「……白石城下に入りましたね」
「仙台藩の南の要衝……」
楽土が厳しい顔つきになる。
「楽土さん、そんなに怖い顔をしないでくださいな」
馬を曳いて歩きながら、藤花が振り返って笑う。
「い、いや、警戒するに越したことはないかと……」
「逆に警戒される羽目になりますよ」
「はあ……」
「それともまだ傷が痛みますか?」
「え?」
「私が肘鉄砲を食らわした背中……」
「ああ、文字通り、鉄砲の鉛玉を食らいましたね……」
楽土が背中をさする。
「どうですか?」
「玉は取り除いてもらいましたが……」
「まだ痛みが残るような気がしますが……」
「それは大変なことですね、技師さん」
「え?」
二人の間を歩く技師が顔を上げる。
「話は聞いていたでしょう? 痛みが残っているそうです」
「そんな馬鹿な、修理は完璧だった……!」
「もう一度お願い出来ますか?」
「いや、そんな……」
「……」
藤花がじっと技師を見つめる。
「……分かったよ。こっちだ」
技師が先を歩く。ある大きな商家にたどり着く。
「こ、ここは……?」
楽土が周囲を見回す。技師が家の入口から戻ってくる。
「……付き合いのある商家だ。ここの離れを自由に使っていいという」
「それは何より……」
藤花が頷く。
「ここだ」
「ふむ、悪くない……」
「ほう……」
馬を預けた藤花たちは離れに入る。
「う~ん!」
藤花が部屋で寝そべる。
「宿を探しているなら、そう正直に言えば良いだろう」
技師が呆れながら腰を下ろす。
「普通の宿だとまた襲撃される恐れがありますからね」
「そ、そうですか?」
「そうですよ、楽土さん、さっきご自分でおっしゃったじゃありませんか。ここは仙台藩の南の要衝って……警戒の目はそこかしこにあります」
「で、では、ここも安全というわけではないのでは?」
「技師さん」
「ここは城下でも有数の商家。勝手に出入りするのは、偉い侍さんでも難しいよ……」
楽土の問いに技師が代わりに答える。
「……と、いうことです」
半身を起こした藤花が頷く。
「さっさと白石を抜けるという選択肢は?」
「大柄な男と女二人がそれぞれ馬に乗って駆け抜けたら、それこそ目立ってしまいます」
「ふ、ふむ……」
楽土が頷く。
「まあ、目立つのは有りと言えば有りなのですが……」
藤花が顎をさすりながら呟く。
「はい?」
「いえ、こちらの話です……」
藤花は楽土に向かって、手を振る。
「は、はあ……」
「ここは何を扱っている商家なのですか?」
藤花が技師に尋ねる。
「主に紙だ」
「ああ、白石は上質な紙を生産しておりますね。公儀や公方へ献上されることもあるとか……それならなおのことです」
「ああ、藩の上層部にも顔が利く」
技師が頷く。
「ふむ、本当に安全そうですね」
藤花が再び寝そべる。
「思うんだが……眠気とかあるのか?」
「体を労わりたくなる気持ちはありますよ~」
技師の問いに藤花は自らの体を優しく撫でまわす。
「労わるね……」
「そうだ、楽土さんの体も労わらなくちゃ……」
藤花が再び半身を起こす。
「え? だ、大丈夫ですよ……」
楽土が笑みを浮かべながら応える。
「いえ、労わった方が絶対に良いでしょう。白石ならば、あれがありますね?」
藤花が技師に目配せする。
「……用意してもらうか」
技師が部屋の外に出る。しばらくして……
「……あ、戻ってきた」
技師が湯呑みを持ってくる。
「それは……?」
「葛湯です……体に良いですよ」
「葛湯?」
「ここの葛は小原の寒葛と呼ばれる名産ですから……それを用いた湯が体に良くないわけがありません」
何故か藤花が胸を張る。
「はあ……頂きます……」
「どうですか?」
「独特のとろみがありますね……」
「独特の感想ですね……」
「味は良いだろう……体はどうです?」
技師が尋ねる。
「え、ええ、なんだかいい調子です」
「それは良かった……」
「ほっと安心したところで、小腹が空きました。あれを所望したいのですが……」
藤花は技師の方を見る。技師がため息をつく。
「人遣いが荒いな……頼んでくるよ」
技師が再び部屋を出る。しばらくして、手伝いの者とともにお膳を三膳持って戻ってくる。
「これは……」
「温麺です」
「うーめん?」
「ええ、この白石の特産ですよ。胃腸に優しいと評判です」
「はあ……頂きます」
「これで身も心も労わって、明日に備えましょう……」
藤花はあっという間に食事を終え、いつの間にか広げた地図とにらめっこする。
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