「山の方……こちらかしらね」
藤花は馬を進ませる。
「藤花さん……」
馬の後に続く楽土が口を開く。
「何?」
「何故、ならず者の根城に向かうのです?」
「さっきも言ったでしょう? 馬をもう一頭拝借するのです」
「それはあくまでも建前でしょう?」
「はい?」
「本当はあの町を守るためでしょう?」
「は?」
「義の為にならず者たちを成敗するのですよね?」
「はああ?」
藤花はこれ以上ないほど反り返り、楽土の顔を見る。
「ち、違うのですか?」
「全然違います」
「ぜ、全然……?」
楽土が困惑する。藤花が体勢を元に戻す。
「だから何度も言っているではありませんか。馬を拝借すると」
「は、はあ……」
「それ以上でもそれ以下でもありません」
「ええ?」
「ええ?って言われても……こちらがええ?ですわ」
藤花が戸惑う。
「な、何のために?」
「知れたこと、移動手段の確保です」
「移動手段?」
「ええ、貴方の分も馬が要るでしょう?」
「そ、それだけですか⁉」
「他に何があるのです」
「い、いや、町を守る為に……」
「それは私の知ったことではありません……」
「そ、そんな……」
「冷たい女だと思いましたか?」
「い、いや、そこまでは……」
楽土は首を振る。
「……この体はほとんど血が通っていないようなものですから、確かに冷たい女と言えるかもしれませんね……」
藤花が右手で左腕をぺたぺたと触りながら自嘲気味の笑みを浮かべる。
「……」
「でもね、知っていますか?」
「な、何をですか?」
「手が冷たい人は心が温かいそうですよ」
「そ、そうなのですか?」
「昔南蛮人にそう聞きました……」
「は、はあ……」
「もっとも私は人形ですから、これには当てはまりませんけど。あははっ!」
藤花は高らかに笑う。
「い、いや……」
「こういう類の戯言はお嫌い?」
藤花が首を傾げて問う。楽土が困惑気味に答える。
「わ、笑えませんよ……」
「そうですか。お気を悪くしたのならごめんなさい」
藤花が正面に向き直る。
「……心とは……」
「え?」
「心とはなんでしょうか?」
「心の臓のことではありませんか?」
楽土の問いに藤花が左胸を抑えながら答える。
「そ、そんな身も蓋もない答え……」
「だって、他に答えようがありませんもの」
藤花が笑って首をすくめる。
「いやあ……」
「それでは楽土さんはどのようにお考えですか?」
「ええ?」
「お考えを聞いてみたいです」
「わ、分かりません……」
「そういうのは無しで」
「ええ……」
「なんでもいいからお答えください」
「そ、そうですね……確かにそこに存在しているかのようで、実際は存在していないもの……でしょうか?」
「ちょっと何言っているか分からない」
藤花が首を傾げる。
「い、いや、例えば、喜んだり、怒ったり、悲しんだり、楽しんだりしますよね?」
「ええ、妬んだり、僻んだり、恨んだりします」
「わ、悪いことばかり……」
「冗談です。続けてください」
「そ、そういう気持ちは体から湧いて出てくるように感じるものですが……決して臓物などから発せられているものではないと思うのです」
「ふむ……」
「故に、そこに存在しているかのようで、実際は存在していないものなのではないかと……」
「それでは……」
「はい」
「心の臓など一部を除けば、臓物がない私たちのようなものにも心は存在すると?」
「え、ええ……」
「だとすると、私たちは人間なのですか?」
「そ、そうかもしれません……」
藤花が体に触れながら問う。
「奇妙な仕組みの体ですよ?」
「そ、そうですね……」
「体は冷たいですよ?」
「た、確かに……」
「人形ではないですか?」
「き、気持ちの揺れ動きがあれば……! すなわち心があるということ!」
「!」
藤花が振り向いて楽土を見る。楽土が思わず頭を下げる。
「す、すみません……」
「いえ、なかなかに興味深いお話でした……どうやら着きましたね」
藤花が馬を止める。目線の先には古びた山寺がある。楽土が呟く。
「あそこが根城ですか……」
「そのようですね……」
「どうやって馬を……大体いるのかどうか……あれ?」
楽土が視線を戻すと、そこに藤花と馬がいない。
「……馬、もう一頭下さいます?」
藤花が寺の出入り口に立つ、警備の男たちに尋ねる。
「ええっ⁉ 正面から堂々と⁉」
藤花のとんでもない行動に楽土が驚く。
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