「……ここは大丈夫なのですか?」
楽土が技師に尋ねる。
「藤花さんと同じことをお尋ねになりますね」
技師が笑う。
「いや、それは……」
「私のことを信用していませんね?」
「……まあ、そうですね」
楽土が頷く。
「正直ですね」
「……」
「ここは表の仕事などでときたまお世話になっているお寺です」
「表の?」
「ええ、それ故に連中が知っている可能性は極めて低い」
「はあ……」
「絶対とは言い切れませんが、安全だと思います」
「ふむ……」
「それに万が一……」
「万が一?」
「襲撃を受けても対応はしやすいのではないですか? 普通の旅館よりはね……」
「な、なるほど……」
楽土が腕を組んで頷く。
「それにここを選んだのはもう二つ理由があります」
「二つ?」
「はい、一つは街道にも山道にも近いので、逃げ道が複数あります」
「ああ……」
「ここだけの話……」
技師が小声になる。
「はい?」
「地下通路もあるとか……」
「ええ?」
「使ったこともありませんし、大体どこに通じているかも分かりませんが……」
「そ、それはあまり意味がないような……」
「まあ、それはあくまでも最後の手段です。もう一つが……」
「もう一つが?」
「修理や点検の道具を置かせてもらっているのです。すべてを持ち歩くのは大変なので」
技師が棚から道具を取り出す。
「そ、そういうことですか……」
「ちなみにですが、こういう場所は他にもいくつかあります。故にどこでも修理や点検の作業が可能になります。もちろん出先でも作業はある程度は出来ますが、限界がありますからね。作業場所が必要になってくるのです」
「へえ……」
「ご納得頂きましたか?」
「その話は藤花さんにも?」
「そこまではしておりませんが、何となく察したのでは?」
「うむ……」
楽土は藤花がいる隣の部屋に視線を向ける。
「と、いうわけで……服を脱いで下さい」
「はあっ⁉」
楽土が驚く。
「……何を驚くことがあるのですか?」
「い、いや、何故……?」
「何故って、今申し上げたでしょう。修理と点検の為ですよ」
「あ、ああ……」
「……なんだと思ったのですか?」
技師が目を細める。
「い、いえ、なんでもありません……失礼しました……」
楽土が頭を下げる。
「こういうことは初めてではないでしょうに」
「いえ……初めてに近いかもしれません」
「え?」
「お陰様で、今まで大きな故障というのはしたことがないもので……」
「聞いていた話よりも頑丈なのですね……」
技師が驚いた様子を見せる。
「ど、どうやらそのようですね……」
「まあいいです。服を脱いで、そこの布団に横になって下さい」
技師が布団を指し示す。楽土が戸惑いながら従う。
「お、お手柔らかに……」
「変なことを言わないで下さい」
「す、すみません……」
楽土が謝る。
「それでは、作業に入ります……」
技師が真面目な顔つきで楽土の体を確認する。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
「あ、あの……」
「子守唄でも唄いましょうか?」
「いえ、それは結構です」
「左様ですか」
「お尋ねしたいことがあるのですが……」
「なんでしょう」
「あの二体のからくり人形のことです」
「よく分かりません」
「えっ?」
「ほとんど初対面のようなものですので……」
「ああ……でも、会話は交わされたのですよね?」
「それは多少はね」
「で、では……」
「他愛もない世間話ですよ」
「世間話?」
「ええ、お互いの素性に関しては詮索しないようにしていました」
「そ、そうですか……」
「向こうは大して私のことに興味が無かったのもあるでしょうね」
「あ、ああ……」
「それに……」
「それに?」
「私も下手に首を突っ込むと危ないので……」
技師が笑みを浮かべながら、自らの首元を軽くトントンと叩く。
「そ、それは確かに……」
「……ふむ、確認は終了しました」
「あ、ありがとうございます」
「楽土さん」
「な、なんでしょうか?」
「確認中に思い付いたのですが……こういう機能などを付けるのは如何でしょう?」
技師は確認用に使っていた紙の裏になにやらびっしりと書き込み、楽土に見せつける。
「え、ええ……?」
戸惑う楽土を見る技師の眼鏡がキラリと光る。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!