強い日光が照りつける芝生の上に白い点が数十ある。真っ白な布をまとった子供達であった。
ここは秋羽原にある、第四ホワイト孤児院。ツァルコフ教会連の後ろ盾を持った、秋羽原の孤児たちの救済所と言ったところだ。
子供達の中に1人、目立って足の速い赤髪の少年がいる。
「待てよ! グリージャ!」
「ちょ、ちょっとま、待ってよお!」
「タッチ!」
「足速すぎ! 勝てないよ」
緑髪の少年グリージャとかけっこをする少年、アルマである。アルマは足が速いのを得意気に、自慢するように胸を張る。
「グリージャはノロマだなぁ。まるで亀みたいだ」
「僕はそんなに足が遅い訳じゃないぞ! アルマが速いだけだ。それに亀と言うならエミリーがピッタリじゃないか」
「それもそうだな!」
二人が息を合わせて足の遅いという金髪の少女エミリーが不満げに駆け寄ってくる。
「なによ! 2人して。足が遅いのも個性よ! 失礼言ってくれちゃってさ」
「コセイとか訳のわからん言葉を使いやがって。いいか? 俺はエミリーよりも遥かに速い。そしてな、グリージャもエミリーより速い。つまりだな、エミリーは亀なんだよ。ノロマなんだ!」
「アルマ、ちょっと言い過ぎじゃ――」
エミリーが腕を振り上げ、アルマに振り下ろすかどうかの時に声がかかる。
「はい。みんな。外で遊ぶのは終わりですよ。日差しも強くなって来ましたからね。」
アルマは安心して、「家」に戻っていく。
「チッ。殴り損ねた」
エミリーは不貞腐れたように空を見つめていた。
アルマは親こそいないけれど、幸せだった。確実に。
それに、アルマ達孤児には親代わりとなるシスターナタリーがいた。彼女また幸せそうに孤児を育てる人だった。
だいぶ日が傾いてきた頃、シスターナタリーが夕食の準備を始めたようだ。
この孤児院にいるのは今、全部で27人。一番下は5歳からアルマ、エミリーが10歳で最年長。
シスターナタリーは毎日一人でその27人の食事を作る。幸い彼女はそれが苦ではなかったようなので、彼女にとってこれは天職なのかもしれない。
シスターナタリーが今日の材料の取り出しにかかる。台所には水色の球体が見える。
「穢れなき不変の境よ。今、ナタリー=ツァルコフの名のもとに無常へ帰せ」
シスターナタリーの詠唱に合わせて、水色の球体が弾ける。球体の中から箱と石が出てきた。
シスターナタリーが箱を開ける。中には野菜と紙で包んだ肉があった。
水色の球体やシスターナタリーの詠唱は簡易氷雪結界というものである。球体の中から出てきた、石を使って行われるものである。
この石は東狂では普及しており、中に液体が入っている。この石に詠唱することで低温の球体状結界を作り出す。魔法が使えないものでも詠唱するだけで結界が作れるので、生物の保管に広く使われている。回数の制限はあるが安価であるため使い勝手がよい。
シスターナタリーが何かに気づいたようだ。
「いけない。6月キノコが無いわ。どうしましょう」
シスターナタリーは迷った挙句、買いに行くことにしたようだ。
子供達は今、図書室で本を読んでいた。シスターナタリーが図書室にくる。
「みなさん、ちょっと聞いてください。私6月キノコを買い忘れちゃったから今から買いに行って来るわね。」
「先生6月キノコってこれでしょ?」
六歳のハナが図鑑を自慢げに見せる。アルマは別にキノコなんて買わなくていいと思ったが、考えがあったので黙っていた。
「よく見つけられたね。偉いよハナ! じゃあ先生行ってくるから、エミリーみんなをお願いね。あとアルマも。多分、今日のご飯はちょっと遅くなるわよ」
アルマという部分に力が込められたのをアルマは気づかなかった。
シスターナタリーが門から出ていくのを確認するやいなや、アルマはあることを思いついた。
「みんな! シスターの部屋に入ってみないか?」
「アタシ行きたい!」
ハナが賛同する。
「もちろんグリージャも行きたいよな?」
アルマはもちろん同意すると思っていたが、グリージャはすぐには同意しなかった。
「シスターが散々入るなって言ってたのに、いいのか――」
すかさずエミリーが反論を入れる。
「いいわけないでしょ!それにあの部屋には鍵がかかってるし、もしバレたらどうするの?」
「大丈夫だよ。バレやしないって。相変わら
ずつまらない奴だなあ。エミリーだってあの部屋の中に何があるか、気になるだろ?」
「ちっとも気にならないわ。第一、あの部屋の中のことなんて気にしたこと無いもの。」
アルマはエミリーのことを無視することにした。
「他に行きたい奴は?」
誰もうんとは言わなかったし、手も挙げなかった。
「なんだよ。みんなして! 行くぞハナ」
「はーい!」
アルマとハナはグリージャやエミリー達が後ろで騒ぐのから逃げ出すように、シスターナタリーの部屋を目指した。
アルマとハナがシスターナタリーの部屋の前に着いた。茶色い素朴だが、大きなドアがあるだけの部屋である。
アルマがドアノブに手をかける。しかし、開かなかった。アルマは分かってはいたがかなりガッカリした。
「やっぱ閉まってるか。チャンスなんだけどなあ。壊しちまうか?」
「待って!ここに魔法陣みたいのが書いてあ
るよ」
ハナがドアノブのとこを指さす。アルマが自分の手に隠れて見えなかった位置にそれはあった。
「お手柄だぞ! ハナ」
「えへへ」
