ジャンクマジック

東狂怪奇譚
宗谷夜
宗谷夜

2 予期せぬ先客

公開日時: 2021年4月24日(土) 12:57
文字数:2,125

 日はすっかり落ち、砂漠の夜の冷たい空気がこの街を席巻し始めたころ。

 シスターナタリーが6月キノコを買い終えて、キノコシチューの準備が出来たようだ。


「ごめんなさい。すっかり遅くなっちゃったわね。みんな席に着いて!」


「はーい!」


図書室の方から子供達が駆け寄ってくる。アルマも席に着き、27人全員が揃った。


 アルマはあまりいい気分じゃなかった。さっさとご飯が食べられればいいものを、長ったらしい「感謝」というのが始まるのだ。


 シスターナタリーが軽く咳払いをしてから、長々と喋り始める。


「我らが主神の恵を受けて、今日も生を授かる喜び。今日、犯した罪への悔い。今日、生を授かれなかった者への涙と哀れみ。全てを受け止め、明日からも生きていこう。いただきます」


「いただきます!」


 これはツァルコフ教では一般的な、何かを口にする前に行う簡単な儀式である。本当はもっと長いのだが、庶民でも覚えられるよう大分短くなっている。そんなこととは知らずに、アルマは速く食べたいななどと思うのである。


 シチューはとても美味しかった。アルマも幸せだった。ご飯の時だけはアルマとエミリーは仲が良い。片方が嫌いなものをもう片方が食べてあげるほどに。

 ツァルコフ教では神からの授かりものである、食物を残すことは御法度となっている。残すという事は神の慈悲を拒否すると同義であり、5日間の断食を強要される。これは孤児院でものことだ。

 アルマは昔、嫌いなキノコを残してシスターナタリーの前のミスターポートに断食を言い渡されたことがある。その時は弱っていくアルマを見て、エミリーが泣いて懇願した。もちろん決まりなので断食を解くことはできない。それ以来エミリーはアルマのキノコを食べてあげるようになった。そのお返しで、アルマはエミリーが嫌いな人参を食べてあげるようになった。


 しかし、今日は何やら揉めているらしい。


「いい加減、キノコ食べられるようになりなさいよ。もう飽きたのよ。キノコばっかり。これじゃあ私がキノコ大好きみたいじゃない」


「お前だって、人参食えないだろ? 人のこと言えねえじゃねえかよ。お前が食ってくれるんだから、俺もお前のを食う。これでいいじゃねえか」


「珍しくまともなこと言うじゃない。でもね、私はね別に好きじゃないってだけで人参食べられるのよ? アルマはキノコはからっきしじゃない! だからアルマも食べられるように――」


「それともなにか? 俺に断食になれって言うのか?」


「そうは言ってないじゃない。食べられるようにしろって言ってんのよ!」


「ちょっと二人ともご飯の時まで喧嘩しない!」


見かねたシスターナタリーが口を挟む。すっかりアルマは頭に血が登ってしまった。


「シスターどう思う? 私正しいよね?」


「確かにエミリーの言ってるは正しいけど、アルマはキノコがダメなんだから仕方ないじゃない。アルマはキノコ食べると吐き気がするんだっけ?」


「そうだよ。なんで知っててキノコ出すんだよ」


「それはグリージャがキノコ大好きだから……」


グリージャがそれは言わない約束でしょと言ったばかりにシスターナタリーを見つめる。


「グリージャ、後で覚悟しろよ!」


「ちょっとアルマ。乱暴はいけません。まあとにかく仕方の無いことなんだから。分かった?」


「シスターはアルマに優しすぎよ」


 アルマとエミリー以外の子供達はまた楽しげに食事を始めた。シスターナタリーがその喧騒に紛れてぽつりと呟く。


「『優しすぎ』か――」


 外はかなり冷え込んできた頃。子供達は眠りに就いていた。

 結局、アルマとエミリーはその後も口を聞くことは無く、床にそれぞれ就いてしまった。


 シスターナタリーが部屋で資料を読んでい

る。


「ポー・ルーフ。アルマの記録上の父。レベッカ。アルマの記録上の母。2対の光の翼。原因不明の爆発。記録者マシュー=ツァルコフ、本名マシュー・グレア。今は『こちら側』の二重スパイ。そして、その日場所も告げず席を開けた4名。そのアルマをまたしても巻き込もうとする私たち。あなたはとんでもない貧乏くじを引かされたのかもね。神様はどうとかじゃなくて」


 子供達が寝静まってかなりした後。黒服の男達が孤児院を囲んでいる。そして何かをブツブツ唱え始めた。子供達がそれに気づけるはずもないくらいの声量で。

 すると嫌悪を覚えるような紫色の半透明な半球が孤児院を囲み始めた。今度は男達が孤児院を取り囲むように魔法陣を地面に描き始めた。地面にたくさんの黒服の男が屈んでいるのは中々滑稽だ。


 そんな滑稽な景色を白いツァルコフ教の正装で身を包んだ男が目の当たりにする。白服の男はどうやら、黒服達がいては都合が悪いらしい。


「どうやら先客がいたようだ。貴様らは誰だ。名を名乗れ!」


「人に名を尋ねる時には、自分から言うのが定石というものじゃないのでは?」


「そのような無粋な者共に名乗る名はない。その結界を解くのだ。神の名の元にな」


黒服達のなかで笑いが起きる。さっきと同じ男がまた喋り出す。


「神か。なんとも稚拙な響の言葉だな。立ち去れ。神の慈悲にすがる狂信者に用はない」


「貴様、それは神への冒涜と取るぞ! 押し通る!」


「大いに結構」


 白と黒。対を成す色の衣をまとった者達が運命や否や対峙したのであった。

 何も考えずに生きる人にとって、人間の一生は長すぎる。反対に何かを考え続けて生きる人にとっては、人間の一生はあまりにも短すぎる。


 ボクは後者だ。少し話が込み入ったな。


・ツァルコフ教と食事

ツァルコフ教では毎日の朝昼晩の3食は神の恵(または慈悲)であるんだってさ。3食を食べることができた日には罪は許されていくらしい。だからご飯を残すのはイケナイことなんだとよ。


ご飯が食べらなくなったり、死んじゃったりしたら生きる為の神の許しが得られなかったって考えるらしい。面白い人達だよ。

 

罪とか生きるのはそんなものじゃないのに。今日は気分が沈んでるんで聞き流してくれ。


・魔法の発動

魔法の発動は基本的には詠唱と魔法陣が必須なんだ。西方の古い古い術は除いてね。詠唱の言葉はボク達の今話してる言葉では意味を持たない。けど西方の古い古い言葉なんだ。さらにその中に大事な音がいくつかあってそれを発音すれば魔法は発動する。つまり、そこだけ繋げば詠唱を短くできるんだ。ボクの得意分野だね。稀にボクらの言葉で意味を持つ詠唱かつ、その言葉にピッタリの効果の魔法もあるからとっても面白いよ。魔法陣はパターンやルールがあるから中々に曲者だけど慣れれば頭でも考えられるよ。ボクみたいにね。

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