ジャンクマジック

東狂怪奇譚
宗谷夜
宗谷夜

7 殉教者

公開日時: 2021年4月28日(水) 15:30
文字数:2,986

 扉の方向に皆の視線が向く。シスターナタリーも救いを求めてそっちを見る。シスターナタリーは恐怖で泣いていた。


 いつの間にか門は元の血文字の教典に戻っていた。シスターナタリーは心から安心してその場に崩れ落ちる。


「これはこれは。ご無沙汰です。ローグ殿」


「ポート……どうやってここに入った?」


「白髪の門番が快く開けてくれましたよ」


「……」


 閉まった扉の後ろではシスターナタリーを裏切り者呼ばわりした、白髪の男が床で寝ている。


 シスターナタリーのピンチを救ったのは彼女もよく知っている人物だった。シスターナタリーの前の第四ホワイト孤児院担当者、ミスターポートだ。


 ミスターポートがシスターナタリーに歩み寄り、話し始める。


「ここにいる諸君らは、なぜナタリーが背信容疑にかけられているか知っているかな?」


「何を言ってるんだポート。そんなことはわかりきっているではないか」


「では、なぜツァルコフ教会連が『例の少年』を追うかは知っているか?」


 ミスターポートがローグを見つめながら言う。ローグは冷や汗をかいて、背中に回した手で合図をする。


「ミスターポートは知っておられるのですか?」


 シスターナタリーは本当に知りたかった。アルマがなぜ不幸な道を辿らねばならぬのか。


「そうだ。そして今、ここにその情報を開示する」


 ミスターポートが胸元から紙の束を取り出して掲げる。銀色の席の脇から白いマントとフードを深々と被った者達がゾロゾロと出てくる。


「君は従順な者だと思っていたよ。ポート」


「ローグ殿。それは勘違いをしている。確かに私は従順ですよ」


「じゃあなぜ――」


「あなた方ではなく、神にね」


「ええい! 抜かしおるわ。やれ!」


 たくさんの白マント達が剣を抜いて、ミスターポートとシスターナタリーを何重にも囲む。シスターナタリーは今度こそ死を覚悟した。その時ミスターポートが囁く。


「安心して。君を死なせたりはしないよ」


 ミスターポートが掲げていない方の手をポキポキと鳴らす。すると白マント達に火がつき、絶叫し始める。傍聴席では悲鳴が起こり大混乱が起きる。人々が扉に押しかけるも扉が開かない。白マント達が動かなくなる頃になると火も消えてしまった。


「ポートめ! どこぞで妙な魔法を覚えよって! 誰でもいいからこの男を殺せ!」


 しかし白マント達の末路を見た者は誰一人従おうとしない。シスターナタリーは狐につままれたようだった。


「誰も従わないようですな。とても従順な部下だ。それに私は魔法は使えませんよ」


 ミスターポートはにこやかだ。しかしシスターナタリーは違和感を覚えている。前あったポートさんはこんなに笑わなかったし、皮肉も言うような人ではなかった。それにあの囁き。本当にポートさんなのだろうか。そんな疑念が湧いてくる。


「くそっ!」


「話の続きと行きましょう。なぜツァルコフ教会連が『例の少年』を狙うのか。お分かりになりました?」


ミスターポートが扉の前の人混みに向かって話しかける。


「そんなことはいいから早く教えろ!」


「そうよ。もったいないぶるんじゃないよ」


「皆さん気が短いですな。『例の少年』には月波にあるガイフォークス社より高額な懸賞金がかけられているのです! これはその概要です」


 ミスターポートが扉の人混みに向かって紙の束を投げる。そこにはアルマの似顔絵と身体的特徴、懸賞金、そしてガイフォークス社の文字があった。人混みが騒がしくなる。


「どうゆう事だ?」


「『例の少年』は誘拐された、上層部の1人の子ではなかったのか?」


「それにしてもなんて大金――」


シスターナタリーも紙をもらって貪るように読んでいる。


「真相はこうです。ツァルコフ教会連の財政は近年芳しくない。それは上層部が私服をこやしているからなんですね。そこで大金の入手を図った。その時にこの手配書を見つけ、全孤児院に孤児の報告をさせた。なんとその中に、『例の少年』がいたのです。上層部は『例の少年』に監視役をつけて、誘拐する計画や機会を考えていたわけだ」


