玖
「し、しかし、馬も通り抜けられるほどの抜け道とは……」
技師が驚きながら呟く。
「こ、このような穴をどうやって……」
楽土も周囲を見回しながら呟く。
「手段もそうだけど、まずはこれだよ……」
技師が指でお金の形をつくる。
「た、確かに……予算が無ければ……」
楽土が頷く。
「お家の存亡に関わる事となれば、お金に糸目を付けている場合ではないでしょう……」
前を進みながら、藤花が呟く。
「い、戦が起こった時を想定してか⁉」
技師が驚く。
「戦というのはあらゆる事態を想定しておくものです。無論、最悪の事態もね……」
藤花が淡々と呟く。
「最悪の事態?」
楽土が首を傾げる。
「例えばお城に敵方が攻め寄せ、落城の憂き目に合うとか……」
藤花は自らの首をとんとんと叩く。
「では、この通路は白石城主の逃げる為の通路?」
「厳密なことまでは知りませんが、そう考えるのが自然でしょうね」
楽土の問いに、藤花が通路を見渡しながら答える。
「ほう……」
「日ノ本各地の主だった城下町の地下にはこういう抜け道がいくつも用意されていると言われていますよ。もっともそれを実際に知っている者は少なくなってきてはいますが……」
「ふむ……しかし……」
「しかし?」
藤花が首を傾げる。
「何か妙に明るいのは何故でしょうか?」
「ああ、これです」
「!」
藤花が右手をかざす。その五本の指の先が煌々と輝いている。
「左手でも出せますが……」
「右手だけでも十分な明るさだろうが。万が一の為に節約しておいた方がいい」
「左様ですね」
技師の言葉に藤花は頷く。
「……技師さんの仕業ですか?」
楽土の問いに技師は苦笑する。
「仕業って……まあ、そうだよ……『爪に火を点す』ってやつだ。戯れに付けた機能だが、役に立ったな……」
「戯れって、貴女ね……」
藤花が首だけ振り返って、技師に冷たい視線を向ける。
「き、機能についてはきちんと説明しただろう⁉ どんな機能だって使いようだ!」
技師が若干慌てながら、声を上げる。
「……確かに使いようですね」
藤花が視線を前に戻す。
「あ、ああ……」
技師がほっと胸を撫で下ろす。
「煙草の火が欲しいときなどに重宝しそうです」
「藤花さん、煙草を吸われるのですか?」
「……ものの例えですよ」
楽土の問いに藤花は苦笑する。
「それは良いとして、この抜け道はどこに通じているんだ?」
技師が藤花に尋ねる。
「……」
「え?」
「………」
「い、いや……」
「…………」
「お、おい! 黙るなよ!」
「……さあ?」
長い沈黙の後、藤花は首を捻る。
「さ、さあ?って⁉」
「どこかには通じているでしょう、多分」
「た、多分って⁉」
「恐らくは」
「言い方の問題じゃない!」
「まあまあ……藤花さん、本当にご存知ないのですか?」
騒ぐ技師をなだめつつ、楽土が落ち着いて問う。
「……大方の場所ならば予想がつきますよ」
「なんだ、それを早く言えよ」
技師が安心した様にため息をつく。
「出口までどれくらいの距離ですか?」
「全てを把握しているわけではありませんよ?」
「大体でも構いません」
「……この抜け道は仙台藩全体を含めても、最も長大なものだと聞き及んでいます」
「ほう……」
楽土が顎をさする。
「距離は……そうですね、十里、もしくは十五里くらいかと……」
「ええっ⁉」
「はあっ⁉」
藤花の言葉に楽土と技師が愕然とする。
「まあ、お馬さんなら一日歩けば着きますよ」
「そ、そんな……」
楽土は藤花のあっけらかんとした物言いに言葉を失う。
「ああ、屋敷で多目に握り飯を用意してもらえって言っていたのは、そういうことか……」
技師が思い出したかの様に頷く。藤花が問う。
「どういうことだと思ったのですか?」
「食いしん坊なのかなと……」
「食いしん坊って、呑気ですね」
藤花が苦笑を浮かべる。楽土が呟く。
「十五里ですか……」
「たいへん心苦しいのですが、お馬さんには雑草を食べてもらうしかありませんね。まあ、たった一日の我慢です」
藤花が馬の背中を優しく撫でてやる。
「たった一日……されど一日だぞ? 本当に着くのか?」
「着かないようならば元の道を戻ります。握り飯をお食べになるのは計画的に」
「はああっ⁉」
握り飯片手に技師が啞然とする。藤花はふふっと笑う。
「冗談ですよ」
「わ、悪い冗談はやめろよ……」
「い、行き止まりもあり得るということですか?」
「それはあり得ますが……岩盤などが脆くなっているはずです。その時は楽土さん……」
「は、はい?」
「……頑張ってください」
「えっ⁉ ひょ、ひょっとして、それがしが穴を掘るのですか⁉」
楽土が困惑する。などと言っていると、わずかに光が見えてきた。藤花が微笑む。
「……どうやら出口のようですね」
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