呪法奇伝

深遠なる呪法世界へようこそ。
武無由乃
武無由乃

最終話 呪法奇伝

公開日時: 2023年4月18日(火) 20:47
文字数:6,183

「ふう……」


今日も私はため息をつく。ここ最近あまりにも体調が悪すぎる。

病院にはすでに行っている。しかし医者に原因不明と言われてしまった。

まあ今の仕事の傾向上、こういうこともあることはわかってはいたが……。


……いや。

まずは私の自己紹介をしなければならないか?

私の名は神凪結かんなぎゆう────。本名・結城操。

新進の民俗学ライターである。


私の専門は、民俗学の中でも信仰や伝承────、妖怪伝説などの怪奇関係であり、ついこの間、某出版社の編集アシスタントをへて編集者を経験……その後独立、フリーランスのライターとなったばかりである。

編集者時代は、よく某政治家の悪癖を暴き、ボコボコに叩きのめして辞職に追い込んだ……そこそこ悪名の高い人間であったが。

……もう、そんな自分にとってつまらないとしか言えない事にかかわる事はない。


私は何より、怪奇関係が大好きなのだ!


……でも、そんな仕事をしていると、よく呪いを受けたかのように、急に体調が悪くなることがある。無論、原因不明の……。


そんな私も今日は仕事をお休みし、高校の同窓会に出席してきた。

まあ、体調の悪い時に出るような席ではないだろうが……、せっかく昔の友人に会えるかも知れないのに、その機会を逃すのは嫌だった。

私は重い足を引きずり、人一倍元気なふりをして、同窓生たちとたくさんおしゃべりをした。

みんなとても懐かしく……そして、アイツがいないことは少し寂しかった。


そんな同窓生の中で、一人私の体調の悪さに気づいたものがいた。

その人とは?


「本当に大丈夫か?」


「大丈夫だって」


その人の心配そうな言葉に、努めて笑顔で返す。

いま私は、その人と二人、喫茶店で会話をしていた。


私の体調の悪さに気づいたその人が、私を二次会から解放するために一緒に同窓会を出てくれたのである。

その人の名は……、


「ありがとね。近藤君……」


「いや、いいって。昔……結城に命を助けてもらったからな」


そう、その人とは、かつては不良三人組としていじめをしていた、あの近藤敏明である。

もっとも、あの日、火事から助けられた彼は、まるで人が変わったかのように真人間に変わり、迷惑をかけた人に謝罪……その支持を得て、生徒会を務めるほどの人間になっていたが。


「近藤君……今、介護士なんだって?」


「ああ、そうだ……。茜院って言う介護施設で働いてる」


「そう……近藤君らしい仕事に就いたんだね」


「それは結城も一緒だろ?

フリーライターなんて最高にカッコいいじゃないか」


「いや……まあ、いろいろ大変なことも多いけどね」


「そうか……」


近藤君は嬉しそうに笑う。本当に、彼はかつてとは大違いな真人間になった。もはや誰もクズなんて言わないだろう。


「しかし……、フリーライターになったとたん、がらりと仕事の傾向が変わったみたいだな?

昔は結構、アレな政治家とやりあってたろ?」


「まあね……若気の至りというか……、好きな仕事をやらせてもらえなかった怒りをぶつけてたというか……」


「そうか……お前って、本当に怪奇現象の類が好きだもんな。

……でも、なんでそんなに好きなんだ?」


「はは……それは……」


私はそれから先を言いよどむ。あいつの……矢凪潤の事を思い出して。

近藤君は私と違って、潤の事を覚えてはいない。あの陰陽法師によって記憶を消されているはずだからだ。

だから、火事から自分を救ったのも、私だけだと思っているはずである。


「どうした? 結城」


「いや……そういえばこれから用事があるんだった……。ごめんね今日は……」


「ああ、そうか。いいって恩返しだからな」


近藤君はそう言って優しげに笑う。私は、そそくさとその場を去っていく。

少しため息が出た……。


(潤……今どこにいるんだろ?)



