ジモーネは急いでロクトの元へ戻った。
「ロクト! 刀をくれ」
「承知致しました」
ロクトは声こそ落ち着いているが、身動きはとても焦っているように見える。ジモーネに預かっていた刀を渡す。
「ありがとう」
「例の少年は?」
「逃げられた。そのための刀だ」
「あの拘束具は?」
「ガイフォークスの野郎共、欠陥品を送り付けやがった。地下道は刻分寺方面に続いているようだったから、その事も全域に伝えてくれ。私は引き続き追う!」
「承知致しました」
ジモーネは戻って岩の壁の前に立つ。既に翼を開いている。ジモーネが刀を抜く。
「頼むぞ」
ジモーネを抱き込むような形で、翼のある龍が現れる。龍は黒い煙のようで尻尾の方はジモーネの足元で消えている。
ジモーネが頭上に大きく刀を振り上げる。そして空を切る音と共に振り下げると、黒い波動が岩の壁に向かって飛んでいく。
波動は岩の壁を粉々に打ち砕き、それでは飽き足らずに洞窟の奥へと飛んで行った。
ジモーネは空を切りながらアルマを追いかける。それはまるで黒い弾丸のようだった。
アルマは長いはしごを登っている。上の出口には微かに光が見える。
アルマははしごを壊すことなく登っている。それはなぜか? アルマは白い手袋をしている。この手袋だけは風化することがない。ランプから貰った物だ。従って、どうやって手に入れたのか、あるいはどうやって作ったのかはランプしか知らない。手袋はよおく鞣した皮で出来ていた。
アルマははしごを登りきる。しばらく洞窟にいたので外界の明るさに目が眩む。目が馴染むまでに時間がかかった。
辺りを見回すと廃墟のようだった。建物の中央には布を被った何かがある。壁際にはたくさんの工具やら本、ネジや歯車が積まれている。
アルマが布を取る。ホコリが舞って咳き込む。どうやら随分放置されていたらしいとアルマは考える。
そこには錆び付いたチェイサーが あった。平らな側面には早雲と黒い筆文字で書いてある。
「これがランプ爺が言ってたやつか――」
アルマが早雲に触れる。ぶぉぉおと音を立ててアルマの膝元まで浮き上がる。アルマは少しばかり驚いて1歩下がる。
下がった後ろ足に本の山が当たってホコリが舞い、まとめて色々な物が崩れ落ちる。アルマは咳き込む。
何も無くなった壁の一面には、魔法陣と読めるはずもない殴り書きの文字が書いてあった。アルマは感慨深くそれに触れる。
「ここにランプ爺がいたのかな――。そんなこと考えても仕方ねえか」
さっさと行こうとアルマは思う。早雲に乗り込む。チェイサーに乗るのは初めてだがどうにかなるだろと思っていた。またいつもの慢心である。
「ここかなっ?」
アルマが足元にあったペダルを踏み込む。ぶぉぉおと轟音がして前のシャッターに向かって急発進する。
「ちょ、ちょっと! これは違っ――!」
アルマはぶつかりそうになって目をつぶる。しかし早雲はシャッターをすり抜けて、廃墟の前の大通りに飛び出す。アルマの心臓は高なったままだ。アルマは好奇の目に晒される。
「死ぬかと思ったぁ。こりゃいいや!」
アルマはまたペダルを踏もうとして留まる。どこへ行こうか。しかし思いは1つにすぐ定まった。すぐ側に浮浪者がいる。
「おいそこのホームレス! 秋羽原はどっちだ?」
「はっ? むにゃしごにょ……あっちだよ」
浮浪者が細い指で通りの向かい側を指す。
「ありがとよ!」
アルマは深くペダルを踏み、向かいの家には一直線に走り出した。早雲はぶつかることなくすり抜けていく。色んな人の家の中が嫌でも目に入ってくる。
「あの魔法陣が関係してんのかな――? ランプ爺はこんなこと言ってなかったけどな」
早雲は名前の通り雲のようにすり抜けるし、何にも触れなかった。しかし乗れるのは不思議なものだとアルマは思った。