「本当ですか? ミスターポート?」


「そうだ。これが真実だよ」


「なんと――」


 自分達の都合でアルマを狙った上層部に腸が煮えくり返った。


「だが、計画は失敗。追放された『例の少年』を確保しようとするも、『例の少年』自身に殺されると。そしてこの場で悪事も露呈する。まあ天罰と言ったところだな」


「こんなのは出鱈目だ!」


ローグが必死に誤魔化そうとする。


「ポート! 適当なことを言うのはいい加減にしろよ!」


「もうそんなことは誰も信じませんよ。後はあなた方に任せます。このローグ殿を煮るなり焼くなり好きにしてください」


ローグの周りに人混みが移動する。


「よくも騙したわね!」


「そうだ! お前こそ誓いを破った!」


 ミスターポートとシスターナタリーが改めて互いに向き合う。

「ナタリーが無事で良かった」


「助けて頂いてありがとうございます」


「いやいや。ナタリーはこれから何をするのかな?」


「私には子供たちがいますので。何も変わりませんよ」


「私はツァルコフ教の皆に、この事を知らせに行かなければならない。恐らくツァルコフ教会連は崩壊するだろう。そうなったら孤児院も支援を受けれなくなる――」


「大丈夫です! 元々あって無いようなお金でしたから」


「そうか。ハッハッハ」


 ミスターポートが高らかに笑う。シスターナタリーはやはり疑念を抱いていた。こんなに話しやすい人ではなかったはずなのに、今は……。


「あの、ミスターポート……?」


「なんだね?」


「本当にミスターポートですか……?」


「……私はこの悪行を広めなければ。では」


「ちょっと待ってください!」


 ミスターポートはシスターナタリーの制止を無視して1人、大きな扉を押し開けて出ていった。シスターナタリーは何となく追いかけてはいけない気がして、その場に立ち止まっていた。


「ほら起きろ。終わったぞ」


 床で寝ている白髪に話しかける。すると白髪は起き上がり元通り扉の前に立った。まるでミスターポートが見えていないかのように。


 ミスターポートは長い老化の途中で立ち止まって振り返る。


「なかなかスッキリしたな」


 するとミスターポートが魔法陣の紙切れになって床にひらひらと舞い落ちる。


 シスターナタリーは早く子供たちの元へ帰りたくて、扉を開けて廊下に出た。すると白髪が話しかけてくる。


「さっきは裏切り者呼ばわりして申し訳ない」


「いいのよ。みんな騙されてたんだから」


「お優しいお方だ。帰り道は分かりますかな?」


「ええ」


 廊下を歩いていると、何やら細かく文字が書いてある紙切れが落ちている。シスターナタリーは慣れた手つきでそれを広い、少し眺めた。


「なんでこんな所に紙切れが? まいっか。これでアルマも追われなくなるかな……」


 シスターナタリーは紙切れをくしゃくしゃにして右手で握った。


 それからは芋づる式に上層部の腐敗が明るみに出て、ツァルコフ教会連は解散した。上層部が消え去ったことは喜ばしい事だったが、地方の教会や多くの孤児院はツァルコフ教会連からの予算で成り立っていたので、いい事ばかりではなかった。


 『例の少年』に関する1件は急速に広まった訳ではなく、噂になってぽつりぽつりという感じだった。噂を知った者順に上層部排除の運動に加わっていったという具合だ。シスターナタリーの聞くところによるとミスターポートという男から教えてもらったという者は誰もいなかった。

 誰か料理人を雇おうかと思うぐらい、ボクって料理が下手なんだ。どうでもいい事だとは思うけどね。


ガイフォークス社

魔法の使えない人でも使えるグッズみたいのを売ってるところだよ。月波にあるんだ。簡易氷雪結界とかはみんな使ってるよね。意外とガイフォークス社の商品は多いんだ。

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