雑多な木材が太い釘で乱雑に打ちつけられ、過剰なまでに厳重に閉められた窓が、外側から受けた衝撃で大きな悲鳴をあげた。
隙間から差し込む夕陽の紅い光まで禍々しい。
屈強な男たちが丸太を抱えて内部から支えているおかげで軋み声を上げつつも窓が開くことはなかった。
「こらえろ!!」
「無理だ!!」
「やってみろよ!! ものすげえ力なんだよ!! これ以上もたねえ!!」
涙さえ混じりそうな悲痛な訴えをかき消すように、何度も何度も強い衝撃が襲ってきて、そのうちに小さな隙間が弾けるに広がっていく。
大きく堅いものが執拗にぶつけられ、補強している木材が抉られていくのだ。
男たちは疲れを知らぬように加えられる衝撃を抑えきれなくなっていた。
このままではあと数分ももたない。
時折聞こえてくる耳障りな鳴き声も神経を削っていく。
「玄関の方は!?」
「あっちは鉄でできてる。いくらなんでも破れやしない。あいつらは窓が弱いってわかっているからつっついてきやがるんだよ!!」
「だけどさ、ここが破られたらどのみちやばいぜ。あいつらのちっちえのがわんさと入り込んでくるぞ!!」
「だから必死こいておさえてんだよ、このボケが!!」
「なんだと!!」
「バカなこと言いあって力を緩めるんじゃねえ!!」
だが、どんなに必死になって窓を押さえていてもこのままでは破られるのは時間の問題だ。
そうなったら、この雑貨屋の広くもない店内は雪崩れこんできた〈眷族〉によって蹂躙されるに違いない。
外部から入れないように締め切るということは、内部からもすぐには脱出できないということに等しかった。
一か所でも穴が開いたら、処女を失った女と一緒で侵入者を止める術はない。
ガチャリ。
さっきまで奥に消えていた老人が戻ってきてショットガンを構えた。
レミントン・アームズのM870。
ただの雑貨屋に置いておくにしては物騒な品物だった。
「わしの店に入ってきやがったらこれでぶっ殺してやる! 末期だったがベトナムでも戦ってきた、わしのテキサス魂をみせてやらあ!!」
老店主の眼は血走っていた。
我が家を踏みにじられて黙っていられるタイプではないのだろう。
その老店主に、部屋の隅で壁にもたれて震えている若い女が言った。
「無理だって…… 銃なんて今の世の中じゃ何の役にも立たないって。ねえ、おじいちゃん!!」
「馬鹿を云え。弾が当たれば、あいつらだって死ぬってことはわかってんだ。当てればいいのよ、当てれば」
「どっちが馬鹿なのよ、おじいちゃん……!!」
孫娘の必死の制止は届きもしなかった。
それだけ頭に血が上っているのだろう。
必死に丸太を抱えていた男の一人が叫ぶ。
「あんたの孫の言うとおりだぜ。そりゃあ、確かに弾が当たれば殺せるらしいけどよ―――あいつらが飛んでいる際中に接射できるほどの眼と腕があんたにあんのか! せめてオウマタイムまで待った方がいいって」
「それに言っただろう。俺たちゃ、町の反対側に“禽”だけじゃなくてもっとやべえ〈恐鳥〉までうろうろしてんのをこの目でしっかり見てんだよ。下手したらあいつまでやってくる。そうしたら、こんなボロ店は3秒でぶっ壊されるぞ!」
「だから、うるせええええっ! 窓が破られたところで銃口を押しつけて引き金をひきゃあいいだけのこった! てめえらは黙ってみてやがれ!」
「無理に決まってるじゃねえか。ピッタリだぞ。ピッタリ銃口を押しつけなきゃならねえんだ。できっこねえ。それよりあんたも手伝えよ。こいつを中に入れねえように粘った方がなんぼかマシだって!」
「もうすぐ窓ごと破られそうだから言ってんだろうが、このうすのろどもめ!―――見てろよ、化け物鳥どもめ。アメリカをなめんじゃねえぞ……」
じりじりとショットガンを構えながら老店主は激しさを増して軋りつづける窓へと近づいていく。
男たちは銃口を避けながら、なんとか力の限り丸太で支えつづけた。
無理に老店主を押しとどめる気にはならなかったようだ。
もともと殺傷性の高い銃の前に立ち塞がる気にはなれなかったのだろう。
老店主が窓の前に立った。
ショットガンを構える姿はなるほど堂にいっている。
元軍人というのは嘘ではないようだ。
ひと際大きな音がして、建物そのものが振動で揺れた。
外からぶつかってくるものがどれだけ大きいのか、その場にいた誰もが理解した。
少なくとも車以上の大きさがなければボロとはいえこの雑貨屋の建物そのものがゆらぐことはない。
店内を諦観が支配する。
おそらく次の一撃でこの窓はつっかえ棒ごと吹き飛ぶ。
もうおしまいだ。
この場にいる全員の顔が青ざめる。
老店主だけが怯えながらもショットガンを構えつづけていた。
もっとも補強が薄くなっていた真ん中の部分がついにひび割れ、巨大な何かの塊が轟音とともに顔を出した。
それが鳥の嘴であることを皆が理解していた。
人の頭を丸かじりにできそうなほどに巨大な嘴。
割れ目のように開いた口から覗く鋸状の乱杭歯は生き物の皮膚など撫でただけで切り裂いてしまいそうだ。
今のアメリカ人―――いや、世界中にいる誰もがわかっている。
この世界の主人はすでに人間ではないということを。
このデカすぎる嘴を持つ“禽”こそが万物の霊長なのだと。
「うわああああ!!」
老店主以外のものたちは弾かれたようにへたりこんだ。
轟音が響く。
M870ショットガンのハンドグリップが後ろにスライドするポンプアクションで、空の薬きょうが真下に排莢される。