◆◇◆



午後10時を回ろうとしていたころ。私は私が今住んでいるアパートへと足を進めていた。

誰もいない暗い夜道……。ただところどころにある電灯の明かりだけが私を照らす。


「……」


私は不意に、誰かにつけられている気配を感じて息をのんだ。

そいつは、明らかに私の歩調に合わせて、私の後をつけてきている。


(……やっぱ、女の一人歩きは不味いよね)


そんなことを考えながら、この暗い道から明るい市外へ出るべく歩を早めた。


「?」


しばらくすると、何か違和感を感じ始める。

薄気味悪いくらい、全く人通りがない。周囲から人の気配が忽然と消滅している。

無論、私の後をつけている『奴』を除いて。


「これって……ちょっと?」


こんな現象に心当たりがある、本当に久しぶりに経験する異能の気配。


(人払い……)


そう、それはあの『呪術』……。


私は意を決して後ろを振り返る。そして、後ろの『奴』をにらみつけながら叫んだ。


「誰だ!! 出てこい!!」


私の声が誰もいない暗い夜道に響く。それに呼応するように『奴』は現れた。


「え? 近藤君?」


……そう、それは確かに先ほど別れたばかりの近藤敏明であった。


「なんで?」


疑問を頭に浮かべて呟くと。不意に近藤が、私に向かって駆けた。


「く!!」


私は手にしたバックで近藤を迎撃しようとする。

近藤は、その手に見たこともない鋼鉄製に見える手甲を装備しており、それを私に向かって一閃させた。


ズドン!


それは一瞬の出来事……。

私の背後から襲い掛かってきた、漆黒の犬を近藤君が打撃したのである。


「くう?!」


私はその場に突っ伏し呻いていた。


「大丈夫か?! 結城!!」


心配そうな目で近藤が私を見つめてくる。いまいち状況がつかめない。

そんな私を見て、ケガがないことを悟ると、近藤君は自分の背後に向かって叫んだ。


「羽村!! 頼む!!」


(……え? 羽村?)


その名前に聞き覚えのあった私は、敏明君に疑問符を飛ばす。

敏明君は「大丈夫」と呟いて私のそばに跪いた。


「ち……わかったよ」


闇の中から、不意に電光がほとばしる。

それは的確に犬を打ち据えて吹き飛ばしてしまう。


「そいつの前に顔を出すのは……嫌だったんだがな……」


「そんなこと言ってられねえだろ羽村……」


「わーってるよ……」


そんな会話をしつつ、闇の中から現れたのは……。


「え? ……羽村誠?」


「ち……」


羽村は、ぼさぼさの髪を掻きむしりつつ私を見て舌打ちした。


「羽村……誠? あの後いなくなった?」


「いなくなってねえよ!

しっかり森部高校卒業したよ!!

影が薄くて悪かったな!!」


それは確かに、あの、私と潤を襲い、シロウを殺したあの羽村誠。

何が何だかわからず私は近藤君を見つめる。近藤君は苦笑いしつつ「いろいろあったんだよ……」とだけ呟いた。


「でも……羽村? なんか雰囲気が……」


「ち……、やっぱ気づかれるか。

だからいやだったんだ……。昔の『俺』を知ってるやつに会うのは……」


羽村は不貞腐れた表情でそうつぶやく。

そんな彼に苦笑いしつつ肩をたたく近藤君。


「まあ……今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ?

もうそろそろ、奴が来るぞ?」


「そうだな……。

おい結城! そのまま伏せてろ!!」


羽村はかつてとは全く違う乱暴な口調で私に命令する。


「なんで?」


私は思わず立ち上がりかける。その時、


「立つなって!!」


羽村が叫ぶのと、私の頭上を火の礫が通り過ぎるのは同時だった。


「ち!! やっぱり強硬手段かよ!!」


羽村は懐から四角い紙を取り出して、指をそろえると……


「急々如律令!!」


そう叫んだ。

すると、その手の紙が無数の水弾となって闇に向かって飛んでいく。


「これって……呪術……。符術?!!」


まさしくそれは、本職の呪術師が扱う符術であった。


私はあまりの展開に、思考が追い付かなくなっていた。そんな私に闇の向こうから誰かが語りかけてくる。


「やっぱ……本職の呪術師が護衛についていたか……。

どおりで呪いの効きが悪いはずだ……神凪結」


それって私のペンネーム? ……と、こんな状況にもかかわらず考える。


「てめえ……、やっぱ結城に呪いをかけてたのか……。

どこの奴だ?!」


羽村は眼を怒らせて闇の向こうに叫ぶ。


「それは言えんな……。

だが、そいつは相当恨まれてるんで、自業自得だぞ?」


闇の中の声はそう言って羽村に返す。


「何が自業自得だ!!

