「が、崖から飛び降りたぞ⁉」
「な、何のつもりだ⁉」
「乱心したか⁉」
侍たちが騒ぐ。
「いや、これは……」
大樹が顎に手を当てながら、塀の方を見つめる。
「う、うわああああっ⁉」
技師の悲鳴が止まらない。
「うるさいよ、技師さん」
「う、うるさくもなるわ!」
技師が藤花に反発する。
「ちゃんと牛を操縦して」
「ど、どうやって⁉」
「しっかり走らせないと」
「走らせるって! ただ落下しているだけじゃないの!」
技師が声を上げる。
「それがしにもそう思えるのですが……」
楽土が呟く。
「違いますよ」
「え?」
藤花の言葉に楽土が首を傾げる。
「これは落下ではありません……」
「違うのですか?」
「ええ」
「では何ですか?」
「滑降です」
「ああ、なるほど……」
楽土が頷く。
「ご理解頂けて良かったです」
藤花が笑みを浮かべる。
「物は言いよう! くだっていることに変わりはないでしょ!」
技師が再び声を上げる。
「まあ、それはそうですね」
「うわあああああっ!」
「だからうるさいって……」
悲鳴を上げる技師に藤花はうんざりとした反応をする。
「このままじゃあ地面にぶつかってみんなお陀仏よ!」
「そうかしらね?」
藤花が首を傾げる。
「そうよ!」
「私たちは多少の損傷で済むのじゃないかしら。ねえ、楽土さん?」
「ま、まあ、そうかもしれませんね……」
楽土が苦笑する。
「楽土さんは本当にほぼ無傷で済むかもしれませんね。頑丈だし」
「それが取り柄のようなものですから……」
楽土が自らの後頭部を抑える。
「お二方、お気楽なことを言ってないでさ!」
技師が三度声を上げる。
「どうしたの?」
「どうしたの?じゃない! 大事なことを忘れている!」
「大事なこと……?」
藤花が楽土に視線を向ける。
「い、いや、なんでしょうか……?」
楽土が首を捻る。
「もっとも大事なことだよ!」
「え?」
「え?じゃない!」
「話が見えないわね……」
藤花も首を捻る。
「分からないの⁉」
「さっぱり」
「さ、さっぱり⁉」
「ええ。詳しく説明してもらえる?」
「詳しく説明している暇はないでしょ! どう見ても!」
「そこをなんとか」
「手短に言うわ!」
「ええ……」
「ええ……じゃない! いい? アンタたちは多少の損傷で済むのかもしれないけれど、それを直すのは誰⁉」
「ん?」
「ええ?」
技師の問いに藤花と楽土が揃って首を傾げる。
「私でしょうが!」
「ああ……」
「そう言われると……」
藤花と楽土が揃って頷く。
「言われないと分からないのが驚きよ!」
「それで?」
「このままだと、私があの世行きってことよ!」
「受け身をとって衝撃を緩和しなさいな」
「そんなこと出来るか!」
「出来ないの?」
「出来てたまるか!」
「ふ~ん……」
藤花が顎をさする。技師が慌てる。
「ど、どうにかしてよ! そうだ、楽土さん! 私を抱えてくれない⁉」
「ええ? い、良いですけど……」
「けどって何⁉ 歯切れ悪いわね!」
「仮に楽土さんに抱えられても着地の際の衝撃は大して変わらないと思うわよ」
「そ、そんな⁉ じゃあどうすれば⁉」
「うむ、ちょっと失礼……」
藤花が技師の前に出る。
「な、何しているのよ⁉」
「牛を操縦するのよ……」
藤花がからくり牛の方向を転換させる。崖の出っ張った部分が目に入る。技師が叫ぶ。
「う、うわあああああ、ぶつかる⁉」
「そこを踏み台にして……!」
「と、飛んだ⁉」
からくり牛が崖から飛ぶ。技師が目をつむる。
「よっと!」
からくり牛が川を流れるいかだの上に着地する。技師が目を開く。
「どわあっ⁉ こ、ここは……ひょっとして三途の川ってやつ?」
「違うわ。広瀬川よ。失礼ね」
「こ、このいかだは?」
「顔見知りに手配させておいたわ。頃合いを見計らって上流から流しておいてって……」
「こ、頃合いを見計らって……まさか狙い通り?」
「概ねね。本当はからくりを仕留めたかったところだったけど……一旦仕切り直しね」
いかだに乗って藤花たちは広瀬川を下っていく。
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