かなりしばらく走っていただろうか。最初の家はずっと人の家の中を走っていたが、そのうち砂漠に出た。そしてアルマは砂漠の向こうに街を見た。
「……」
アルマは息を飲む。「あの場所」へまた自分は出向こうとしていると思うと緊張してくる。「あの場所」での思い出が蘇る。
「そういえばシスターの部屋は何が――」
アルマの手は小刻みに震えていた。
ジモーネが勢いよくはしごを壊しながら上昇していく。そして天井ギリギリのところで羽ばたいて静止する。
「遅かったか……」
ジモーネは廃墟の外へ出て近くの浮浪者に話を聞く。
「赤髪の少年を見なかったか?」
「ふぇ? ああ秋羽原はどっちだって聞いたと思ったら、不思議なチェイサーで逃げちまったよ」
「ありがとう。秋羽原ということは『あの場所』か。本部! 応答せよ。アルマは刻分寺よりチェイサーで走行。秋羽原に向かっている模様。チェイサーは何らかの魔法がかかっている可能性が高い。カラクリ装甲を飛ばしてもいい。何としても見つけ出せ!」
ジモーネが凄い剣幕で無線機に向かって話しかける。話終わると羽を開いてアルマを追っていった。
「着いた……」
アルマの目前には懐かしの建物と風景が広がっている。アルマは意を決して孤児院に入った。
「……」
シスターナタリーが変わらず子供たちの世話をしているところであった。その奥には見なれぬ金髪の少女もいた。
「皆さん本を読みに行きましょうね。ほらそれも片付けて。ほら……えっ? みんな先に図書室に行っててちょうだい」
「なんというか……ただいま?」
シスターナタリーがアルマに駆け寄るも、それより速くアルマに抱きつく物がいる。エプロンが揺れる。さっきの奥の少女だ。アルマはあまりの勢いによろける。
「アルマ――!」
「ちょっ」
アルマが少女の顔を見ようと少し下がる。
「お前……エミリーか?」
「馬鹿!声で分かりなさいよ!」
「顔が……」
「うるさい! 泣いてないわよ!」
「そうじゃなくて、頬が」
エミリーの右頬から首筋にかけてが赤くなっていた。
「これね――。火傷よ。前ね、私里親が出来たの。だけどそこで――」
エミリーが泣き出す。アルマはエミリーに何が起こったか察した。
「それから死にものぐるいで生きて、金稼いで。何度も死にかけながらやっとの思いでここに戻ってきて働いてんの! 孤児でこんな顔じゃお嫁にも行けない……。あんたに分かる? この苦労が」
「分かるに決まってるだろ? 俺だって色々あったし、死にかけたよ!」
「そういうことじゃない!」
エミリーが怒って奥の方へ引っ込んでしまう。アルマは後悔した。いつも自分はエミリーの気持を考えずに行動してしまうことを恥じた。
「アルマ……」
シスターナタリーがアルマをハグする。
「エミリーと後でゆっくり話した方がいいわよ」
「うん――」
「あの時はごめんなさい。ああするしかなかったのよ」
「もうそれはいいよ。グリージャは?」
「里親が出来たわ。パン屋で働いてるそうよ。あとハナも」
「みんな行っちまったんだな」
「ええ――」
「うああう」
アルマの足を黒髪の赤ん坊が掴む。アルマは赤ん坊の目を見て驚く。オッドアイなのである。右目が赤で左目が黒だった。
「この子は?」
「綺麗な目でしょ? 最近入ってきたマキっていう子よ。図書室から逃げ出したの〜? ほ〜ら戻りましょうね〜」
アルマはマキを見つめたままだった。
ボクのことが噂になったり、神話っぽく語られたりしてるみたいだけど、ボクはそんな大層なもんじゃないよ。
・スピーダー
東狂でよく乗られてる乗り物だね。形は様々だけど、浮いて高速走行するということは共通だよ。魔法で動く物やカラクリ装甲と同じ仕組みで動くやつもある。魔法がかけてあって性能が強化されてるやつもたまにあるよ。
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