「し、死ぬかと思った……」
技師が牛からくりから降りて、いかだの上に大の字になって寝転がる。
「案外死んでいるかもしれないよねえ……」
「怖いことを言うなって」
藤花の言葉に技師は顔だけ起こして反応する。
「三途の川とか言っていたじゃないの」
「あれは気の迷いだ」
「気の迷いねえ……」
「というか、こういうものを用意しておいたのなら、ちゃんと言っておいてくれ」
技師がいかだをぽんぽんと叩く。
「ああ、どこから話が漏れるか分からないからね。黙っておいた」
「そんな……」
「敵を欺くにはまず味方から……とも言うじゃないの……」
「欺かれる身にもなってくれよ……」
「いや……」
からくり牛から降りて、いかだに腰を下ろした楽土が口を開く。
「うん?」
藤花が楽土に視線を向ける。
「言うのをすっかり忘れていただけなのではないですか?」
「!」
「ああ、それはあり得るな……」
技師が頷く。
「な、なんでそんなことを……」
「だって藤花さんですし」
「だな」
楽土の言葉に技師が再度頷く。
「……そう、忘れていたよ」
藤花が自らの後頭部を片手で抑え、笑顔でペロっと舌を出す。楽土が頭を抑える。
「忘れないでくださいよ……」
「というか無理するなよ……」
「む、無理するなって何さ⁉」
藤花が技師の言葉に反応する。
「色々な意味でだよ」
「色々な意味って⁉」
「まあ、それは良いけどさ……」
「良くない!」
「まあまあ……」
楽土が藤花をなだめる。
「ふん……大体ねえ、アンタたちもおかしいのよ?」
「ええ?」
「なにが?」
楽土と技師が首を傾げる。
「城に突入する段になって、脱出する方法を一切聞いてこないって言うのも……!」
「ま、まあ、そう言われると……」
楽土が後頭部をポリポリと掻く。
「聞く暇もないって感じだったじゃないか……」
技師が半身を起こして呟く。
「とにかく……そういう意味ではおあいこだよ、おあいこ」
藤花が腕を組みながらうんうんと頷く。
「おあいこって……」
技師が苦笑する。
「そういえば……」
「ん?」
藤花は楽土の方に視線を向ける。
「国境の店で、何か男性と背中合わせで話をしていませんでしたか?」
「覚えていませんね……」
藤花が首を傾げる。
「いやいや、鯉を食べたあの店ですよ」
「あ~なんかあったかもな……」
技師も思い出したように頷く。
「……」
「あれはなんだったのですか?」
楽土が問う。
「なかなか目ざといですね……」
藤花が感心したように呟く。
「気にはなっていたのです」
「ふむ……」
「このいかだを手配したのもあの方ですね?」
「ええ、そうです」
「何者ですか?」
「主に情報屋ですが……基本的にはなんでも屋です」
「なんでも屋?」
「色々と顔がきく者なので、手伝いをしてもらっているのです」
「そういう方が……」
「日ノ本中におりますよ」
藤花が両手を広げる。
「日ノ本中に?」
「ええ、私だけでは任を果たすのはなかなか難しいですからね……」
「なるほど……」
楽土が腕を組んで深々と頷く。
「……これからどうするんだ?」
「選択肢はふたつあるよ」
技師の問いに藤花が答える。
「ふたつ?」
「ええ」
「ひとつだけだと思ったけど」
「なんだと思った?」
「逃げの一辺倒だろ?」
「そうだね。幸いにも川の流れが今日は一段と速いようだ……」
藤花が広瀬川の流れを見ながら呟く。
「どこかで降りる?」
「陸に上がると面倒だね。城から早馬を飛ばして、沿岸を警戒している可能性が極めて高い」
技師の言葉に藤花は首を左右に振る。
「それじゃあ……」
「このまま海に出るのが一番かなっと」
「船を用意しているのですか?」
楽土が問う。藤花が首を縦に振る。
「はい、ここから北の方にですけどね……」
「それに乗ってどうするのですか?」
「うむ……とりあえずは江戸の方に戻ることになりますかね……」
「本当に仕切り直しですね……」
「そうですね……」
「……もうひとつの選択肢は?」
「それは……!」
「はははっ! 追いついたぜ!」
大きな一本の丸太に乗った大樹が川を下ってきた。
「ここで片を付ける……!」
藤花が大樹の方を向いて、身構える。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!