「あのね……」
「え?」
「違いますよ」
「何がですか?」
「いや、何がってね……」
「ええ?」
藤花がニヤニヤとする。
「とにかく違うのですよ」
「だから何がですか?」
藤花が楽土に問う。
「いや、先ほどの……」
「先ほどの?」
「お蕎麦屋さんの……」
「お蕎麦屋さんの?」
「娘さんに対してですね……」
「娘さんに対して?」
「それがしが……」
「楽土さんが?」
「鼻の下を伸ばしていたことですよ」
「だらしなく伸ばしていたことですね」
「だらしなくってなんですか、だらしなくって」
「大体だらしないものでしょう、鼻の下を伸ばすときって」
「それはそうかもしれませんが……」
「そうですよ、どんな男前も色男も台無しになるものです」
「そうではなくてですね……」
楽土が右手を左右に振る。
「そうではなくて?」
藤花が首を傾げる。
「あれはあくまでそのように見えただけです」
「そのように見えただけ?」
「はい」
「いや~それはどうかな~」
藤花が苦笑する。
「鼻の下を伸ばす機能は備わっていませんし……」
「そりゃあ備わっていないでしょ、何に使うんですか……」
楽土のよく分からない言葉に藤花は戸惑う。
「まあ、要はそういうことです」
「どういうことですか」
「この話はもう良いでしょう」
「振ってきたのは楽土さんですよ」
「う……」
楽土が苦い顔をする。
「でもあの娘さん、とっても可愛らしかったですよね?」
「ええ、それはまあ……」
楽土が頷く。
「本当にもう、私の若いころそっくり!」
「……」
「………」
「…………」
「……笑うところですよ」
藤花がジト目で楽土を見つめる。
「い、いや、笑えないですよ……」
「からくり戯言です」
「それもですか……」
「使っても良いですよ」
「どこで使うのですか……」
「こういう戯言の一つも言えなくては、女子にモテませんよ?」
「いいですよ、別に……」
「またまた強がりをおっしゃる……」
「いえ、強がりではなくてですね……」
楽土が困り顔を浮かべる。
「女子に興味がないのですか?」
「そういうことはありませんが……」
「あるのではないですか」
「それよりも……」
「それよりも?」
「課せられた任務の方が優先です」
「堅いな~」
「そう言われても……」
「硬いのは色んな意味で結構なことですが、堅過ぎるのは頂けないですね」
「……………」
「……笑うところです」
「ええっ⁉ 今のもからくり戯言ですか?」
「そうです」
驚く楽土に対し、藤花が頷く。
「い、いや~それがしにはからくり戯言は難しいですね……」
楽土が腕を組んで首を捻る。
「最初から諦めてはいけないですよ。諦めたらそこで……きゃっ」
藤花が体勢を崩す。鞠突きで遊んでいた小さい女の子が、ぶつかってきたからだ。
「あ、ご、ごめんなさい!」
女の子が頭を下げる。藤花は笑顔で応える。
「大丈夫よ、気にしないでちょうだい」
「うん!」
女の子が鞠を持ってその場を離れようとする。楽土が精一杯の軽口を叩く。
「と、藤花さんの小さい頃にそっくりですね、ははっ……」
「……待ちな」
「えっ⁉」
「⁉」
藤花が女の子の腕をガシッと掴んで引っ張る。袖から巾着が落ちる。
「小さいのに手慣れているねえ……誰に仕込まれた?」
「ちっ!」
女の子が巾着を離して、藤花の腕を振り払い、その場から走って逃げる。
「ス、スリだとは……」
「……誰がそっくりなのですか? 手癖の悪いところ?」
「い、いや……」
「戯言や冗談は時と場所を選んで下さい……」
「き、気を付けます……あ! 藤花さん、頭の花飾りが……」
藤花が頭を抑える。二つある内の花飾りの一つが無くなっていた。
「やられた……下に注意を向けさせて、本命はこっちだったか……」
「お、追いかけないと!」
「良いですよ、別に……そんなに大したものでもないから……」
「で、でも……⁉」
「ひ、人攫いだ! おみっちゃんが攫われた!」
声のした方を見ると、先ほどの蕎麦屋の娘が馬に乗った何者かに担がれて攫われていく。馬の進む先は小さい女の子が走り去った方向と一緒である。
「藤花さん!」
「見逃すわけにはいかなくなりましたねえ……」
藤花が鋭い目つきになる。
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