アルマが触れてから素早く手を離す。アルマは瞬きの方が長いくらい少しの間しか触れていない。マキはふた周りほど大きくなったように見える。服がキツそうだ。
エミリーはもっと時間がかかると思っていたようでまだ目をつぶっている。
「おい。終わったぞ」
「キャッ! ごめんなさい。随分と短いからびっくりしちゃった」
アルマは確かめるようにマキと喋り始める。
「よしマキ。喋れるか?」
「……」
「所詮そんな所ね。大きくなっただけじゃない」
「そんなはずは――」
エミリーはさっきまでの様子はもうなく、また態度が大きくなった。アルマは焦った
〈これじゃいつまでもエミリーを説得出来ないぞ?〉
「当たり前よ。例え大きくなってもその間の経験が追加される訳じゃないんだから。突然話せるようになったりはしないわよ。まあ無事大きくなっただけマシね」
「……」
その時、突然マキが立ち上がってシスターナタリーのあの部屋に駆け込んでいく。
「立った――」
思わずエミリーがこぼした。そんないきなり歩けるものなのかとアルマは疑問に思ったが、今はついて行くことにした。
マキはシスターナタリーの部屋の引き出しから慣れた手つきで、ナイフを取り出した。何かの紋章が書いてあるようだ。そしてマキはナイフを見つめている。
「ほら危ないから離してね? ほら」
エミリーが離させようとするが、マキは頑なに離さない。
〈何か思い入れがあるのか?〉
「離して!」
エミリーが大声を上げる。ここまでして子供第一なんて俺には無理だなとアルマは悟る。
今度は玄関から声が聞こえる。
「少しお尋ねしたいのですが」
「もー今度は何! アルマ、絶対マキちゃん見ててね!」
エミリーが玄関にドタドタ足音を鳴らしながら向かう。アルマはマキと2人きりになる。アルマは確かめるように話しかける。
「お前――もう喋れるんだろ?」
マキは口にただ指をあてがっただけだ。
〈チッ。黙ってろってか?〉
玄関には軍警が来ていた。エミリーは察したらしい。
「あの軍警ですが、こちらにアルマという少年は来ていないですかね?」
「誰よそれ」
「いやーてっきりここだと思ったんですけどねー?」
捜査官がエミリーの目を嫌な目つきで意味ありげに見つめる。エミリーは冷や汗をかいている。
「もういいですか? 子供達がいるんで」
「せめて似顔絵ぐらい見てくださいよ」
「しつこいですよ」
エミリーの声が強ばる。
「シスターがまだいるというのに随分と世話を急ぐんですねえ? エミリーさん?」
「アルマ!」
アルマはエミリーの声を聞いてマキを抱えて、玄関にかけ出す。それと同時に玄関の捜査官が手で合図をして捜査官が沢山入ってくる。
「チッ! ゾロゾロと」
アルマがあっという間に包囲される。エミリーは何か問いただしたいようだ。
「私が時間も稼いで、合図もしてあげたのに正面から出ようとするわけ? 呆れた。裏口から出るとかなかったの?」
「確かにそうだよ! でも、お前だけ1人にするなんてのは卑怯もんのやることだ!」
「随分仲がよろしいようですが――」
「良くない!」
2人が息ピッタリに答える。
「やはり仲がよろしい。そんなことはどうでもいい。拘束しろ」
〈手袋ごしに殴るか。もう人は殺したくないからな。しっかし手袋が汚れちまうのも考えものだな〉
アルマを捜査員が囲み、拘束しようとするが、アルマがそれを振りほどきさっきまで話していた捜査員の顔を思いっきり殴る。鼻血が出た。
「クソガキがっ! 早く捕らえろ!」
「うるせえ! 静かにしてな!」
鼻を抑えていた手ごしにもう一度捜査員の顔を殴る。捜査員はダウンしたようだ。
「次は誰だ! 俺の事拘束するんだろ?」
「怯むな! 捕まえてしまえ」
1人の捜査員がアルマに襲いかかるが、甲高い音がして地面に倒れる。エミリーが手にフライパンを持っていた。
「貴様、業務妨害だぞ。こいつも拘束してしまえ!」
「エミリーに手は出させるかよ!」
アルマが一気に残りの捜査員に殴りを食らわせる。全員が怯んだ。
「ほら早く逃げて! 私は大丈夫だから」
「でも、お前業務妨害で捕まえるとかなんとか言われたじゃねえか」
「そんなの脅しに決まってるわ」
「そうかなあ?」とアルマは悩んだが、捜査員の1人が立ち上がりそうなのを見て決めた。
「悪ぃな!」
そう言ってアルマは玄関を飛び出し、早雲に乗り込む。
〈行くあてもないけど、どうにかなるだろ〉
早雲は走り出した。が、何やらアルマの後ろで蠢いている。
「なんだ? 動物か?」
振り返るとそれはマキであった。アルマは急いで車を止める。
「てめぇどっから乗ってきやがった! さっさと降りろ!」
そう言ってアルマはひょいと片手でマキを持ち上げ、早雲から落とそうとした。しかし、マキはその小さな手で腰から例のナイフを取り出し、アルマに向けた。通行人が目を丸くしてアルマを見ている。
