果が弱ければそれだけで声を荒げる。

 そして一番厄介なのが、カードゲームとしての駆け引きという醍醐味を一切捨てて、ひたすら自分が勝つことに集中するという点。


「私は、それが一番看破できないのだよ。楽しむためのゲームなのに、戦況をひっくり返すのが醍醐味なのに、常に自分が有利でないとすぐに文句を垂れる。人のデッキ構築に水を差し、紙束と平然と言う。そんな輩が許せないのだ…」


 それは、怒りだった。確かに競技性を考えれば、勝ちに持って行くためにデッキに強力なカードしかいれないのはわかる。だが、それを他人にも強いるのは許せない。


「カードゲームは希望があるべきなんだ。だが彼らはそれ……自分が負ける可能性を嫌う。まるで親でも殺されたかのように。そしてこれは私が生みの親だから仕方がないのだが、使われないカードが増えていくことが、どうしても苦痛だった。自分の生んだ子供が、性能が悪いから、と言われて無視されているようなものだ。産声を上げることすら許さないプレイヤーも中にはいる」


 実は井筒、この二週間前に都内の中古ショップに足を運んでいた。使わないカードを店に売る行為はまだわかる。自分が使わないのなら、使ってくれる誰かの手に渡った方がカードも幸せだからだ。


 だが、その日は非公認の大会だった。そして目にしてしまう、醜い戦い。ミラーマッチという言葉がある。これは勝負する者が二人とも、全く同じデッキコンセプトを使用していることを意味する。他にも多くのカードがあるにも関わらず、それらは弱いから、勝てないから、という理由で使われない。

 しかも、大会参加者の態度も酷い。劣勢をひっくり返せる手段がなければ、早々に勝負を投げだしてしまうのだ。これは相手に失礼極まりないが、相手も相手でそんな勝利に満足する。

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