「アルマ。最後まで聞くって約束してね。私は孤児院からあなたを追放することにしたわ」
アルマはギョッとして顔を上げる。そんな気はしていたが、シスターナタリーは号泣していた。アルマは感情が高ぶる。
「シスターも見捨てるの!?」
「違うわ! 最後まで聞いて。これはあなたのためよ。あなたを守るために追放するの。いい? あなたは――」
「もういい! みんな俺の事なんか構いやしないんだ。俺がいなけりゃ充分。そうなんだろ?」
「ちょっと待って! あなたは狙われてるの! だから身を――」
アルマが部屋から出ていく。シスターナタリーは必死に追いかける。アルマは勢いよく孤児院のドアを開けて出ていった。シスターナタリーはその場に泣き崩れる。
「ごめんなさい。だから最後まで聞いてって言ったのに。アルマの馬鹿……。こんなこと知ったらメアリーに嫌われちゃうかな。私どうすれば良かったのかな。ごめんなさい。ごめんなさい。」
シスターナタリーは図書室に入った。みんな本を読んでいるものの心ここにあらずという感じだった。
「みんな。聞いてほしい。アルマは孤児院を出ていきました。さよならを言いたかったと思うけど……で、出ていきました」
シスターナタリーはまた泣き出す。釣られてまだちっちゃい子達も泣き出す。グリージャは本に目を落としていた。そして、エミリーはシスターナタリーを睨んでいた。
シスターはそのあとみんなと長く長く話をして、ご飯の用意に台所へ行った。台所の扉にエミリーが寄りかかっている。
「どうしたの? エミリー」
「シスターは、アルマのこと追放したんでしょ?」
「聞いてたの?」
「そうなんだ。追放したんだ。適当に言っただけよ。理由があるとは思うけど、シスターのこと許さないから」
「ごめんなさい――。私シスター失格ね」
「でもシスターのことは好きよ。私何言っちゃってんだろ――」
「――ありがとうエミリー」
シスターナタリーが泣きながらエミリーのことを抱きしめた。
アルマは一心不乱に走っていた。シスターにとても腹が立っていた。シスターにも見捨てられたんだ。ミスターポートに断食を言い渡された時に似た感情だった。色々なことが頭に過ぎる。そんな時に目の前に白服の男が立っている。
「やあ少年。おや? その手はどうしたのかな?」
「……」
「少しおじさんの話に付き合ってくれないかな?」
その白服の声はなんとなくネチャネチャしてて耳障りだった。今は誰とも関わりたくなかった。そして白服に手を伸ばす。
手が白服に触れるか触れないかのとこで迷いが出る。何が起きるか分からないんだぞ。
こいつを殺してしまうかもしれないんだぞ。
良心が咎め始めた。
アルマは思った。そんなのはどうでもいい。なんにでもなってしまえ。死んでしまえ――。
「あ、あぁああああああ!」
男が叫びながら倒れる。心做しかスッキリする。背徳的なすっきり感だ。しかし、後悔が押し寄せる。誤魔化すようにまた走った。
それからアルマは孤児院を避けるように東狂を彷徨った。孤児院だけは戻らないと誓ったのだ。1日生きるのさえ苦行だったが、今では慣れたものだ。食べられる野草や、残飯漁り。食にありつけるならどんなことでもした。それは苦行と言うのだろうけど。今のアルマを見たらエミリーは失望するだろう。
彷徨い始めてから4年ぐらいした時、アルマは鶯渓にいた。鶯渓は渓谷都市だ。秋羽原からそこまで距離はないが渓谷都市という閉鎖空間によって、噂は外に漏れださない。だからここにいる。
アルマは考えがあった。ここだったら噂が立ってもあまり心配はない。だから盗みを働いて満足な暮らしをしようと思った。もう美味くない飯にはうんざりしていたのだ。美味い飯――孤児院のことが思い出されて切なくなってくる。
アルマはだいぶ義手についてわかった。右手は物に死をもたらす。左手は物に時間の経過をもたらすものだ。例えばうさぎを右手で触ればすぐ死ぬし、左手で少し触れば年老いる。そんな感じだ。だから右手は金属とかには作用しない。
義手の性質からアルマは必ず右手で物を盗んだ。収穫した野菜やら肉やらはもう死んでいるので特に何も怒らない。間違って左で触れてしまったからには大惨事だ。
盗みを働き始めてからというものアルマの生活は格段に楽になった。毎日美味いご飯が食べられたし、新しい服だって着れた。アルマは慢心していた。