どうせ、昔、記事でボコボコにたたかれた、どっかの政治家の逆恨みだろうが!!」


その羽村の叫びに闇の声は答えない。

私はその段になって、やっと事態が飲み込めてきた。


私はどうやら、昔叩きまくった政治家の誰かの恨みを買って、呪術師に呪殺の依頼をされたのだろう。

でも私は……、


(潤……)


私は胸に下げている、潤特製のお守りを握る。

それは、潤が蘆屋一族に入った二年後、不意に帰ってきた彼がくれた大切なお守りであった。

このお守りは、実際に呪に対抗する効果をもつ。だから……、


「呪殺が効かない以上……直接ヤルしかないって、依頼人の命令なんでな……」


やっぱり、お守りで守られている私を直接殺しに来たらしい。


「そいつに防御呪をかけてるのはお前か?」


闇の中の声が羽村に向かってそう言う。


「ちげーよ……、俺は何もしてねえ……」


羽村は吐き捨てるように言う。

そんなやり取りを聞いていた近藤君は、手甲を打ち鳴らして闇に向かって叫んだ。


「誰の差し金だか知らんが!!

結城には指一本触れさせん!!」


そう叫ぶが早いか、闇に向かって高速で駆けていく。


「フン……、なかなかの呪物を持っているようだが。貴様は一般人だな?!」


「そうだがどうした!!」


闇の声の嘲笑に、怒りの目を向けつつ拳をたたき込む近藤君。


「一般人が本職の呪術師に抗おうなど!!」


次の瞬間、近藤君が私たちの方へ吹っ飛んできた。


「馬鹿!!