「脅しか? へへ。そんな短い手で届くわけがないだろ。諦めてさっさと――」
「連れてけよ。けち」
「やっぱお前喋りやがったな? さっきは口にただ指を当てるだけとか偉そうなことしやがってよ。それにな――」
「ほら連れてけってば。また余罪が増えるぞ。罪状は幼児突き落とし罪」
「そんなんがあってたまるか! 離すぞ! 3、2、1」
「私は記憶がある」
「まだ喋るか。タフだな。記憶――」
「まだこの姿になる前の話だ。もしかしたら前世の話かもしれない」
「お前人の話――」
「それの全容を取り戻すのを手伝って欲しい。頼む」
「そんな訳分からん話信じろってか?」
「ああ。お願いしてるんだから応じるよな?」
「なわけ」
口論はその後も続いていた。幸いアルマは義手なので手が疲れることはなかった。
「そこのチェイサーに乗っている男は今すぐ下車し、手を頭の後ろで組め!」
突然空から声がする。アルマはマキとの口論で夢中で気づかなかったが、マキは目だけ動かして空を見る。
「おい。翼の生えた女がお前に求婚しにきたぞ」
「は? 何言ってんだお前……ってやば! ジモーネじゃねえか。お前を連れてくかはまた後だ!」
アルマは車を急発進させる。
「アルマ! 止まりなさい!」
通行人が名前を聞いて早雲が去っていった方をぼやっと見る。
「アルマってあのアルマか」
「あれだよ。さっき手配書が出てた奴」
「まだ若くなかったか?」
「最近はああいうガキも色々やるってことだよ」
「最近さらに物騒になったねえ」
ジモーネが早雲目掛けて急降下する。
「もう警告はした。それでも君は走った。多少の怪我なら文句ないだろう!」
ジモーネが早雲に急降下の速度を活かして刀を突き立てるが、早雲には当たらず地面に突き刺さる。
「じゃあな! そういやあんたの部下たちヘナチョコだったぜ。教育し直した方がいいんじゃねえか?」
アルマはわざとらしくガハハと笑って家々の中を早雲ですり抜けていった。
「あの女は誰だ?」
「偉い人だよ。偉い人。俺にベタ惚れなわけ」
「無理して嘘をつかなくてもいいぞ。私は君をそういう目で見るつもりは無い。カッコつけは不要だ」
「るせえな」
アルマ少し恥ずかしくなった。
「てかなんでお前に説明しなきゃなんねえんだ。ほら降りろ」
「待て。君嫌いな事はあるか?」
「嫌いなこと? そうだな。面倒ごとは嫌だぜ?」
「よし分かった。君の面倒ごとを全て引き受ける。その代わり私を連れて行け。そして、協力しろ」
「言ったな?」
「ああ。言ったとも」
アルマはマキに色々危ないことを引き受けてもらい、手の真相を突き止めるのに利用しようと思った。
「よし分かった。手始めにまず私をもっと大 きくしろ」
「そのままでもいいんじゃね? その方が俺は色々と都合がいいぜ」
「協力すると君も言っただろう?」
「チッ……分かったよ」
アルマは人気のない砂漠のど真ん中まで来て早雲を止める。
「えーと。どれくらい?」
「どれくらいとは?」
「これくらい大きくしてってのがあんだろ?」
「そうだな。君よりも背が高いくらい」
マキは満面の笑みで言う。
「あのな。お前の体が成長する範囲でしか大きく出来ねんだからよ。もしかしたら俺よりも大きくなることがありえないならそれは無理だぜ?」
「やってみないとわからんだろう?」
「仕方ねえな。やるぞ」
アルマは左手の手袋を外し、意識を集中してマキの頭に手を触れる。さっきよりは長めに触れたので、マキはもっと大きくなった。 しかしアルマは予感していたが、不都合が発生した。マキの服が破れてしまったのだ。
〈まあそうなるよな……。てか乳でか〉
「なんだこれは! 服が破けてしまっているでは無いか! こっちを見るな!」
マキはさっきまでのポーカーフェイスを崩し、顔を赤らめる。アルマは早雲とは反対側を見る。遠くに街が見えた。
「俺は言われた通りに大きくしたぜ。身長も――」
アルマはちらっと振り返る。
「俺よりデカいみたいだしな」
「貴様見たな? 今振り返っただろう?」
「……振り返ってねえよ」
アルマはわざとらしく足元の砂をいじり出す。
「まあよくはないがよい。何か服をくれ」
「仕方ねえなあそこの街行くか――」
「このまま行ったら変人ではないか! 協力をしろ協力を!」
「これは俺にとって面倒ごとなんだよなぁ?」
アルマは1人でにやける。
「うるさい。早く服をとってこい」
マキがアルマの背中にナイフを触れさせる。
「分かったって! 気に入らないことがあるとナイフを振り回すのやめろ!」
「分かればよい」
アルマはマキを残し、早雲に乗って遠くに見えた街に向かった。
「日焼けしてしまう」
マキが呟いた。
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