ある日の事。アルマは人混みの中にいる。いつものように食べ物を盗んでいたのだ。
「へっ。おじさん貰ってくよ!」
「こるぁ! お前か。最近噂のこそ泥は!おい軍警さんよ! あいつだよあいつ!」
「あれか! 赤髪で両手は義手。そしてあの速さ! 間違いない。あれ? あいつどこ行きやがった」
「もう頼むよ! とっくに居なくなったよ」
「しまった!」
アルマはもう別の人混みの中にいた。
「へっ楽勝だな。エミリーより遅いんじゃないか? にしてもこの街は赤髪が多くて助かるぜ」
「ちょっと僕? こっち来てくれなあい?」
胸の大きな赤髪の女がアルマを誘惑するように裏路地に来いと呼び出す。アルマは期待に胸を膨らませてついて行く。何しろアルマは慢心していたので、何が起こっても大丈夫などと思っていたのだ。
しかし、裏路地には強面で屈強な体つきの男たちがいた。アルマはガッカリして引き返そうとする。
「やっぱ遠慮しとくよ」
振り返るともう1人男がいる。
「お前、最近噂のこそ泥だろ?」
「なんのことか分かんねえな」
アルマは最悪、全員を左手で触って動けなくなるぐらい老人にしようかと思った。しかし、そんな安易な考えは通用しなかった。男の手が首元に飛んでくる。アルマは気絶させられた。
「そいつの手に触れるな。死んじまうからな」
「この子が誰かいい加減教えてくれない?」
「こいつはな最近ここいらで盗みを働くこそ泥で、それ以上でもそれ以外でもないどうしようもない野郎だ。こいつには軍警から懸賞金がかかってんだ」
「いくら?」
「10万ロード」
「10万ロードってどれくらい?」
「そうだな。俺とお前それぞれシビシビを買ってもお釣りが来るぐらいだ」
「へえ。よくわかんなーい」
「お前はもうちょっと世間を知った方がいい」
「はいはい」
アルマはその後取り調べを受けた。義手のことについて散々聞かれたが、何も答えなかった。というか大半は答えられなかった。生い立ちについても聞かれたが、適当に言ったら信じて貰えたので心の中で笑った。
なぜか義手の効果を軍警は知っており、そのことを危惧してアルマを「トタン庭」と呼ばれる、刻分寺近くの施設に軟禁してしまった。アルマは慢心するんじゃなかったと後悔した。
「ほら。今日からここで過ごすんだ」
トタン庭は高い2重の塀の中に、トタン屋根の小屋と庭のようなスペースのある酷い場所だった。この先が思いやられる。
トタン庭に半ば押し込められるように入れられると2重の塀は閉まった。更には結界まで着いているようだ。アルマはため息を履いて小屋の中に入る。入ったところで目を見開いた。
小屋には老人がいたのだ。自分だけではなかったとアルマは少し安心する。
「君が新しい子かね。ワシの名はランプ。君は?」
「俺の名はアルマ」
「アルマか……。良い名だ。よろしくな」
老人が右手を握ってくる。驚いて反射的に手を話す。しかし、老人は無事だったのだ。
「なんで……」
「そんなに驚いてどうしたんじゃ? 義手に触れられるのは嫌かの?」
アルマはトタン庭に来たことに運命を感じた。
今日は特に暑いな。家の中でも身にこたえるよ。魔法の出番かな。
・鶯渓
鶯渓は北東から巨大渓谷が走っている無政府の土地だよ。渓谷には都市があるんだ。都市の上の方は軍警がいるからだいぶマシらしいけど、下の方は軍警も来ないし上の建物で光も届かないで悪の巣窟みたいになってるんだ。材料を買いに鶯渓にはよく行くよ。
・刻分寺
カジ王国と漠軍政の戦争でなんにも無くなった東狂の中心に、カジ王国の支援で巨大寺院が立ったんだ。これとその周りの街が刻分寺。カジ王国の息がかかってるから軍警は居ないんだけど、治安がいいんだよな。寺があるから穏やかになるのかな。また今度行ってみよう。
・シビシビ
僕もお世話になってる麻薬さ。値段は高いけど、こう――胸がスッキリするんだ。煙草にして吸うんだな。
・トタン庭
その名の通りトタン屋根の小屋と庭のある軍警の軟禁施設だね。ボクもお世話になりそうになったよ。植野の限りなく刻分寺側にあるから、刻分寺が軍警を許したみたいに一瞬見えちゃうね。
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