天撃のクリーパーズ・クロウラーズ

―地を這いずる者たちの銃&カラテ・アクション!―
陸 理明
陸 理明

仕込みの時間

公開日時: 2020年9月29日(火) 20:00
更新日時: 2021年2月6日(土) 19:46
文字数:3,880

  

 

「セーギ、聞こえていた?」

「ああ」

「誰かがショットガンをぶっぱなしたみたい。弾の種類はたぶんダブルオーバック」

 

 ネルは発射音だけで弾丸の種類を聞き分けることができる。

 それだけの知識を有しているのだ。

 そして、おれたちはつい数分前にその散弾を発射できるショットガンを目撃していた。

 

「あの雑貨店のおじいさんね。あそこで何かがあった。だから、ショットガンを撃って、それを聞きつけて〈恐鳥〉がUターンをしたんだ」

「こっちもやろう。引き返せ」

「もうやってる!!」

 

 ネルはサバーバンを一気に減速させ、右方向にハンドルを半回転くらい切った。

 横へのGがかかった瞬間にクラッチを切り、同時に手元のサイドブレーキを手早く強引に引く。

 すると、後輪がロックされ、車が横にすべり始める。

 サイドブレーキを引いたまま、完全に180度回りきったところでもう一度アクセルを踏みつけて加速。

 サイドターンに必要なのはリズムであり、タイミングさえあえば力はいらない。

 このサバーバンはネルの要請に従って、サイドブレーキの効きを強くしてあり、フルタイム4WD車のように前輪がロックされない。

 ドライバーがタイミングよくフットブレーキまで軽く踏むことで、荷重が前に傾き、後輪がうまくロックするのは、グリップ力を失っているおかげである。

 いわく初歩的なドライブテクニックだが、ネルは完璧なタイミングでこなし、車はそのまま再びさっき出発した雑貨屋のあるメインストリートを疾走し始めた。

 横Gを受けながらもおれの眼は警戒を怠らない。

 さっきウインドウに突っ込んで来ようとした“禽”の仲間がいないとは限らないからだ。

 むしろ、一羽しかないと考える方が楽観的すぎる。

 あのサイズの“禽”ならば数匹単位で群れをなして飛行している可能性の方が高い。

 

「こっちでもぶっ放したのにどうしてあっちに反応したんだ?」

「鳥だから三歩で忘れるのではないかしら」

「だったらどれだけ面倒が減ることか」

「マジレスすると、あいつらが狙う基準の中でも長物ってけっこう上位になるのよ。順番にすると、ライフル、ショットガン、ハンドガンかしら。どうも銃声を聞きわけているようね」

 

 脳裏に故郷のことがちらっとよぎった。

 日本には自衛隊と警察を除けば、ほとんど銃器は流通していない。

 民間では特定の反社会的組織(例えば暴力団)に属しているものと趣味の延長で猟をするものぐらいだ。

 そのせいもあってか、〈眷族〉たちの襲撃は他の諸国と比べて微々たるもののようだった。

 先進国では最低レベルの被害とも聞いている。

〈天崩壊〉から一年。

 銃器と〈眷族〉の関係には誰もが気づいていた。

〈眷族〉がまず優先して襲うのが銃を所持し、引き金を引くものたちだということも。

 アメリカは銃器大国であり、身を守るために他に比類のない数の銃の普及のせいで、世界中のどの国よりも〈眷族〉に蹂躙をされつづけている。

 皮肉なことに銃による犯罪が多発し、それから身を守るために同じように銃で武装した、自分の身は自分で守るという建国からの理念によって、アメリカは徐々に死にかけていたといっても過言ではなかった。

 ネット上の分析では、全世界に出現する〈眷族〉の約三割が北アメリカ大陸に集中しているのではないかという結果も出ているのである。

 

(―――だったら俺の家族が危険にさらされるということはないな)

 

 むしろ、彼自身が最も危険な地帯であるアメリカにいて、誰よりも命の危機に晒されているといっていい。

 

拳銃ガンよりも長物ライフルか」

「〈眷族〉が狂ったように襲うのはそっちみたいね」

「……正確にいえば、それを撃つ奴なんだろうな」

 

