啓示 近江教授 金本との会話 虚偽
金本の弟が無線で、近江にこちらの状況と、直接会いたいという事を伝えている間、杉崎は部屋の外に出ていた、目まぐるしく変化していく状況を整理したかった。
家に面した道路にはほとんど車や人通りはなく、杉崎は道路の中央で大きく背伸びをした。
その時、杉崎が強烈な吐き気とめまいに襲われた。
「うっ、くそっ、こんな時に」
リーチが啓示を受ける際、金本のようにいつの間にか自分の頭に記憶があるみたいなケースがほとんどだが、杉崎は違った、啓示を受ける直前に強烈な吐き気とめまいに襲われるのである。
道路の中央でうずくまる杉崎、その時ちょうど星野が杉崎を呼びに家から出てきた、
「杉崎さん!どうしました!?返事できますか?」
「ああ、大丈夫、すぐに治まる。ありがとう」
二人は家に戻り、杉崎は先ほどまで金本弟が座っていたアームチェアで休むことにした。
間もなくして星野が水の入ったペットボトルを杉崎に差し出し、
「啓示ですか?びっくりしました」と話しかけた。
杉崎は「本当に気持ち悪い、最悪だが、もう大丈夫」と言いながら水を飲んだ。
「近江七瀬、会ってくれるそうです」
「そうか、しかし、金本はいったい何をどこまでつきとめていたんだ」。
2人は思わぬ大物との接触に、驚きながらも真相に近づく手ごたえをたしかに感じていた。
星野が車に乗り込み、杉崎を待っている。表では杉崎と金本弟が話しをしている、
「本当に一緒には行かないのか?」
「はい、これから兄の葬式やらで忙しいので、それと、親父の仕事を継ごうと思ってます」
金本と正反対の、細い体でそう話した弟に、最大限の敬意の念を抱き杉崎と星野はその場を後にした。
帰りの車内、星野が唐突に話し出した、「僕は金本さんの事が好きでした。僕がこんなポストについているから職員のやつらは当然面白くない目で見てくるし、リーチの皆さんは僕のことを煙たがっていました。そんな中、金本さんだけはいつも同等の一人の人間として接してくれました。くちは悪いけどね、、友人になりたかった」。
杉崎は黙って聞いていたが、自分と同じ気持ちの人間が居たことが嬉しかった。
2025年12月19日
防衛省本部ビル、2025年最後の会議が行われた。
金本の座っていた席には、およそ20代で大人しそうな男が少々戸惑いながら着席していた。
進行役の男がいつものように話始めると、やはり新入りはタブペンを探している、
それを見て杉崎は自分がそうしてもらったように、若い男にペンが無いことを教えた。
今回杉崎が記入した啓示は、国内の高齢者による暴走事故(社会現象になるような大きなものも含めて13件)と南米の列車事故、一定の損害が見込まれるハッキングと情報流出。
最後に、建設現場でのクレーン転倒事故(2人死亡)だった。
この日の会議は何事もなく淡々と進み、それぞれが日常へと戻っていくのであった。
会議から4日後、強い雨が降りしきる中、杉崎の家の前には星野の車が停まっていた。
杉崎が走って車に乗り込む、
「くそ、凄い雨だ、おはよう」
「おはようございます、少し時間かかるので寝ていても大丈夫ですよ」
「茨城の大学か、遠いな、文句は金本に言おう」
もし、この場に金本がいたらうるさくって耐えられないだろう、などと冗談話しをていると、自然と二人の緊張はほぐれていった。
茨城県つくば市にある某国立大学、二人はようやくたどり着いた近江のいる研究室のドアをノックした、するとすぐに近江が返事をした。
「どうぞ、入ってくれ」
二人は部屋に入るとそれぞれの紹介をした後、会ってくれた事への感謝と、金本の最後についてを近江に話した。近江は忙しい身であるのにもかかわらず、しっかりと話を聞いていた。
近江は話を全て聞き終わると、「金本め、下手な事はするなと忠告しておいたのに、どうしよもない奴だ、、まったく、惜しいやつを失った。楽しみが減ってしまったじゃないか」
と感情をあらわにして金本の死を惜しんでいた。
「近江教授、単刀直入にお聞きしたいのですが、金本と何を話していたのですか?」
「ああ、星野さん、あなたは政策局の人だったっね、まあそう焦るんじゃない、まったく役人というのは答えだけをすぐに知りたがる、まあいい時はそれでいいんだが。
少しは金本との思い出話をさせてくれ、とはいっても無線でのやり取りしかないがね」。
教授は二人を研究室の丸椅子に座らせて、小型の冷蔵庫から出したペットボトルの水を差し出し話をはじめた。
「金本とはじめて会話をしたときに、私は自分の人生、すなわち研究に嫌気がさしていた、
これまでにしてきた研究には満足していたし、世間様にも認められた。
だけどね、たった一つの真実に触れたとたんに終わってしまったんだ、まあ研究者にはよくあることなんだよ。
自暴自棄になっていたそんなときに、若い頃の趣味だったアマチュア無線で気を紛らわしていた、誰でもいいから自分が居るこの世界と違った世界の人間と関わりたかった。
そこに現れたのが金本だった、奴は私と話をはじめると、まるで子供のように自分の事だけを話し始めた、無線でそんな事をするなんて後にも先にもやつくらいだ。
最初はあまりにぶしつけでうるさいやつだと思ったが、聴いているうちに不思議と嫌な感じは薄れていき、最後はやつの話に聴き入ってしまっていた」。
「近江さんは釣りの疑似餌ってのを知っているかい?疑似餌ってのはもちろん、魚を釣り上げるときに使う魚に似せた針なんだが、こいつがまったく面白いもんでさ、日々進化していくんだ。今日はこの色がいいとか、この大きさがいいとか、新作が出たり、流行があったりその時その場所でころころ変わってきやがる。いかにその時の状況に合わせることが出来るかが大事になってくるんだ」。
「私はそんなとりとめのない話が好きで、何度か金本とやり取りをした。
何回か話しているうちに、私の話が中心になっていたんだが、
私はいつの間にかやつに心を許し、ウィルス研究についての悩みを話していた」。
近江教授は星野の顔をうかがいながら、「心配はいらない、リーチの話はしていないよ、もちろん私の経歴もね」と言いまた話し始めた。
「私がウィルスの研究をしていると言うと、やつは急に真面目な口調になり、その件について出来るだけ私の立場を悪くしないように気を使いながら質問をしてきた、その後のやり取りでやつがリーチであることがわかった私は忠告した、あまり首を突っ込むなと」。
私から君たちに話す事は以上だ、話しすぎて疲れたよ、少し休ませてくれ。
と言って背もたれに体をあずけて目を閉じた。
「ちょっと、待ってください、そんな思い出話を聞きに来たわけじゃない!ウィルスの件はどうなりました?金本と何を話したんですか?」
杉崎が立ち上がり教授に言い寄ろうとした時、星野の携帯電話が鳴りだした。
「星野です、はい、一緒です。はい、本当ですか!?はい、すぐに戻ります」
星野は電話を切ると、今までにない険しい顔をしていた。
「杉崎さん、なぜですか?なぜ虚偽の報告なんてしたんですか・・・」
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