ストーンエイジ

文屋 たかひろ
文屋 たかひろ

金本 大

公開日時: 2020年10月9日(金) 00:25
更新日時: 2020年10月13日(火) 07:20
文字数:2,147

金本は、千葉県にある漁村で金本大は生まれ育つ、地元の高校を卒業後進学はせず、家業である漁師にもならなかった金本は、内房の海沿いにある製鉄工場に身を置くが、丁度3年で退社し長距離のトラックドライバーに転職する、そして転職と同時にアマチュア無線技工士の免許を取得した。(振り返ると、高校卒業後に就職した工場はアマチュア無線の勉強と無線機などを購入する準備期間だったのだろう)

アマチュア無線へのこう言った熱意や原動は、幼い頃船に乗せてもらった際、父が操舵室で舵を切りながら漁業無線を使っているのに憧れを抱いていたからだった。これは金本自身、仲間にそう打ち明けていて、無線を触っている時はいつも子供のように楽しんでいたらしい。アマチュア無線は金本にとってはかけがえのない物だった。

 

 金本が初めて啓示を受けたのは、杉崎と出会う4年ほど前の時だった、最初はニュースを見ていて「あれ?これ前にもあったな」みたいなデジャブと呼ばれる現象に近かったが、幾度も繰り返すうちにそれは確かなものに変わっていった。

(これは、人が自分の誕生日を憶えている状態に近い感覚で、それがいつの間にか頭の中にあると言った感じだった)。

 人はこのような超特殊で、周りと共感する事が出来ない異常な事態に置かれてしまうと、それまでと同じ生活を送る事は出来なくなってしまう場合があり。金本も例外では無く、運送会社を退職し、ひとり閉じこもり無線だけが唯一の支えになっていた時期があった。 アマチュア無線を通して、仲間が話しているのを、ただ聞いているだけの日々が続き、家の外に出たとしても、それは腹を満たすためだけ、が目的だった。

そんな中、金本に防衛省から直接の呼び出しがあったのは、退職して2年程経つ頃だった。 

 防衛省の人間が金本のところに現れた時も、昼食を買った帰りでの事だった、自宅の前に銀色の国産セダンが2台縦列にとまっていた、この町の風景に似合わない車と背広を着た男たちを見ると、金本はこの男たちが誰で、何をしたいのかがすぐに分かった。以降、金本はリーチとして防衛省の監視下に身を置くこととなる。

 


 

  2025年

 11月も終わりに近づくと、杉崎は金本の住む千葉県南部に向かう列車に乗って、景色を眺めていた。コンビナートに立つ煙突はなぜか心を落ち着かせ、このところの苛立ちや不安を僅かでも忘れることが出来た。

金本に教えてもらった駅で降りて、タクシー会社を探すと、50メートルほど離れた民家の軒下にタクシーのりばと書いてある看板をみつけ、そこから漁港にたどり着くことが出来た。

漁港に着くとすぐに金本の姿が見えた、会議で顔を合わせる時はいつも態度がでかく、乱暴に見えていたが、今日に限っては、どこか冷たく偉大な海原の前で、とても小さく無力な自分と同じ一人の人間だと感じるのだった。


先に声をかけたのは杉崎の方だった。

「思った以上にいいところだ」

「ああ、最高だ。ほら、あそこにあるのがうちの船だ、ガキの頃はよくあれに乗せられて海に出てた。もちろん漁が終わってからだけどな。その時は親父の後を継ぐもんだとばっかり思ってた」

「継がなかったのか?」

「継がなかったなぁ、、いつからか、俺が継ぐことで親父が引退しちまう、なんて思ってたんだ。いつまでも親父が現役でいてくれる、なんて余計な事考えるようになった。本当に親父が船から降りる事になったら、そん時は俺が助けてやるんだ、なんてバカだよな、、

どのみち、仕事辞めることになるんだったら少しでも親父と仕事してればよかったよ。」

自らを責める金本の唇は、たしかに震えていたが、それを隠す様に寒がるふりをしてこう続けた、

「杉崎、この前の会議の時のこと覚えてるだろ?」

「ああ、人が死んだ」

「そうだ、あの時の死因はウルチエウィルスだったことが分かった。やはりこのウィルスが関係してるのは間違いない。そこでだ、まずウィルスの権威である近江教授に会いに行ってほしい、ずっと調べてやっと掴んだ情報なんだ、頼む。」

と言ってメモの端切れを杉崎に手渡した。

金本は失業中、何もしなかった訳ではなかった。トラックドライバー時代に広げた人脈は、全国に広がっていて、さらにその属性は多岐にわたっていた。


「まってくれ、なんで自分で行かないんだ?別に二人で行けばいいじゃないか?」

「もちろんそうだ、行くべきだ。ただその前にもう一つ大事なことを話しておきたいんだ」

杉崎はこの時、前にも味わったことのある違和感を感じていた。

「それはな、、」

「ちょっとまてっ!」

杉崎は止めに入ったが僅かに遅かった、金本が話そうとしたその瞬間、顔面は硬直し、みるみる顔が紅潮しはじめると、次の瞬間には目と耳から血液が流れてくる。あの会議の時と同じ状況だったが、手のひらだけは違っていた、まるでこうなる事を予想していたかのように自分のズボンを強く握っていた。

それは、一緒にいる杉崎を傷つけないよう気を使っているようにも見えた。


ほんの一瞬だった、「金本、死んだのか?」


言葉はただこの一言だけだった。

杉崎はただ、その場で立ち尽くし、リーチとして話ができる唯一の存在を失う悲しみと、目に見えぬ恐怖とに押しつぶされそうになったが。この時杉崎の中には沸々と湧きあがる怒りも同時に芽生えていた。



ウィルス研究者の名前を修正しました

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