 ほんのわずか会話している間に、サバーバンはさっきまで停車しておいた通りに戻る。

 一端停車をする。

 先行していたはずの〈恐鳥〉の巨体はすでに雑貨店にとりついていた。

 七メートルある〈恐鳥〉の頭が二階に位置する窓のあたりに突っ込まれている。

 木材でできた壁程度では人間を一飲みできるほどに大きく、殺傷力抜群の鋭すぎる嘴の一撃には耐えられない。

〈恐鳥〉が頭を上下にふるだけで、雑貨店の外壁が音を立てて切り裂かれていく。

 大きく穴の開いた雑貨店の入り口から人影がまろびでてきた。

 おれたちは眉をひそめた。

 ついさっき一緒にいたものたちではなかったからだ。

 薄汚れた革ジャンを着た男たちだ。

 まったく見覚えがない。

 手には拳銃を握っていて、無駄でしかないのに〈恐鳥〉めがけて発射した。

〈天崩壊〉後の世界の法則に従い弾丸は発射と同時に地に墜ちる。

 それでも引き金を引きつづけ、弾倉が空になった時点でようやく止める。

 完全に恐慌状態にあるようだった。

 巨大な怪物そのものの〈恐鳥〉の襲撃による単純なパニック状態だった。

 革ジャンの一人に目掛けて〈恐鳥〉の太い足が振り下ろされ、爪が胴体を貫いた。

 背中の骨が凶悪な方向に曲がる。

 それだけで断末魔の叫びを発する男。

 もう一人を今度は嘴が捕らえた。

 ハサミに切られるような痛みの中、一気に何メートルも高みに持ち上げられ、力任せにアスファルトの路上に叩き付けられる。

 腕がちぎれ、内臓が破裂した。

 カワセミなどの鳥類の一部が獲物を大人しくさせるための生態と酷似していた。

 獲物を痛めつけることで食べやすくするんだそうだ。

 最後の一人は全速力で逃げ出そうとしたが、いかんせんサイズに差がありすぎたうえ、〈恐鳥〉の一飛びによって容易く追いつかれる。

 器用に右の足で一人を掴みながら、左の足と爪で逃げる男を後方から踏みつぶす。

 ほんの一瞬の動きで三人の男たちを蹂躙した〈恐鳥〉は、路上で痛みのあまりに動けなくなっている男を摘まみ上げて、ぷちんと嘴の先端で頭を潰したうえで呑み込んだ。

 ごくりという咀嚼音がした。

 目の前で人間が喰われるという光景を目の当たりにして、さすがのおれも怯んだ。

 もう慣れてしまっているとはいえ、やはり恐ろしいものは恐ろしいし、胸糞悪い光景であることは疑いの余地がない。

 

「―――あそこ。さっきはなかった車が横転してる。あの連中……きっと武装暴走族ね」

「さっきまではいなかったよな」

「わたしたちがでていったあと、ほとんどすぐにやってきた。それから、雑貨屋のおじいさんがショットガンを思わず撃ってしまうような何かをやらかしたのね」

「強盗かそのあたりか。ゴロツキめ。……そういえば、さっき“禽”がすぐにやってこなかったのは、もしかして町のどこかであいつらを探していたからかもな」

 

 旅の中で〈眷族〉だけでなく人間で構成された脅威とも遭遇したことがある。

 おれたちみたいにアメリカを放浪しているようにみえてまったく異質の現代の山賊が―――武装暴走族。

 何度か交戦したこともあるので、その異常なまでの民度の低さも体験している。

 銃をぶっぱなせば〈眷族〉をおびき寄せることになるとわかっているはずなのに、考えなしに乱射して騒ぎを起こすような理性の欠けた人格が多いことも。

 きっとあの雑貨店でも何かしらしでかしたのだろう。

 

「セーギ、オウマタイムまでまだ時間がある」

「気にするな。雑貨屋のじいさんとお孫さんには少し世話になったし、助けに行くことには賛成する」

「……武装暴走族の方も頼める?」

「〈眷族〉に襲われている人間ならなんでも助けなくてはならないあんたの心情はわかっているつもりだよ」

「お願い」

 

 ネルはアクセルを再び踏み込んだ。

 エンジンが爆音を発する。

〈恐鳥〉に存在を誇示するための無謀な行動だ。

 こうすれば化け物はもう一度おれたちへと注意を向け直すだろう。

 さらに車よりも銃火器の方を重視する〈眷族〉の習性を利用するため、助手席から腕を出しておれはM66を撃った。

 おそらく本能的に食事よりも銃火器の所持者を狙うことを優先すると言われている〈眷族〉が見逃すはずがない。

 羽ばたけない羽根なし前肢をステビライザー代わりにして跳んでくる。

 サバーバンが間一髪でその下を走り抜けた。

 エンジンとタイヤさえ温まっていればそのぐらい造作もないようだ。


 雑貨店の脇を抜けると、ほぼ半壊状態になっているのが見えた。

 すこしだけ世話になった祖父と孫娘の顔を思い出した。

 無事でいてくれるだろうか。

 もう会うことはないが、袖すり合った多少の縁を想う。

 

「さっき衛星写真でみたけれど、町の中央にセントラルトランジットがあるの」

「丸くなってて、何本も道が伸びているアレか?」

「ええ」

「そこで回ってくれ。おれは飛び降りる」

「オウマまであと二分。わたしが準備するまでいけるかしら?」

「努力する」

 

 加速するサバーバンはすぐに町の中央部にある八方向に道がのびている場所に出た。

 信号はないが、この道を経由して住民たちが東西南北を行き来する町の中心部だ。

 トランジットは入り込んで、一気にくるりと回転して九十度ターンする。

 追ってきた〈恐鳥〉はその転換に戸惑い、真ん中にある噴水に激突した。

 あの程度で死んでくれれば苦労はないのだが、町のシンボルであった石像を破壊しても傷らしいものもついていない。

 それでも、なんとか動きは止まった。

 

「よお」

 

 おれは左にS&W M66を持って〈恐鳥〉の脚元から見上げた。

 はるかに背の高いバケモノ鳥と対峙しても、すでにおれは怯えていなかった。

 もう慣れた。

 というのと、自分よりデカい相手に対しておれは恐怖というものを感じにくい異常者なのだろう。

 それに稼ぐ時間はほんのわずか。

 やってやれないことはない。

 

「一緒に組手でもしようか」

 

 受けから反撃するために後ろ足に八割の重心をおき、横幅は一直線上に立ち、体の向きは半身にする。

 後屈立ちになり、拳銃を手刀受けに構える。


 さて、いかせてもらうとしようか。

 

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