新しい朝が来た。アルマにとって希望の朝とはならなかった。
何やら自分の周りが騒がしいと思いアルマは目が覚める。辺りを見回すと、みんながアルマを見ている。背中が痛い。アルマはなぜか孤児院の中にも関わらず、土の上で寝ている。やっとアルマは土の上に寝ていることに気づいて、勢いよく立ち上がる。
「アルマ、生きてた!」
「けど、手が……」
そう言われて、アルマは自分の手を見つめる。アルマは絶句した。なぜか手が無いのだ。厳密には手はある。しかし、それは義手だ。自分の手じゃない。
「何がどうなってるんだ?」
助けを求めてアルマはみんなに向かって質問する。
「わかんない――」
ハナが泣きそうに答える。
「グリージャ、エミリーは?」
アルマは辺りにエミリーが居ないので、グリージャに質問してみる。
「まだあっちで寝てるよ。それより、何も僕らも知らないんだよ。ハナが起こしに行ったら手が……その、義手になってんたんだよ」
「そんな馬鹿な話があるか――。まあそんな馬鹿な話が実際に起こってるみたいだ。ちきしょう。涙が出てきやがった」
「泣いて当然だよ――」
誰もが混乱していた。そして、アルマは少し状況が飲み込めると涙が込み上げてきてしまった。釣られてハナも泣き出す。アルマはベッドが無いことに気づく。涙は止まらないけれど。
「べ、ベッドは?」
「それも……無くなってた 」
「堪んないな――」
ふいに空いている窓の元に野良猫が座り込む。アルマは猫を抱こうとする。少しでもこの現状から逃れたかった。
「俺はどうしたらいい?」
アルマが猫を左手で胸元に手繰り寄せる。あろうことか。その猫がしわしわになって、一瞬で老化したようになる。アルマは驚いて右手で猫を払い除ける。すると猫が放り出された空中で、断末魔のような叫び声を上げて地面に落ちる。ハナが触ると猫は冷たくなっていた。
ハナが叫び声を上げる。周りの子供達も途端に泣き出す。アルマは混乱を極めて涙がいよいよ止まらなくなる。
「もう訳わかんねえよ――。なあ。グリージャ。なあ?」
アルマは泣きながらグリージャに縋る思いでグリージャに触れようとする。するとグリージャはアルマの手を避けた。猫の末路を見て、体が勝手に反応したようだ。
「お前も俺を見捨てるのか? なあ。グリージャ。お願いだよ」
「ごめん――」
グリージャが部屋から駆け出して行った。部屋から飛び出す叫び声やらで起きてきたエミリーとグリージャがすれ違う。
「ちょっとどうしたのよ?」
エミリーは何が起きているのか分からないようで、アルマの部屋にすぐさま入ってきた。
「アルマ、何が起き――えっ! 泣いてるじゃない! その手……猫も! ベッドも無いじゃない!」
エミリーはここに起きている「結果」だけは把握したようだ。しかしエミリーはまだその「原因」を知らない。アルマはエミリーにも縋りたくなってくる。
「なあ。エミリー。お前は俺の事見捨てないよな?」
「なんのことか全然分からないわ。とにかく説明してちょうだい」
「そうやって強い口調で俺に当たりはするけど、俺を捨てたりしないよなあ?」
「ちょっと、朝からなんの騒ぎですか?」
昨日寝てしまって片付けられなかった資料を整理してシスターナタリーが部屋にやってくる。
「アルマがなんでここに――」
シスターナタリーが怪訝そうに見つめる。
「シスターも俺の事を見捨てたりしないよなあ?」
「まず、状況を説明してちょうだい。ほら。アルマらしくないわ。泣かないで」
シスターナタリーがポケットのハンカチでアルマの涙を拭こうとする。
「俺に触れるな!」
「アルマ……?」
「俺に触れたらシスターだって、シスターだってこの猫みたいに……みたいになるかもしれないんだぞ!」
「これはアルマがやったの……?」
「俺じゃない。けど俺なんだ!」
アルマは訳が分からなくなってきた。
「アルマはとりあえずこっちにいらっしゃい。大丈夫。見捨てたりしないから」
「シスター、私もついてっていい?」
「エミリーはここで私に何が起こったか説明してくれる?」
「私後から起きたから分からないの――」