ほぼ同時に銃口からもポトポトと黒っぽい粒が落下した。
ショットガンの実包に詰められていたはずの散弾だった。
発射された瞬間に無意味となりただのゴミになったのだ。
老店主の意地はこの世界においてはまったく報われることなく終わる。
銃という今となってはほとんど無意味な道具の支えがあったおかげで、老店主だけは辛うじて立っていられただけなのだ。
そして、無駄な意地を張ったために、ほんの数秒後には確実に死ぬことになるだろう。
〈眷族〉どもは目の前につっ立った不用心な餌を見逃すことはほとんどない。
しかたなく、おれは飛び出した。
握りしめたS&W M66・6連発の回転式拳銃の安全装置を外して、鈍く光る照星のついた銃身を、勢いよく上下に開いた巨大な嘴の中に突っ込む。
噛まれたら終わりだが、そこしか狙う場所がないんだよ。
まあ、基本的にこいつらの歯は死んだ獲物の肉を噛みちぎる際に使うものなので、これを使ってどうのこうのといったアクションをあまりやらないのは経験上わかっている。
2.5インチの銃身長の先端が“禽”の喉の奥にぶつかった。
同時に引き金を絞る。
弾丸が火薬によって飛んでいく、ようやく慣れてきた感触。
1発では物足りないので、あと3発程おまけしておく。
おれが受けた講義によれば、銃器メーカーのスミス&ウェッソンが.357マグナム弾とかいう恐ろしく強力な弾丸を発射するために開発されたM19を加工しやすいステンレス鋼で製作したものだ。
M19は映画「リーサル・ウェポン」でダニー・グローヴァーが使っていておれも観たことがある。当時はそんな知識は欠片も持っていなかったけれど。
おれのM66に装填してあるのはその.357マグナム弾なので、軟らかい口内でぶっ放されれば顔面がまるごと吹き飛ぶことになるから、いかに図体ばかりでかくて鈍い化け物でも間違いなくくたばれる。
生き物の肉の内側でならば弾丸はその本来の殺傷力をあますことなく発揮できるのだ。
断末魔の痙攣を皮膚で感じる。
“禽”の口中から強引に右手を引き抜いても噛みつかれたりはしなかった。
嘴をこちら側に突っ込んだまま、〈眷族〉は完全に動かなくなった。
化け物だからたまに反射的に死骸が動き出すこともあるので、そのあたりの用心は怠らないようにする。
おれの故郷でいう残心という奴だな。
振り向くと、老店主が眼を丸くしていた。
彼の指は引き金にかかったままだ。
ポンプアクションのおかげでM870の薬室には次弾が装填されているはずだが、さっきのようになるから怖さはまったくない。
それよりも老店主は、おれがどこからやってきたのかわからず、きょとんとしているようだった。
店の外で何か重いものの倒れるような震動が足の裏から伝わってきた。
頭を弾丸で吹き飛ばされた“禽”がぶっ倒れた音だ。
ようやくか。
デカい図体に似合って鈍い奴だったな。
「なあ、さっさと穴を塞がないと別のやつが嘴を突っ込んでくるぜ。その丸太でもなんでもいいから急げよ」
おれは呆然としている連中に声をかけて、破られた窓の補強を促した。
銃声を聞きつけた同族どもがやってくる可能性が高いことはわかっているだろうし、さっさと次の行動に入った方がいい。
“禽”の涎がべっとりとついた回転式拳銃の弾倉に弾丸を補充していると、奥から人影が一つやってきた。
こいつを見て、さらに店内の連中は驚く。
それはそうだろう。
おれもこいつもさっきまではここにいない顔だったのだから。
それが店内に急に現れたからびっくり仰天といったところだ。
「―――セーギ、早くM66のバレルを拭ってしまいなさい。変な粘液がついていると不発の原因になるんだから。いい? 銃器って本当はガラス細工のように繊細なものなの」
「わかってるさ。ガミガミいうなよ。おれの国じゃあ日常的に銃なんか使わないから手入れの仕方がよくわからないんだ」
「まったく。日本人は銃を怖がってばかりいないで、もう少し扱い方を学んでおいた方がいいわね」
鍔広のトラベラーズハットと漆黒のダスターコート、レースアップのウェスタンブーツというあたりはいかにも西部劇な恰好のカウガールだったが、身体にぴったりとフィットしたSF映画にでも登場するような近代的なデザインのボディスーツをまとっている。
さらに自分の身長とほぼ変わらない全長のスナイパーライフルを背負い、装飾品の域を越えたゴツいブレスレットなどを身に着けている恰好は、あまりにも異質だった。
胸にはワンポイントの異彩を放つ拳大の紅いブローチをつけているのが逆に目立たないほどだ。
もっともそのスタイルよりも、豪奢な金髪を三つ編みにして左右から回してピンで整えただけの雑な髪型の下の、ネオンブルーの瞳、すっと通った鼻筋は彫刻のようで、口元は筆一本で描いたと言っていいほどすっきりとした美貌の方がむしろ場違いそのものであるかもしれない。
服装全体のいかにも荒涼たるイメージとは裏腹の、上流階級のお姫様じみた品の良さが漂う古典映画のピンナップのような雰囲気を漂わせている。
こいつの名前はヴァネッサ・レヴェッカ・クレイン―――おれを旅の道連れにしている少女であった。
「―――ここは商店なのでしょう? とりあえず、お水をくださいな。もちろんカードは使えるのでしょうね?」
つい最近までガソリンの給油の仕方も知らなかったというお嬢様らしい発言だった。
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