「む……?」
「はあ!」
中年の女性が刃物を持って浪人に襲いかかる。
「ふん!」
「うっ⁉」
浪人が中年の女性の刃物を叩き落とし、腹に拳を入れる。
「は、母上!」
「お、おのれ!」
今度は若い女性が刃物を手に浪人に襲いかかる。
「むん!」
「ぐうっ⁉」
浪人が女性の突進をかわし、背中を叩く。
「あ、姉上! お、おのれ!」
もう一人の若い女性が刃物を掲げながら浪人に襲いかかる。
「ぬん!」
「むぐうっ⁉」
浪人が女性の刃物を巧みに奪い取り、足をかけて転ばせる。
「なんだ、おのれらは……?」
浪人が刃物を投げ捨てて尋ねる。
「お、お前に殺された者の女房と娘です!」
中年の女性が声を上げる。
「む……」
浪人の顔つきが変わる。
「積年の恨み、今こそ晴らします!」
「……あれは正当な果たし合いだ、恨まれる筋合いなどない……」
「正当だと⁉ 嘘をつきなさい!」
若い女性が声を上げる。
「嘘だと? 何を証拠に……」
「酒の匂いよ!」
「!」
「亡骸となった父上の口からは酒の匂いがした! 下戸の父があんなに呑むはずがない!」
「……何が言いたい?」
「父上を酒で酔わせた上で斬ったのでしょう! 力量では到底叶わないからって! なんという卑怯者!」
もう一人の若い女性も声を上げる。
「卑怯だと? 言葉遣いに気をつけろ……」
浪人がムッとしながら刀の鞘に手をかける。
「……!」
「おのれら……今謝れば許してやるぞ?」
「だ、誰が!」
「仇に頭を下げる馬鹿などいない!」
「そうよ!」
「それならば死んだ方がましだ!」
「そうよ、そうよ!」
「ふん……ぴーちくぱーちくとよくわめく……」
「仇は絶対取らせてもらいます!」
「覚悟なさい! そして、あの世で父に詫びなさい!」
「もっとも、お前は地獄行きでしょうけど!」
「ならば、亭主や父のところに送ってやろう……!」
浪人が刀を抜き取る。少し間が空いて、女性たちの髪を結んでいた紐が切れ、女性たちの髪が下にバサッと下りる。
「……⁉」
「女子供を斬る趣味はない……これに懲りたらさっさと故郷へ帰るが良い……」
浪人が刀を鞘に納め、その場から去る。女性たちはしばらく呆然としていたが、一番若い女性が落ちていた刃物を拾い、他の二人に呼びかける。
「母上! 姉上! 何をぼやっとしているのです! 後を追いかけましょう!」
「し、しかし……」
「しかしもかかしもありません! やっと奴めの居所を突き止めたのです! 今日こそはまさしく天命の日!」
一番若い女性が髪を振り乱しながら叫ぶ。若い女性が落ち着かせるように話す。
「で、ですが……あの見事な刀捌きを見たでしょう? 私は正直、怖くて足が震えてしまって……思い出しても背筋が凍る……」
「見えませんでした!」
「え?」
「よって怖くはありません!」
「そ、そんな……」
「後を追いかけて、もう一度やりましょう!」
「と、とてもかないませんよ……」
「死ぬ気でいけばなんとかなります!」
「お嬢さん、そんな恐ろしいことをいうものではありません……」
「はっ⁉」
団子屋の年老いた女性が歩み寄ってくる。
「命を粗末にしてはなりませんよ……」
「そ、そうは言っても……! で、では、父上の無念は誰が晴らすのですか⁉」
一番若い女性が悔しそうに叫び、膝をつく。
「……団子を食べているときに襲えば良かったのに……」
「え⁉」
藤花がしゃがみ込んで声をかける。
「何故そうしなかったのですか?」
「そ、それは……」
「それは?」
「け、決意が固まらなかったというか……」
「ふむ……」
中年の女性が口を開く。
「な、何より……」
「何より?」
「お店で刃傷沙汰など……こちらのおばあさんに迷惑がかかってしまいます……」
「随分とお行儀が良いことで……」
「なっ⁉」
「そんなことを考えているなんて随分と余裕がありますね」
「ふ、不意打ちなど、主人の名誉にも関わります!」
「名誉ね……それで機を逸してしまってはどうしようもない……」
藤花が首を左右に振りながら、苦笑を浮かべる。
「む、むう……」
「なりふり構わずに行動すれば、勝機があったかもしれないというのに……」
「そ、そう言われても……」
「まあ、それでも万に一つでしょうが……」
「ま、万に一つ?」
「ええ、あんなむき出しの殺気ではやれるものもやれませんよ」
「む、むき出し……」
「もうビンビンと感じましたよ」
若い女性が口を開く。
「そ、そのわりにはあの男は驚いていたようでしたが……」
「気付いていたと思いますよ。まさかここまで稚拙な相手が自分に対して向かってくるとは思わなかったのでしょうけど」
「ち、稚拙……」
「妹さん」
「は、はい……」
一番若い女性が反応する。
「亡き御父上とあの浪人との力量差は知りませんが、貴女たちとあの浪人との力量差ははっきりとしています。向かっていっても返り討ちに遭うのが関の山でしょうね……」
「で、でも……!」
「でももヘチマもありません。ここは大人しく……」
「大人しく?」
「故郷に戻って、お父上の菩提を弔うのが利口というものです」
「あ、仇討ちを果たすまでは帰れません!」
「それはまた難儀なことで……」
「あ、貴女は一体なんなのですか⁉」
「失礼、単なる通りがかりの野次馬です……」
藤花が立ち上がってその場から離れようとする。楽土が声をかける。
「と、藤花さん……」
「なんですか?」
「良いのですか? それがしたちならば……」
「先を急ぐのではないのですか?」
「そ、それは……」
「ふっ……」
「?」
藤花が笑う。それを見て楽土が首を傾げる。藤花が再びしゃがみ込んで声をかける。
「こちらの殿方が代わりに仇を取ってくれるそうです」
「え⁉」
「お任せいただいてもよろしいですね?」
藤花の突然の申し出に中年の女性が戸惑う。
「ひ、人様の手を借りるというのは……」
「人ではないから大丈夫ですよ」
「は、はい?」
「いいえ……とにかく言わなければお国にはバレません。よろしいですね?」
「……お、お願いします」
中年の女性が楽土の立派な体を見て、了解する。藤花が立ち上がって年老いた女性に問う。
「あの浪人はどこに行ったのか分かりますか?」
「この近くの廃寺を賭場にしている連中がおりまして……そこの用心棒かと……」
「賭場……それはまた結構……分かりました……お三方、あそこの馬を見ていてくれますか? ささっと終わらせてきます。楽土さん、参りましょう」
「こ、これは……乗せられてしまったか……?」
先を歩く藤花の背中を見ながら楽土が呟く。
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