結城のタメって突っ走るな近藤!!」


羽村がそう叫んで吹っ飛んで突っ伏している近藤君のそばに走る。


「でも……結城を守らねえと……」


近藤は口から血を吐きながらなんとか立ち上がる。


「フフ……お前ら……面白いが。俺に対抗できんだろ?」


闇の中の声がそう近藤君たちに笑いかけてくる。


「ち……」


羽村はそう言って舌打ちした。


「そっちの手甲の男は一般人……。

そっちの本職の呪術師らしき男は……あまりに霊力が足りない……」


その言葉に羽村が悔しげな表情を向ける。


「それがどうした……。

確かに今の『俺』は、こんな程度でしかないが……。

手前を退けるくらいなら、どうとだってやりようはあるんだよ」


「ほう……面白い……。

一般人並しかないお前の霊力で、どんな術をつかうって言うんだ?」


羽村は懐から符を取り出して再び起動呪を唱えた。


「急々如律令!!」


再び水弾が闇に向かって飛ぶ。


「符術でお茶を濁すつもりか?!」


「さてな!!」


闇の中から石礫が飛ぶ。それは的確に水弾を打ち落としていく。


「はは!! どうした?! 雑魚めが!!」


「行くぞ近藤!!」


不意に羽村が近藤に向かって叫ぶ。


「おう!!」


近藤君はそう叫ぶと、立ち上がって手甲を打ち鳴らした。


「受け取れ近藤!!」


不意に近藤君がその場から消える。

いや、近藤君の動きがあまりに早くて見えなかったのだ。


「何?!」


闇の中の声が驚愕に染まる。


「喰らえ!!」


近藤君の拳が無数の閃光となって闇に突き刺さった。


「は……はは……どうだこん畜生……」


羽村が、なぜか息を乱しながらそう言う。

その顔は明らかに青ざめて、疲れ切っているように見える。


「くそ……マジ、今の『俺』って貧弱すぎ……」


そのままその場にしゃがみ込む羽村。

その間にも近藤君が闇に向かって無数の閃光を打ち込んでいる。


「がは!!」


とうとう闇の向こうから、何かが砕ける音が聞こえてきた。


「はあ!! どうだこの野郎!!」


近藤君がそう言ってファイティングポーズをとった。


「やったか? 近藤」


羽村が息も絶え絶えの様子でそう言う。


「手ごたえはあった……」


近藤君がそう言って羽村に言葉を返す。

もしかして、私は助かったのだろうか? そう思って安堵したその時……


「なかなかやるな……雑魚ども……」


不意に私のすぐそばから声が聞こえた。そこにそいつは立っていた。

なんとも古風な修験者装束に身を包んだ覆面の男。

そいつは、いつの間にか私のそばにいて、私の事を見下ろしていたのである。


「神凪結……、恨みはないが、死んでくれ……」


そう言って私の首をつかんでくる見知らぬ男。

私は悲鳴を上げることもできず、首つりで持ち上げられてしまった。


「結城!!」


近藤君が慌てて私の方へと駆けてくる。


「畜生!! こんな時に!!」


息も絶え絶えの羽村が私を吊り上げている男をにらむ。

これはダメだ……、その時私はそう悟った。

このまま私は首をつぶされ死ぬ。……そう自覚した。


「死ね……」


男が死刑の宣告を私に告げる。そのまま私は……、


────────。


─────。


───。


「え?」


私は死んでいない。

生きている……。


なんで? そう思ったとき。


<金剛拳>


ズドン!!


不意に私の首の拘束が解けて、男が吹き飛ぶ。


「近藤君……羽村君……。

ごめん、少し待たせた……」


その懐かしい声が背後から聞こえる。

私はこみ上げるものに導かれながらそっちの方に振り返ろうとする。

しかし、


「ごめん……操」


不意に私は意識を失う。おそらく、彼に何かの術をかけられたのだろう。

そのまま、私は何も考えられない闇の中に意識を落としてしまった。



◆◇◆



私は不意に意識を取り戻した。そこは先ほどの戦いのあった場所。


「潤?」


そう言って私は周囲を見回すが……、

そこにいたのは、息も絶え絶えで寝転んでいる羽村と、それを心配そうに見つめている近藤君だけであった。


「近藤君? 潤は……」


「ああ、それは……」


近藤君はそう言って苦笑いを浮かべる。

そんな近藤に代わって羽村が答える。


「あのおせっかい陰陽法師ならもう帰った。

アイツ曰く、もう心配するな……こっちでどうにかする、だそうだ……」


……そうか、と今更ながらに考える。

もう彼は……潤は私とは別の世界の住人なんだと、はっきりと自覚する。


うつむいてそんなことを考えている私に近藤君が笑いかける。


「大丈夫さ……

アイツはいつまでも、お前を見守ってる……」


「そう……だね」


私はそれだけを言葉に出す。

少しだけ心の中が暖かくなった。


「ふう……はあ……。もう屁もでねえ……」


羽村がそう言って近藤君の肩に掴まって立ち上がる。


「大丈夫か羽村……」


「無理はするもんじゃないな……マジで」


近藤君と羽村はそう言ってお互いに笑いあう。

だから私はこういったのだ。


「ねえ……近藤君、羽村君……」


二人がびくりとなって私の方を見る。


「何がどうなって、そんなことになっているのか。説明をしてほしんだけど?」


「そ……それは……」


二人はうろたえつつ、私から離れるように後ずさる。


「ていうか……取材させて!!

あんたたちのその異能にとっても……とっても興味が出たんだけど!!」


私のその言葉に、ついに二人は一目散に逃げだした。


「コラまて!!」


「まずい!! 逃げろ!!」


近藤君がそう叫んでその肩に羽村を背負う。


「くそ!! だからいやだったんだ!!」


近藤君に背負われながら羽村が悪態をつく。


「おい羽村!! 逃げるための術はないのか?!」


「いや!! 無理だから!! 屁も出ねえって言ったろ!!」


そう言いあいながらあたしから逃げる二人。

でも私は逃がさない。


「コラ!! お前ら!!

取材!! 取材させろ!!」


私は逃げる二人を追いかけながらそう叫ぶ。


「くそ……人助けなんてするもんじゃねえな……」


羽村はそう言って疲れ切った笑いを浮かべた。



今夜の私たちの追いかけっこは、まだ始まったばかりである────。




『呪法奇伝』────完。



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