「そう――。とりあえずアルマ、ついてきて。エミリーはみんなを図書室に集めてちょうだい」
シスターナタリーとエミリーの誘導によって、その場はとりあえず収まった。シスターナタリーは小部屋でアルマに話を聞いている。
「アルマ? 私何が起こった知りたいんだけど教えてくれる?」
「……」
「アルマ?」
「もうほっといてよ!」
アルマは1人になりたかった。シスターでさえも邪魔だった。
この後、シスターナタリーは落ち着いたハナから全ての話を聞いた。それから、みんなにもアルマにも少し待っていてくれと言って部屋に篭った。
「なんでアルマがまだいるの? 『回収役』はどうしたのよ。それにあの義手。めんどくさい魔法がかかってるみたいね。もう私どうしたらいいの? ねえ。オダギリ。あなただったらどうする? そうよオダギリに会いましょう」
誰にも言わずシスターナタリーは孤児院から出ていった。しかし、そこでまたしても衝撃の事実を知ることになる。恐らく「回収役」と思われる男の死体と長身の男――オダギリの死体があったのだ。軍警が調査をしているようだった。そこで女の捜査官にシスターナタリーが話しかけられる。
「私、軍警のものですがこの孤児院のシスターはあなたですか?」
「はい。ナタリーと言います」
「そうですか。今話を聞こうと思ったのですが、手間が省けてありがたいです。とりあえず現場を回りながら説明いたします」
「分かりました――」
「まずですね、孤児院の周りにずらりと魔術痕が見られました。恐らく結界が孤児院に貼られていたと思われます。何が心当たりはありますか?」
「ないですね――」
「そうですか。では次です。2名のご遺体が発見されました。1人は身元不明のツァルコフ教の正装の男。そしてもう1人は完全に身元不明でこの事件に関係しているのかも分かりません。この2人に見覚えはありますか?」
「はい……。こっちはオダギリという男です。知人ですね――」
「そうですか。ご協力感謝いたします。フルネームをお教えくださいますか?」
「オダギリ・ロウ=ツァ――オダギリ・ロウ・レータムです」
「ありがとうございます。ではこの方について詳しくお聞かせ願い――」
この後はオダギリについてやシスターナタリー自身にについて、孤児院の調査が行われた。終わった時にはもう日が傾いていた。
「ご遺体はひとまずこちらで保管させていただきます。ご協力ありがとうございました!今日のところはこれで引き上げさせていただきます」
「こちらこそありがとうございました――」
シスターナタリーはアルマを小部屋に隠したままにした。誰もがアルマのことだけは何も喋らなかった。
シスターナタリーはまた自室で考えこんでいた。
「ごめんなさい。オダギリ。あなたの名前嘘ついちゃった。でも、仕方ないよね。あなたそういう職業だもの。ねえ。教えてよ私どうしたらいい?」
シスターナタリーが自室から出てきた。そしてアルマの小部屋に向かった。アルマは部屋の隅で小さくなって泣いていた。
「アルマ。あなたをどうするか決めたわ。聞いてくれる?」
アルマは部屋の隅でうなづいた。シスターナタリーはアルマの横に座って義手になった手を眺めた。そして深呼吸をしてから話し始めた。
今日はなにやら外が騒がしい。強盗でも起きたのか?仕事がないやつなんて東狂では山ほどいるからな。仕方の無いことさ。
・軍警の制服
上下黒に金ボタンというスタイルは長官の好みだそうだ。ボクも悪くはないと思うから長官とは趣味が合いそうだな。
・軍警の捜査
魔法絡みの殺人の時は現場の魔術痕や被害者から容疑者を予想して、片っ端から捕まえるのが軍警のやり方。正直汚ねえよ。
・魔術痕
魔法を使うと魔法陣に魔力が流れるわけなんだけど、その時に地面や壁に痕が残るんだ。これは普通じゃ見えないんだけど、軍警は見つける方法を知ってんだな。ちなみにボクは何も無しでも魔術痕が見えるよ。魔術痕は効力が強いもの程、残る期間が増えるんだ。だからどれくらいの魔法が使われたかは、だいたい予想が着くんだな。
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