「ここが宿場町のようですね」
「なかなか栄えていますね。ちょうど良かったです」
「ちょうど良かった?」
楽土が首を傾げる。
「ええ」
「どういう意味ですか?」
「この町にしばらく滞在することになるかもしれません。寂れているよりマシでしょう?」
「ああ、それはそうですね……」
楽土は頷く。
「しかしこうなると……」
藤花は顎に手を当てる。
「どうしました?」
「宿選びに迷ってしまいますね」
「そ、そうですね……」
「ご飯が美味しいところが望ましいです」
「はあ……」
「お部屋が広ければなお良いですね」
「ふむ……」
「……興味無さそうですね」
藤花がジト目で楽土を見つめる。
「いや、それがしとしては横になれれば正直どこでも良いというか……」
「以前もそういうようなことをおっしゃっていましたね」
「ええ……」
「良いですか、楽土さん。よく考えてみてください」
「は、はい……」
「この町には何日か留まることになるかもしれないのですよ?」
「ああ、はい……」
「であれば宿選びというものは重要です」
「それは分かりました……でもまず……」
「まず?」
「馬を預けられるところを探しましょう」
楽土は互いが連れている馬を指し示す。
「ああ、それは確かにそうですね……」
藤花は思い出したかのように頷く。
「……馬は預けられました」
「さて、宿選びですね!」
藤花がポンと両手を打つ。
「しかし、藤花さん……」
「はい?」
「藤花さんがおっしゃった条件を満たす宿となると……それなりに値の張る店になるのではないかと……」
「それがなにか?」
「な、なにかって……」
「ここまで我慢に我慢を重ねて、安宿に泊まってきたのです。ここいらで多少贅沢をしても罰は当たりません」
「し、しかし……」
「それに……」
「それに?」
「ここを抜けて奥州に入ったら、ゆっくりとしている暇はないかもしれませんよ?」
「! そ、それはそうかもしれませんね……」
「でしょう?」
藤花が小首を傾げる。
「う、う~ん……」
「ご決断を。優柔不断な殿方は好かれませんよ?」
「……は、はい……」
楽土は首を縦に振る。
「……う~ん、若干、優柔不断さは否めませんが……まあ、良しとしましょう。それでは宿選びに参りましょうか!」
藤花はすたすたと歩き出す。楽土が慌てる。
「と、藤花さん、高そうな宿はこちらでは?」
「いや、こっちのような気がします」
「き、気がしますって……」
「女の勘です」
「か、勘って……」
楽土が戸惑いながらも藤花に続く。
「……」
人気のない通りで藤花が立ち止まる。楽土も立ち止まり、藤花に語りかける。
「藤花さん……」
「ええ……隠れていないで出ていらっしゃい!」
藤花が周囲に向かって声を上げる。
「………」
浪人たちが姿を現す。その内の一人が顎をさすりながら口を開く。
「なかなか鋭いな、ただの町娘と山伏ではなさそうだ……」
「それはもう、年季が違いますから……」
「ああん?」
「……楽土さん、余計なことは言わない」
「す、すみません……」
楽土が頭を下げる。藤花が自分たちを取り囲む浪人たちを見渡しながら言う。
「殺気を隠すのが随分と下手ね……嫌でも勘付くわよ……」
「なんだと……」
「ああ、そういう意味での“下手人”ってことかしら!」
藤花が手を打つ。浪人たちが色めき立つ。
「け、喧嘩売ってんのか⁉」
「買ってくれるならいくらでも売るけどね。どうせ金のない食い詰め浪人でしょう?」
「ぶ、ぶっ殺すぞ!」
浪人たちが剣を抜く。
「やれるもんならやってごらんなさい……」
「うおおっ!」
「ふん!」
藤花に斬りかかった浪人の剣を楽土が盾で受け止める。藤花が呟く。
「どうせ何も知らない哀れな連中……楽土さん、一思いにやってしまって下さい」
「うおりゃあ!」
「⁉」
楽土が盾を振るうと、浪人たちがまとめて吹っ飛ばされる。そのとてつもない膂力でほとんどの浪人が腹を抉られて、重なり合うように倒れ込む。
「! ひ、ひいっ!」
「はいはい、逃げても無駄」
「‼」
藤花の放った針によって、逃げ出そうとした浪人たちも残らず倒される。楽土が問う。
「……良かったのですか?」
「ご公儀に反するものが差し向けた連中でしょう。ただ、詳しく聞いたところで何も知らない。私たちのことを分かっているなら、もうちょっと慎重にやるはずですから……」
「そ、それは確かに……」
「人目につくと面倒です。埋葬してあげて下さい。穴掘りくらいは手伝います」
「は、はい……」
楽土は浪人たちを軽々と担ぎ上げる。
「長居するのは危険かしらね……」
藤花は周囲を見渡しながら呟く。
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