ハナが笑顔になる。笑顔に呼応するようにツインテールが揺れる。
「これ本で見たことあるぞ。なんだっけな。あとちょっとで思い出させそうなんだけどなあ」
「何かと何かをくっつける魔法じゃなかった?」
「そうだ!それだ!ハナは頭がいいなあ。またしてもお手柄だぞ!」
「わーい!」
アルマはなハナが喜んでいるところを見て、部屋の中のことなんか吹き飛んだ。
「こりゃ開かなそうだし諦めるか」
「残念だな」
あまり残念じゃなさそうにハナが呟く。二人は図書室の方へ歩き出した。
一方、市場の方へ出て行ったシスターナタリーは長身の男と、市場から1本道を外れた路地で話をしていた。
「ナタリー、例の少年はどうだ?」
「どうって、あなたも監視役なのよ。それにあなたのジャンクで覗けるでしょ」
「俺だって、いつも見ているという訳には行かない。礼拝もしなければならんからな」
「よく言うわ。別に変わりは無いわ」
「そうか。あっ。今、君の部屋に入ろうとしているようだ」
「なんですって!? デタラメ言うのもいい加減にしなさいよ」
「嘘じゃない。今見ている。それに例の少年はこれまでも色々とやっていたようだしね。君の部屋には何があるのかい?」
「あなが気にすることじゃないわ。わざわざ呼び出したってことはついにやるの?」
焦ったようにシスターナタリーが聞く。
「さあね。監視役にはお達しなしさ」
「これじゃ、6月キノコと釣り合わないわね」
「話はこれだけじゃない。メインはこっち」
そう言って長身の男がシスターナタリーに新聞の切り抜きを渡す。
「漠軍政が軍警関係者二人を拘束――ってま
さか――」
「そのまさかかもしれない。マシューがその日から行方不明になってる」
「漠軍政が勘づいたってこと?」
「わからん。漠軍政は公式発表はしていない。これはメイヘムの独自ルートで入った情報らしい。だからマシューの行方不明と関係付けることはできないが、かと言って否定もできない」
「そもそもこの事実がないってことも?」
「そうだ。有り得る。君とは話安くて楽しいよ」
「ありがたいけど、新聞くらいは読むわよ?」
「だとしてもこれは明日配られる分だ。もみ消されたとしても、おかしくないネタだからな。孤児院勤めで大変な君に、せめてもでも配慮だよ。いち早く君に伝えようと思って」
長身の男がウィンクをする
「気持ち悪い」
「ハハッ。酷いな。これ以上、修道女と話し
てると変な目で見られそうだから、お暇するよ」
「なによその言い方」
「ああそうだ。例の少年、君の部屋に入るの諦めたみたいだ」
「あらそう。良かった……わかったならさっさと行ってちょうだい」
長身の男がシスターナタリーとすれ違う時に耳元で囁く。
「何が起きても後悔しない方がいい――」
それを聞いてシスターナタリーの頬に涙が伝う。
「やっぱり、やるんじゃない――」
今このメモを読んでいる人に。汚い字で申し訳ないがそこは目をつぶってくれ。
ボクの名前はジャック・オーグナー。本当はもっと長いがそんなのは偽りの名だ。
誰かに見つかる前に――いや、忘れないうちに書き留めておく。
・秋羽原
東狂の中では比較的治安はいいって聞くし、おすすめ。ボクも1回だけ行ったことあるけど、人が優しくていい街だったなあ。
・ツァルコフ教会連
ツァルコフ教のお偉い方の身勝手な集まりさ。反吐がでるよ。ツァルコフ教ってのは東狂の民衆がこぞって信仰する宗教なんだ。よく分からないよな。ボクは魔法さえあれば充分だけどね。
・ジャンク
死の危機に瀕した時に魔法を使ったり、魔力を大量に消費する魔法を酷使すると得られる力?みたいなものだね。どんな力が手に入るのかは人それぞれだけど、ある1つの魔法に特化するのは確実だね。ジャンクが手に入ると魔法陣や詠唱をいくらしたって他の魔法が使えなくなるんだ。それに戦争でもない限り役に立たない魔法に特化することが多いから、ジャンク品ってことでジャンクって呼ばれてんだ。
ボクは色んな魔法を使いたいから絶対にジャンクにならないよう気をつけてるよ。
・漠軍政
東狂の南西部にある自治区――いや国だね。
数百年前に東狂の西に何があるか知りたかった軍部と、それを禁止した国王が対立したのがきっかけで、軍部がクーデターを起こしたんだ。その時に軍部は関わりのある王国の部署を全部引き抜いたんだ。砂漠の果てに何があるか知りたい軍部と政治家。これが漠軍政と呼ばれる所以だね。よく考もんだ。ちなみに戦争は泥沼化して、世代交代するぐらい長引いたんだ。そしたら漠軍政内でも西方に興味のある奴がとうとういなくなってな、戦うことが目的になったんだ。面白いよな。それを知った代替わりした国王が面倒くさくなって自立を認めたんだ。それが漠軍政。
・軍警
警察組織を置くのをよく思わなかった国王に愛想をつかせた高官が国外逃亡をして、月波
っていうガモしか住んでいない場所にいついたのさ。そこを発展させてカジ王国以外の東狂――つまり、南西部・北東部・漠軍政に軍警と称して警察を置かせたんだ。この時には月波は豊富な資源で力があったもんだからどこも拒絶しなかったって話しさ。
・メイヘム
刻分寺にある新聞とラジオをやってる報道社で、ボクもほんとお世話になってるよ。なにやら記者に可愛い子がいるって噂もあるね。
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