アルマが孤児院を出てから3日後、シスターナタリーはツァルコフ教会連本部に呼び出された。留守は若いラクスという少年が派遣され、任された。
シスターナタリーは白髪の男に先導され、暗い廊下を歩いている。左右の壁には一定の感覚でロウソクが置いてある。
「さあ。ご婦人。もうすぐですよ」
「その『ご婦人』という呼び方辞めて貰えない?」
「着きましたぞ。裏切り者」
白髪の男が大きなドアを開ける。シスターナタリーは、ドアの向こうへ躊躇なく足を踏み入れる。すると周りからヒソヒソ声が聞こえる。
「『回収役』が殺されたらしい」
「監視役の最後の報告では、六華仙が絡んでるらしいぞ」
「あの女は例の少年を逃がしたのか?」
「見ろよあの女の顔……」
シスターナタリーが睨むような目で当たりを見回す。
「うわぁ。怖いお顔」
「やあねぇ」
部屋は巨大なドーム状になっていた。ドアの両側から壁を沿うように、円形に傍聴席が並んでいる。ドアと対をなす向こう側の壁には、血文字で巨大の魔法陣が書かれている。魔法陣の前には銀色の席に堂々と座る、彫りの深い男がいた。ドームの天頂部分には血文字でツァルコフ教の教典が書かれている。
シスターナタリーは察した。彼女は紛れもない「裁判」に招かれたのだ。
彼女の元には、今後の方針に着いて指示すると白髪の男が招集をしてきた。それがまさか「裁判」だったとは――。
「さあ進みたまえ。ナタリー=ツァルコフ」
「はい」
無駄に重厚感のある声だった。
「そんなに心配することもなかろう。さあ座れ」
「裁判長」の一言で椅子に強制的に体が座る。魔法だ。シスターナタリーはもう逃げられないことを悟った。
「では、これより弾劾裁判を始める。裁判長はこの私、ローグが取り仕切る」
シスターナタリーはその名を聞いてゾッとする。ローグはツァルコフ教の中でも最高幹部ではないか。
「ナタリー君。今回、背信容疑にかけられている理由は分かるかね?」
「『例の少年』を逃がしたから……」
「よろしい。では事の顛末について教えなさい」
緊張で全身に力が入りにくいというのに、体が勝手に立ち上がる。シスターナタリーは口を閉ざそうかと思ったが、それは叶わなかった。自分の考えとは裏腹に証言を始めてしまう。
「朝『例の少年』を見ると肘から下が両手とも義手になっていました。監視役には何も伝えられないので、計画の変更かと怪訝に思いながらも、考えました」
「それで?」
「『例の少年』が義手で野良猫に触れるとすぐ老化してしまって……それから……」
傍聴席がざわめく。
「上層部は何を考えてるんだ!」
「可哀想な猫。なんて恐ろしい義手なんだこと」
「六華仙が絡んだんじゃないのか?」
「誰か内通者がいて、計画を阻止したってことか?」
「もしそうなら内通者はあの女なのでは?」
「やはり背信者か」
ローグが舐めるような目でシスターナタリーを見つめる。
「――続けて」
「そしたら、猫が死んでしまったんです! 私どうしたらいいか分からなくて……」
傍聴席が非難の目を向ける
「死をももたらすとは」
「あの女はそれを世に放ったのか?」
ローグが真っ直ぐな目線でシスターナタリーに語りかける。
「話を移そう。ポーの最後の連絡のことだ。この連絡では六華仙が絡んでいると言っているが、君は何か知っているか?」
「いいえ、何も……」
「そうか次だ。君はポーの名前を偽って、軍警に報告したと」
「……はい」
「それは評価に値するな」
「ありがとうござ――」
ローグがシスターナタリーの返事を待たずに続ける。
「しかしだな。軍警は君とポーの関係を知らないわけなのだから、名乗り出る必要はなかったのではないのか?」
「今思えばそう、だと思います」
「今思えば? そんなことはわかりきっていたはずだ! 君は一時の感情に任せて名乗り出たんだ。違うか?」
「そうかも……知れません……」
「いいや。そうだね。ならば『例の少年』を孤児院から追放した件についてはどう説明するのだ?」
「それは違います――!」
「違う? 君は神に嘘はつかないと誓ったはずだ。もちろん私も誓った。しかし、君は今嘘をついた。本当は義手になってしまった不幸な『例の少年』を我々から見逃すため、残りの孤児たちを守るため、『例の少年』を追放したのではないか!?」
「……」
傍聴席から罵倒の言葉が飛んでくる。
「やはりその女は背信だ!」
「処せ! 処せ!」
「なんと醜い女なのかしら!」
シスターナタリーは頭の中が真っ白になった。しかし自分を待つ運命は鮮明に見えてくる。恐怖で足が震えてくる。
「君は感情に任せて、任務を疎かにした! そしてあろう事か嘘をついて神を冒涜したんだ!」
シスターナタリーはこの裁判ははなから自分を陥れるために用意されたものだったのだと悟った。絶望の縁に立たされたシスターナタリーの頭に1つ考えが浮かんだ。
「どんな罰も受けますから……どうか、どうか命だけは……」
「チッ。命乞いかつまらん。君の犯した罪は到底許されるものではない。神の慈悲など誓いを破った君には用意されていないのだ」
「慈悲を……」
もうシスターナタリーは何とか生き長らえる事しか考えていなかった。ローグはそれを無視し、蹂躙するかのようにシスターナタリーに近づいてくる。
「そろそろ判決を下そう。審判の門!」
シスターナタリーの頭上にあった血文字の教典の1文字1文字が混ざり合い、新たな線を形成した。それは魔法陣であった。その赤い魔法陣は、ローグが近づくほどに光を増していった。
「さあ今から神がこの女に判決を下す!」
傍聴席が沸き立つ。
「神が許すわけないだろ!」
「慈悲などいらぬ!」
「その女は嘘を付いたのよ!」
シスターナタリーは体の内側を引っ掻き回すような恐怖で顔面蒼白だった。そんな彼女の目の前にローグは立つ。
「皆よ刮目せよ! 審判の門よ! この女は有罪か無罪か!?」
シスターナタリーの頭上の魔法陣が回転を始め、黒い色の門になる。門には様々な、人間の彫刻が施されていた。
シスターナタリーは青白い顔で頭上を見上げる。門が開き、赤黒く刺々しい巨大な手が覗く。
「判決の時だ!」
ローグの掛け声で手がシスターナタリーを掴もうと振り下ろされる。シスターナタリーが目をつぶった。死を悟ったのだ。
「お待ちください!」
入口の大きな扉が勢いよく開いた。傍聴席がざわめく。
そろそろ食料が尽きてきたな。買いに行こうかな。
・魔法を使った連絡
水の入った容器に魔法陣を書いて、体に同じ魔法陣を刻むんだ。そうすることで考えてることやら、考えてることやらが容器の水に映るんだ。魔法陣を刻むのは痛いからおすすめしないけどね。便利なのは確かだ。
・血文字
血文字は魔法史では古い方の魔法だな。ツァルコフ教は未だにこれを使ってるって言うんだからお察しだな。
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